第110話 釜守
「この辺りをさっと見たら、一度部屋へ戻らないか?」
「そろそろ、シエスタの時間ってことね? オーケーよ。」
「いや別に昼寝じゃなくて、探偵ってのは身体が資本なんだから、出来る時にはなるべく身体を休めておきたいってことだぞ。」
「はいはい、理由はもう何でも良いわ。とにかく部屋に戻って昼寝するのは賛成よ、戻りましょ。」
ホテルの部屋へ戻ると、早速ネコ娘が香り袋を窓際に置いた。
「うーん、やっぱり素敵な香りね、部屋が2ランクはアップグレードしたわ。」
「そうか? オレにはトイレの芳香剤みたいにしか思えないけどな。」
「うっわ、最低だわー。 調香師がスペシャルブレンドした香りを芳香剤だなんて、そんなこと言ったら、香りの神様からバチがあたるからね。」
「オレみたいなレジェンド探偵だと、偶然とか運命とか、もちろん神様も、そんな非科学的なことは信じてないんで、すまんな。」
「あぁ、もう、ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。もう良いわ、あ、そうだ、これがあったんだ。」
ネコ娘がブツブツ言いながら調べ箱を開けた。
聞いたことがあるような無いような、不思議なアップテンポの曲が流れ始める。
「うーん、鼻も耳も心地いいわぁ。」
オレからすると、安っぽい金属音とトイレの芳香剤が香る部屋になっただけなんだが、また何か言うと、100倍くらいになって返ってきそうなんで、何も言うまい。
ベッドの上に横になると直ぐに睡魔がやってきた。
「ねぇ・・。起きてよ。ねぇ・・。」
身体が揺さぶられて目が覚めた。
「・・おう、どうした?」
「どうした、じゃないよ、もう18時、外は暗くなっちゃってるよ?」
「うん? そうか、もうそんな時間か。大分ゆっくり寝ちゃってたな。」
「そうだよ、もう夜ご飯の時間だよ? どうするのよ。」
「あぁ、わかったわかった、もう起きただろ。まったくネコってのは飯の時間だけは正確なんだよな。」
「はぁぁ? 今なにか聞こえたかしらね?」
「・・いや、そら耳だろ、たぶん。そんなことより、ほら、早く出かけようぜ、食べるところ探さないとな。」
ホテルを出て、馬車の通る大通りまで出た。
クンクンクン・・
「鶏が焼ける匂いが強くて、他はちょっとわかりづらいわね。」
「鶏が焼ける匂いって、昨日のカルガだろ? 美味かったけど、昨日喰ったばかりだから、今日は違うものが良いな。」
「そうよね、アタシもそう思うわ。でも、とにかくカルガの匂いが強烈で、他の匂いが・・ うん? 色んな食材が混ざったような匂いもするわね?」
「食材が混ざった匂いってどんな匂いだ?」
「うーん、アタシにも良く分からないわ。 とにかく色んな食材の匂いがまとまってるのよ。行ってみる?」
「あぁ、気になるな。」
「じゃ、こっちね。」
ネコ娘に続いて角を2回曲がった。
「ここだわ。」
ネコ娘が指さす先には、『釜守』と書かれた大きな暖簾が出ていた。
ネコ娘が店先から、少し店内を覗き込む。
「あ、なるほど、こういうことか。」
「なんだ? どういうことだよ?」
「鍋物の店よ。大きな鍋があったわ。」
「根魚煮屋ってことか?」
「違うわね、もっと食材の種類が多いの。あと、鍋ももっと大きいわ。 だから色んな食材の匂いが一緒になってたのね。」
「ふうん。面白そうじゃないか、入ってみるか?」
「ええ。アタシも食べてみたいわ。」
大きな暖簾をくぐって店内に入る。
店内は鍋からの湯気のせいか、少しもやっとする熱気だ。
「いらっしゃいませ、こちらどうぞ。」
濃紺のエプロンを着けた店員が奥のテーブルを指さした。
「いらっしゃい、何にします?」
店員が水の入ったコップを持ってやってきた。
「えぇと、なにがあるのかしら?」
「あ、初めてのお客さん?」
「えぇ、この街も来たばっかりなのよ。」
「そうでしたか。メニューは一応、あそこに貼ってはあるんですけど、ウチは鍋の店で、牛鍋、豚鍋、魚介鍋があって、あとは、あそこの大皿に日替わり料理があるんで、そこから選んでもらってるんですよ。」
「じゃぁ、まずは鍋を選べば良いのね。牛、豚、魚介・・何が良いかな。」
「そうですね、牛鍋はかなり濃厚で、豚鍋は塩味でさっぱり、魚介鍋はトマトベースで香草も入って魚介のうま味ぎっしりって感じですね。」
「ふうん。で、魚介鍋って何が入ってるの?」
「えぇと、今日は白身魚、海老、アサリ、それとイカですね。野菜は玉ねぎ、キャベツ、トマト、あ、あと白い豆も入ってますよ。」
「じゃ、アタシ、魚介鍋下さい。」
「オレは牛鍋にする。」
「具材とか聞かなくて良いの?」
ネコ娘がオレの顔を覗き込んだ。
「いいよ、美味いものしか入ってないんだろ? プロのお勧めの具材、それにお任せで良いんだよ。」
「魚介と牛ですね。あと、大皿料理は、あっちにありますんで、見てみてください。飲み物はどうしますか?」
「アタシはビール。」
「オレもビールだな。」
「はい、少々お待ちください。」
店員が席を離れて、ネコ娘と大皿料理が並ぶカウンターへ向かった。




