第93話 塩バター麦パン
「おはよう、ニーニャ。」
ミックスジュース屋のお姉さん、ネコ娘のこと覚えちゃってるね。
「おはよう。今日はなーに?」
「今日のスペシャルは、サンベル・ミスト。パーナと黄果と青柑、それにローストルートとミントリーフを加えて、そこに塩蜜を少し入れてみたのよ。」
「へぇ、じゃ、アタシ、それにする。」
「オレも同じものだな。」
すぐにお姉さんがジュースを2つ作ってくれた。
「あ、柑橘の明るい酸味で美味しい。蜜の甘みも絶妙だし、後からミントと苦みもあって、面白いね。」
「ニーニャ、そんなに褒めたって何も出てこないよ。 アハハハ。」
ミックスジュース屋のお姉さんが軽く右手を振ってる。
サンベル・ミストを飲み終えてあてもなく歩いていると、やはり噴水の前に来てしまった。
「なんか、やっぱりここに来ちゃうね。」
「あぁ、自然に足が向くな、確かに。」
「で、ここまで来ちゃったけど、朝ご飯どうするの?」
「朝飯、どうするかな。 オレはまた、喰ったことないものが良いけど、難しいなら、ミルクハーブ粥だな。キミは?」
「そうね、新しいものね・・・。お店じゃなくて屋台なんだけど、塩バター麦パンっていうのがあるって聞いたな。」
「塩バター麦パン? なんだか既に味が想像できる名前だな。 それにするか?」
「決定だね、じゃ、行ってみよう。確か、野菜市の先って言ってたから・・ こっちだな。」
ネコ娘と野菜の屋台が並ぶ一帯を歩く。
「たぶん、あれだね。」
ネコ娘が指差した先には、ちょっと人だかりがしてる屋台があった。
「へぇ、人が多いな。有名ってことだな。」
「そうみたいだね。アタシは乾物屋のリッキーから聞いたんだけど、彼は毎朝食べてるって言ってたな。」
屋台には元気なおばちゃんが2人居た。
「ハイ、なにつける?」
元気なおばちゃん1号がトングでパンを挟んでこっちを見る。
「なにがあるのかな?」
ネコ娘が屋台を覗き込んだ。
「おや、初めてのお客さんかい? ウチはね、塩バター麦パンだけの店でね、そこに、ほら、これ、ジャム、蜂蜜、ピーナツクリームをつけるんだよ。もちろん、なにもつけないそのままでも美味しいよ。」
「じゃ、アタシ、ジャムつけて下さい。」
「オレはそのままで。」
「ハイよ。」
おばちゃんが慣れた手さばきでパンを紙に包んで渡してくれた。
「あ、まだ、温かいんだ。」
「へぇ、どれ? あ、ホントだ。ほんのりあったかいな。」
「どこで食べる? 噴水まで戻る?」
「立ったままだけど、みんなここで食べてるから、オレらもここで食べちゃって良いんじゃないか? せっかくまだあったかいんだし。」
「そうね、じゃ食べちゃいましょう。」
ネコ娘はパンを巻いた紙を豪快にバリバリと破いて、ガブッとパンをかじった。
「うっわ、ものすごくパリパリだ。 でも中はモッチモチ。」
「じゃぁ、オレも喰ってみるか。 ・・あ、外側のパリパリ、美味いな。 それに、小麦の香りも良いぞ。 キミ、知ってるか? 麦は『大地の記憶』、塩は『生命』、バターは『文明』なんだ。」
「・・うん・・。それで?」
「それで? じゃない。 まだ気づかないのか? オレ達のようなレジェンドともなると、食っていうのは・・」
「アタシのジャムもちょっと食べてみてよ。 はい。」
ネコ娘が自分のジャム付きを小さく千切って差し出した。
「なぁ、本当に何度も言ってるけどな、人が話をしてる時には上から被せちゃダメなんだ。なぁ、わかるか? いや、わかんねぇだろうな・・・。 あぁ、まぁせっかくだから味見はさせてもらうよ。 ただし、最初に言っておくが、この完成したハーモニーにジャムを塗るなんていう暴挙は邪道だからな。 まったく、折角の塩バターパンの味を上書きしてしまう、その感覚が理解できないな。」
パクっと。
「うん? あれ? このジャム、塩バターの塩加減に絶妙に・・。」
「え? なに? 絶妙に、どうしたの?」
「いや、なんでもない。」
「美味しいなら美味しいって言っていいんだよ? ジャム付きも美味しいでしょ?」
「・・まずくはない。食べられるか食べられないか、と聞かれれば、食べられる方に大きく振れてるとも言えるな。」
「ねぇ、貴方、肯定的なことを言うと、コメカミの血管が切れて血が噴き出したりしちゃうわけ? それに、感謝の言葉も言えないわよね?」
「今感謝の言葉は要らないだろ。」
「今の話をしてるんじゃないでしょ? あのね、レジェンドと呼ばれるような人達はね、もっと謙虚で、他人を気遣うものじゃないの?」
「それは人格者で、レジェンドとは違うぞ。」
「へぇ、じゃ、貴方は少なくとも人格者ではない、要するに『ひとでなし』ってことで良いのね?」
「え? あ、いや、そういう意味じゃないぞ。 レジェンドには人格者も含まれるからな。」
「ねえぇね、貴方今、完全に自己矛盾してることに気が付いたかしら?」
「・・食べ終わったら、ほら、あの門の近くのホテル行かないとな。」
「話逸らすねー。 まぁいいわ、門の方へ行かなきゃ行けないのも事実だしね。 じゃ、行きましょうか、レ・ジ・ェ・ン・ドさま。」




