第116話 月果実茶
「はい、お待たせ。」
マルティンさんが銀色のティーポットを持って奥から出てくると、もう既に店内には薄っすらと甘い香りが漂ってきた。
「なんだか、爽やかな香りだな。でも、上品さもある。」
「お、もう香りに気づいたのかの。これは、月果実茶じゃよ。」
マルティンさんが銀色のティーポットからカップにお茶を注ぐと、その香りはさらに強くなった。
「この月果実ってのは、収穫した瞬間からどんどん香りが消えて行ってしまうんで、どれだけ早く茶葉に出来るかがカギなんじゃよ。 『月が沈む前に摘み、朝日が昇る前に乾燥を終える』なんて言われとるでの。」
「へぇ、それじゃ、この香りだけでももうご馳走ってことか。早速頂こうか。」
ゴクッ。
「へぇ、甘いのに、後味が軽いな。」
「香りが強いから、もっと重たい味を想像しとったろ。でも、違うんだな、これが月果実茶の面白いところなんじゃよ。」
マルティンさんは目を細めてお茶を楽しんでる。
「そういえば、最近は外で盗賊が多くて、貿易が停滞気味だって話をよく聞くが、ゲートの街に居るなら、なにかもっと話を聞いとらんかの?」
「あぁ、その話はよく聞くな。ちょうど昨日、城門交易組合の組合長と飲んでたんだが、確か、去年に比べて荷物が3割減ってるて言ったてな。」
「なんと、城門交易組合の組合長が言うならそりゃ事実じゃろの。3割とはかなりの減り方じゃの。ヴァルトベルクは交易で成り立ってる街じゃから、経済への影響が出るんじゃないかの。」
「もう、単に盗賊が金品奪ってるってレベルじゃないって感じだな。」
「あぁ、そこなんじゃよ。実はの、あくまでも飲み会での噂話レベルなんじゃが、誰かが大侯爵家を失脚させるための謀略なんじゃないか、とも言われてとる。」
「大侯爵家の失脚? え? あ、そうか、街の外の警戒部隊に莫大な費用が掛かって、それでも成果が上がらず、さらに街の経済まで悪くなったら、そりゃ、お家の金庫が枯渇するだけじゃなく、名声にも傷が付くってことか。 ・・でも、流石にそれは、ちょっと飛躍しすぎてないか?」
「そりゃそうじゃ、じゃから、あくまでも飲み会での噂レベルじゃて。ただ、逆に言えば、本来全然関係ない話だったのかも知れんが、現実的に、街で噂になるほどに実際には影響が出とる、というのも一つの事実じゃな。うん。」
「なるほどな。風が吹けば桶屋が儲かる的なことかも知れないが、まぁ、一つの事実だと言われれば、そうだな。」
「なんじゃ?その、風邪をひいたらOK牧場ってのは?」
「風邪をひいたらOK牧場って、ガッツ石松じゃないんだから。。 風が吹けば桶屋が儲かるってのは、そういうことわざがあってな、一見すると関係のない出来事でも、いくつもの因果が重なることで、最後には思いもよらない結果につながるって意味なんだ。」
「あぁ、それって、バタフライ効果のことかの?」
「・・・そう、そうとも言うな。最近では。」
最近の街の噂話などをしているうちに、店の外はだんだんと夕刻の色へと変わってきた。
時計を見ると17時を少し過ぎたところだ。
「かなり長居しちゃったな。また寄らせてもらうよ、うまいお茶、ご馳走様。」
「おぅ、いつでも寄ってくれ。面白い話が色々聞けて楽しかったよ。」
マルティンさんの店を出て、市場を軽く一周グルっと見て回り、そのまま集合場所の噴水広場へやってきた。
「はやいねー。」
ネコ娘が小走りに走って向かってきた。
「なんだ、キミももう来てたのか。」
「うん。沢山話してたら、お腹空いてきちゃっから、ちょと早かったけど来ちゃったんだ。へへへ。」
「それじゃ、もう飯に行くか?」
「ねぇ、貴方が前に一人で行ったって言ってた、巻き串だっけ? それが食べてみたいな。」
「巻き串? あぁ、あれはどこだったかな? あ、あれは、確か大通りだったかな? 行ってみるか?」
「うん、行こ行こ。」
大通りまで出てきた。
「あれ? どっちだったかな?」
「えぇっ? 覚えてないの?」
「あぁ、オレだって一度しか行ったことないからな。 あの時は、確か煙がもうもうとしてたんで気になって店に入ったんだよ。」
「ふーん、あ、じゃ、あっちのあれじゃない?」
ネコ娘が大通りの先を指さした。
「どこだ? オレには見えないぞ?」
「煙がもうもうと出てる店でしょ? こっちよ。」
ネコ娘がスタスタと歩き始めた。
「鼻だけじゃなくて、目も良いんだな・・」
「はあ? なんか言った?」
一歩先を歩くネコ娘がキッと振り返った。
「いや? 何も言ってないぞ。」
「アタシの耳は騙せないわよ。」
耳がひくひく動く。
「耳も良いんだな・・」
「ほら言った。アタシはネコじゃないからね。」
「わかった、わかった。あ、ほんとがあれだよ、あの店。」
煙をもうもうと吐き出してる店が見えた。
今日も店の前の炭火の焼き台では、沢山の串料理が焼かれている。
「うわ、これが巻き串なのね。美味しそうだわ。」
焼き台の脇を抜けて店に入る。
「いらっしゃい、こっちどうぞ!」
2人掛けのテーブル席に案内された。




