第98話 終点
ドンっ
「はい、ビール2つ、お待ちどうさま。 これは突き出しのカラカラの実のローストね。」
スタッフが木製のビールジョッキと、小石が盛られてるような小皿ををテーブルに置いた。
「これこれ、カラカラの実のロースト、なんだか懐かしいな。オレが初めてこれ喰ったのはここだったからな。」
「そうだよね、アタシはここで初めてビール飲んだんだよ。」
「そういえばそうだったな。 じゃ、久々のブラウンズキッチンに乾杯するか。」
「乾杯!」
しかし、このカラカラの実ってのは酒のつまみにピッタリだな。
食べるのに少しだけ手間がかかるところもちょうどいい感じだ。
「ねぇ、隣の2人組の客、なんか、商人が襲われたって話してるよ?」
カラカラの実を剥くのに夢中になってると、ネコ娘が顔を近づけて、小さな声で囁いた。
「え? どこでだ? ちょっと聞き耳立ててくれ。」
ネコ娘の耳がヒクヒクと動く。
オレも隣の客の話を聞き取ろうとしてみるが、なにか喋ってるとは分かるものの、何を喋ってるのかまでは全然聞き取れない。
これが聞こえるって言うんだから、流石はネコ耳ってことだな。
「なるほどね、分かったわ。昨日の夜、街の外の森の入り口で、商人の隊列が何者かに襲われて、全員殺されて、荷物も奪われたんだってさ。 こんなのが何件も続いてるらしいよ。」
ネコ娘が小さな声で伝えてきた。
「そんな話、たしか、前にも一度聞いたな。 でも、商人が荷物を奪われるのは、特に珍しいことでもないんじゃないか?」
「まあね。 でも、商人は盗賊対策として、隊列を組んで、護衛の兵士を雇ってるから、それを簡単に全滅させちゃうって、ちょっと問題かもね。」
「あぁ、そういうことか。護衛が居てもダメなんじゃ、手の打ちようがないな。」
「そうなのよ。これが続くとヴァルトベルクに商人が来なくなって、貿易が減るかもって心配する声があるみたいよ。」
「そうなるともう、国としての問題になるな。」
隣の2人組の客は、大きな声で笑い出した。
「どうしたんだ?」
「話題が変わって、スナックの女の子の話をしてるわ。」
「なんだ、そうか。じゃ、情報はここまでだな。」
牛すね肉の黒ビール煮込みと茸と半熟卵の温サラダを平らげたところで店を出た。
「アタシ、今の店結構好きだったんだけどな。 どうしても次の店行くの?」
「あぁ、オレも、店としては悪くないと思てるさ。ただ、もう新しい情報が手に入らなさそうだから、違う店に行くんだよ。」
「まぁ、良いわ。 で、次はどこに行くの?」
「いつもの屋台、とも思ったけど、最後の夜なんで、違うところも見てみたいんだ。ピンとくる店にな。」
「それじゃ、お任せするわ。」
「よし、こっちの裏道に入ってみるか。」
「しかし、貴方って、裏道好きだよね。いつでも、何かあれば裏道、裏道って。」
「それでいいんだよ、裏道ってのは、街が隠しきれなかった素顔なんだ。 そして、情報ってのは、光の当たる場所ではなく、影の境界に沈殿するもんなのさ。」
「なんだか、わかったような、わからないような話ね。」
「まぁ、要するに、大通りは目的地へ向かうためにある。路地は発見するためにあるってことだ。」
「やっぱりよくわからないわ。 とにかく、その発見とやらは見つかったのかしら?」
「あぁ、徐々にオレのアンテナが反応し始めてるぞ。 うん、こっちだな。」
角を左に曲がる。
レンガと木材が混ざった外壁に、重そうな木の扉がある店があった。
「うん。ここだな。」
「へぇ、ここ? 『終点』って変わった名前ね。」
「この外壁の色、もう抜けてるだろ。そしてこの看板も同じ年月を感じる。ってことは、ずっと続いてる店ってことだ。 こういう店が良いんだよ。 街に残るってのは理由があるからだからな。 そうだな、歴史の生き証人ってことだ。それに、『終点』ってのが洒落てるじゃないか。」
「ふーん、なるほどね。」
ガチャッ。
木の扉を開ける。
思ったより店内は明るい。
黒い木のカウンターはしっかりと磨き込まれていた。
壁には酒瓶。奥には小さなレコードプレーヤー。
客はまだ誰も居ない。
そしてカウンターの向こう。妙齢の女性がグラスを拭いていた。
「いらっしゃい。こちら、どうぞ。」
カウンターに座るとすぐに女性が前に立った。
「お飲み物はどうしますか?」
大きくもなく、小さくもない、まさに店にちょうどいい大きさの澄んだ声だ。
「オレはバーボン、ロックで頼む。」
「じゃ、アタシも同じものにしようっと。」
「はい、お二人ともバーボンロックですね。」
女性がロックグラスをカウンターへ置いて、バーボンを注ぐ。
トトトト・・。
「それじゃ、乾杯しましょ。」
ネコ娘がグラスを持ち上げる。
「あぁ、乾杯。」
バーボンを一口、グイっとあおったところで、女性に聞いてみた。
「この店、かなり長そうだな。どれくらいやってるんだ?」
「あら、ありがとう。実はこのお店、先月始めたばっかりなの。」
「・・はぁ?」
ぷっ。
隣のネコ娘が明らかに噴き出したって音を出した。




