第92話 川樽
「はいよ、おまち。」
ハンチング帽を被ったおじいさんが大きなジョッキを3つ持ってきた。
「この店、っていうか、この場所、これしかないんだぜ。」
ウメさんがニカっと笑ってジョッキを指さした。
「え? このビールしかないの?」
「あぁ、それも、今テーブルにしてる、この樽のビール、それしかないんだ。 尖ってるだろ?」
「確か、昼間もこの辺通ったけど、気が付かなかったな。」
「あぁ、昼はやってないからな、ここ。 あのじいさん、夜しか居ないんだよ。」
「これ、本当に店なのか?」
「いやぁ、営業許可とか絶対取ってないだろ、ってか、でないよ、こんな場所で。」
「確かにすごいところだな・・。」
「だけどよ、この川からの風がヒンヤリして心地いいんだよ。それに、このビールもあまり普通の店では売ってないクラフトビールなんだぜ。 さ、飲もうぜ、喉がカラカラだ。」
みんなでジョッキを高く持ち上げる。
「グレイヴ・シャウトに乾杯。」
「乾杯。」
「おう、ありがとうよ。」
グビッ。
「お、これはフルーティーでうまいビールだな。」
「おいしぃー、これ。」
「だろ? とてもこんなところで出てくるビールだとは思えないだろ? ただ、ここ、本当にこれしかないから、頑張っても2杯も飲んだら十分なんだよな。」
「〆のビールの店ってことか。 この尖り具合はたまらんな。」
「だろ? ってことでもう一杯づつ飲んで帰ろうぜ。 もう3つ頼むよ。」
ウメさんが奥のおじいさんに大きく手を振る。
フルーティーなビールを2杯づつ飲んだところで、店、いや、橋の下を出た。
「楽しかったわ、またね。」
「おぅ、今日はサンキューな。」
「またな。」
ネコ娘とゆっくり歩いて宿へ帰る。
「ただいま、なんだか落ち着くね、この部屋。」
「そうだな。でも、そろそろ宿を変える時期だな。」
「そうなの? 結構気に入ってるんだけどな。」
「最初に話したろう、オレは商売柄、同じ宿に泊まるのは一週間までと決めてるのさ。」
「あ、確かに言ってたね。葬式に狙われてるんだったよね。」
「・・葬式じゃない。組織だ。組織に狙われてるんだ。 葬式が狙ってくるってなんだよ、坊さんとかが襲ってくるのかよ。」
「あ、掃除機に狙われてるのね。」
「はぁ? なんで掃除機が狙うんだよ、オレ、吸い取られちゃうのかよ。 ってか、だから、組織だよ、そ・し・き。」
「まぁいいわ、アタシは貴方についていくだけだしね。 で、次はどんな宿にするの?」
「そうだな。せっかく色んな宿を使うんだから、違う環境の所が良いだろうな。」
「例えば?」
「まぁ、あくまでも例えばだけど、市場のど真ん中とか、思いっきり田舎とか、リゾートとか、要するに今のここと全然違う環境の方が、今と違う新しい情報にアクセス出来るだろ。」
「じゃぁ、リゾート? いいねー。」
「いや、だから、あくまでも例えばだって。 今リゾートで手に入りそうな情報は無いだろ。」
「ちぇーっ。どうせなら、もっとホテルっぽい宿に泊まってみたいわ。 なんか、ラウンジとかレストランとかある、ザ・ホテル、みたいなところ。」
「どうせ寝るだけなんだから、そんな高いところ泊ったってしょうがないだろ。 旅の途中でもあるまいし。」
「うん? 旅の途中? ねぇ、門の方に旅人が泊ってるホテルがあったでしょ? あそこはどう? なんか旅人とか多いと情報収集しやすそうじゃない?」
「門のところのホテルか。それは一理あるな。明日見に行ってみるか。」
「じゃぁ、昼も門の方で食べようよ。この前はソフトクリームしか食べなかったもんね。」
「そうだったな、宮殿まで送ってもらっちゃったからな。よし、とにかく明日は門の方へ行ってみよう。」
「うん、じゃ、おやすみ。」
ネコ娘が得意の毛布を被って丸くなるスタイルになった。
「あぁ、おやすみ。」
チュンチュンチュン・・
鳥のさえずりで目が覚める。
起こされずに自然に目覚めて起きるってのは気持ちが良いな。
ネコ娘はもう出かけたのか?
窓際のベッドを見ると、まだ毛布が丸まってる。まだ寝てるのか。
ベッドから出て顔を洗う。
「あら、おはよう。」
「おぅ、おはよう。珍しく遅くまで寝てたじゃないか。」
「そう? アタシはいつも通りよ?」
「うん? そうか? 今何時なんだ?」
「まだ7時前よ?」
「え? そうなのか? あ、ほんとだ。 なんだ、オレが早く起きたのか。」
「・・年寄って早起きだって言うもんね。」
ネコ娘が小声で呟いた。
「オイ、しっかり聞こえてるぞ。」
「ねぇ、起きたなら、いつものジュース屋行かない?」
「あぁ、良いな。オレはもう出かけられるぞ。」
「ちょっと待って、すぐ準備するから。」
「よし、3分間待ってやる。」
「なんで腕組んで悪役みたいになってるのよ?」
「これは、こういうシーンではこうするって、オレの世界でのお約束なんだよ。」
「なんだかよくわかんないけど、良いわ。すぐ準備する。」
着替えの終わったネコ娘と宿を出てジュース屋へ向かって歩く。
まだ太陽が登ったばかりのひんやりした空気が気持ち良いな。




