第84話 足りなかった?
「えー。そんなことないよ。アタシ、ウメさんのバンド、好きだよ? ウメさんも、歌ってる時は恰好良いよ?」
「歌ってる時、な。 普段はただの酔っ払いオヤジだからな アハハ。」
「まぁ、それは否定しないけど。」
「なんだよ、否定してくれよ。 アハハハ。」
「あ、マスター、アタシ、ビールとスクーゼお願いします。」
「オレもビールにスクーゼもらおう。」
「あいよ。」
直ぐにカウンターにビールが出てきて、ウメさんと3人で乾杯する。
もちろん、ウメさんはぬる燗のコップ酒だ。
「お疲れさまー、乾杯!」
「乾杯。」
「かんぱい。」
ウメさんは相変わらず皮骨を齧ってる。
「あれ?ウメさん、そのブレスレット、もしかしてドクロが付いてるの? いや、ドクロじゃないのね。なぁにそれ?」
「え? あぁ、これ? これはグレイヴ・シャウトってバンドのロゴマークが入った、20周年ライブの限定品なんだよ。 結構ミーハーだろ? アハハハ。」
「へぇ、ウメさんってやっぱりロッカーなんだね。」
「そう見えねぇんだろ? ワハハハ。」
「あ、よく見たら、指輪もドクロみたいなマーク。これもそのバンドのなの?」
「あぁ、これもそうだ。 ウチのバンド、もともとはグレイヴ・シャウトのコピーから始めたくらい、皆グレイヴ・シャウトのファンなんだよ。」
「へぇ、今度聴いてみたいわ。」
「ウチのバンドも、偶にあの店でグレイヴ・シャウトやるんだぜ。聴きに来なよ。」
「わぁ、行く行く。いつ?」
「そうだな、ステージスケジュールは店から出るけど、何やるかはバンド任せなんで、次回のステージでやっちゃおっか。 明日の夜だな。」
「よし、明日ね。行くよ。 ね、貴方も行くよね?」
ネコ娘がオレの肘を突いた。
「あぁ、ウメさんのおススメってことなら行かなきゃな。」
「よしっ、決まりだね。明日、楽しみだな。 でも、ウメさんってステージでも衣装とか変えないんだね?」
「あぁ、歌は魂だから、外見なんか関係ないのさ。 なんて恰好良いこというつもりじゃなくて、このままの方が飲みにも行けるから便利なんだよ ワハハハ。」
「なんだ、それ・・。 でも、確かにブレスレットと指輪のドクロが無ければ、屋台で飲んだくれてるオッサンだもんね。」
「あ、ついに本音を言いやがったな! ワハハハ。」
「エへへへ、だって・・ うん? あれ? あぁっ! ちょっと右手貸して。」
突然ネコ娘がオレの右手を掴んだ。
「ねぇ、この前の黄色シャツの男が取引してた現場のこと、思い出して。」
「はぁ? あれはキミも見てたろ。」
「いいから、思い出して、それを話してよ。」
「・・よし、語ってやろうか。 ゴホン・・。 その時、既に街は、眠りに落ちかけていた。昼の喧騒は剥がれ落ち、残っていたのは、湿った石畳と、名残の熱、そして残されたのは、意味を失った光の残骸だけだ。そこで、二つの影が交差・・」
「そういうの良いから、見たことを簡潔に述べて!」
「だから、人が喋ってる時には上からセリフ被せるなって言ってるだろ。それに、これがオレの見たままだ。」
なぜかウメさんと屋台の大将がケラケラ笑ってる。
オレは特に面白いことは言ってないんだが・・。
「じゃ、簡潔に。夜道で夜眼水晶の取引現場を見た。どうだ、これで。」
「オッケー。」
ネコ娘がオレの右手を握ったまま目を閉じる。
「やっぱりそうだ! わかったわ。」
「なんだよ、藪から棒に。」
「目印よ、目印。足りなかったのよ。」
「目印が足りなかった?」
「そう。バイヤーの目印は、右袖を捲り上げるだけじゃなくて、右手にメタルバンドの腕時計よ。」
「メタルバンドの腕時計? だって、ウメさんは時計なんかしてないじゃないか。」
「ほら、見てよ。」
ネコ娘がウメさんの左手を持ち上げた。
「あ、ブレスレット・・。 そうか、それが時計に見えるのか。」
「はぁ? なんだなんだ? オレのブレスレットがどうかしたか?」
左手を持ち上げられたままのウメさんが少し怪訝な表情をした。
「あ、ごめんね。ウメさんが問題なんじゃないのよ。 ほら、前に『今夜の星は綺麗か?』って声かけられるって話があったでしょ? それの理由が分かったかもなのよ。」
ネコ娘がゆっくりとウメさんの左手を下ろして、手を離した。
「おぉ、あったな、気持ち悪いヤツだよ。で?あれが何か分かったってことかい?」
「まだ確実じゃないけど、たぶん、声をかけてきたのはディーラーの目印が揃ったからだよ。」
「それがこのブレスレットなのかい?」
「正確にはブレスレットじゃなくて、金属バンドの腕時計。そして、その右腕の袖だけの腕まくり、それがディーラーの目印なのよ。」
「なるほどね、オレのグレイヴ・シャウトのブレスレット、遠目で見れば腕時計にも見えるな、確かに。」
「それに、その右だけの腕まくり。」
「あぁ、これ? これは単なる癖っていうか、なんだか袖が擦れて気になるんで捲っちゃうんだよな。 ガキの頃からの癖だな。」
「なんで右だけなの?」
「さぁな、ガキの頃のオレに聞いてみてくれ。 ワハハハ。」




