第91話 グレイヴ・シャウト
「お待ちどうさま。」
小さなテーブルの上にロックグラスが2つ、そしてカラカラの実のローストが入った小皿が置かれた。
「じゃ、乾杯。」
「おぅ、乾杯。」
重厚なロックグラス同士が軽く触れる。
グビっ。軽く一口飲みこむ。
バーボンロックが喉を焼きながら胃に落ちる。
「ふぅ。こうやってハードリカーをゆっくり味わうってのは、ビールとは違って、時間と対話するっていう、また違う楽しみがあって、こういう時間こそがハードボイルドの・・・」
「ぷっはー。お代わりお願いします。」
「へ? はぁぁ? キミ、それラム酒ロックだろ? 一気に飲むか普通・・。」
「だって、美味しいじゃん。」
「いや・・だから、美味しいから、とかじゃなくてな、良い酒ってのは時間との対話するための・・」
コトンっ。
「お待たせしました。」
スタッフが次のラム酒ロックのグラスを置いた。
「じゃ、もう一回乾杯する? えっと、その時間との対話? だっけ?に乾杯しちゃう感じ?」
「・・いや、もういい。勝手に飲んでろ。」
まったくこのダメネコはザルみたいな酒飲みだな。
「よぉ、ほんとに来てくれたんだね。」
ウメさんが右手を上げて近寄ってきた。
「こんばんわー。もちろん来ましたよ、グレイヴ・シャウト楽しみだな。」
「よぉ、お疲れ。」
「ここ座っていいかい? ステージ次なんだけど、ちょっとエンジン温めときたいんでさ。」
「もちろん。ちょっと狭いけどね。」
「あぁ、全然構わねぇさ。テーブルなんてグラスが置けりゃそれで良いんだから。 あ、オレ、ラム酒ロックね。」
ウメさんが馴染みのスタッフに軽く右手を挙げた。
直ぐにラム酒ロックが運ばれてくる。 流石、常連かつ出演者ってことだろうな。
「じゃ、ウメさんのグレイヴ・シャウトに乾杯!」
ネコ娘が楽しそうにグラスを持ち上げた。
ガチン。
ロックグラスが3つぶつかった厚い音がした。
「ふーっ、こう言う所で飲むラム酒って美味しいね。」
「ぷはー。あぁ、うめぇな、今日また特別にうまい。」
「あたし、お代わり。」
「オレもお代わりもらおうか。」
ネコ娘に続いてウメさんもザルかよ・・。こいつら人間じゃないな。
ウメさんの2杯目のグラスが半分位になったところで、バンドの音が終わり、店内の照明が明るくなる。
「お、終わったか。じゃ、準備するか。」
ウメさんがグラスの残りのラム酒を一気に飲み干した。
と、同時に店内の照明が落ちる。
ステージにスポットライトがあたると、バンドの演奏が始まった。
「それじゃ、ちょっと行ってくる。」
ウメさんが立ち上がって、おもむろに右の袖を捲り上げて、ステージへ向かった。
ウメさんがバンドメンバーからマイクを受け取ると店内に歓声が広がる。
「壊れたままでいい――俺は、まだ鳴っている」
「あ、これ、オレが初めてウメさんの歌を聞いた時の曲だ。」
「渋いね、これ。アタシ、こういうのも好きだな。」
曲が終わって店内が一瞬の静寂に包まれる。
ベースが鳴り始める。地面を揺らすような重いベースだ。
歪んだギターが乗る。唸るようなギターだ。
「Midnight wires are crying again…」
少ししゃがれた、いや、酒焼けしたウメさんの歌が始まった。
「いぶし銀って感じの声がピッタリあうね。なんだか鳥肌立ってきたよ。」
ネコの鳥肌ってなんだ?
4曲が終わって、店内の照明が明るくなる。
「いやぁ、今日は気持ちよく歌えたよ。」
額に汗を浮かべたウメさんが席に戻ってきた。
「何か飲む?」
「いや、もしよかったらシマを変えないか?」
「なんだ? ここじゃダメなのか?」
「歌った後は、冷たい炭酸系が飲みたくなるんだ、それだけだよ。」
「なんだ、そういうことか。もちろんつきあうぜ。」
店を出て3人で市場の外れの方に向かう。
「ウメさん、どこへ行くの?」
「へへへ、たぶん、お嬢さんはもちろん、レジェンドさんだって行ったことないところだぜ。オレが歌った後の定番のコースなんだ。」
「ほほう、そりゃ面白そうだ。」
市場の外れの細い川、というか運河だろうか、が見えてきた。
「ほら、あそこだぜ。」
ウメさんが指さす先には、橋のたもとから橋の下にかけて、樽がいくつも転がってる、いや、置かれてる?
「なんだこれ?」
「これがお店?」
「オレたちは川樽って呼んでるが、誰も本当の名前は知らねぇんじゃないかな。」
ウメさんはスタスタと川辺へ降りて行った。
橋の下には何人かが小さな樽を椅子にして、大きな樽をテーブル代わりに座っていた。
「よぉ、3つ頼むよ。」
ウメさんが奥のテントのようなところに手を挙げて声をかけた。
「じゃ、ここで良いか。 そのへんから適当な高さの樽を探して座ってくれよ。」
ウメさんが大きめの樽をポンポンと手で叩いた。
「なんだかワイルドだね。」
ネコ娘が小さな樽を転がして持ってきて座った。
ウメさんは、樽じゃなくて何かの木箱を引きずって持ってきて座った。
オレは少し大きめの樽を運んできて座る。
「ほら、準備完了だ。 素敵なシートの出来上がりってね。」
ウメさんが両手を軽く広げて笑った。




