第109話 香り袋
「よし、これにしようっと。」
ネコ娘は、何回も色んな調べ箱を開いては閉じを繰り返して、聞いたことがあるような無いような、不思議なアップテンポの曲が流れる調べ箱を選んだ。
「あら? これはなんだろう?」
オレが調べ箱の支払いをしている間に、ネコ娘はもう隣の雑貨屋で何かを見てる。
「良い香りがするでしょ? 全部香りが違うんだよ? ほら、試してみて。」
50代くらいだろうか、程よく日焼けした健康そうな、腰に革の小銭入れをつけたおばちゃんが、ネコ娘に小さな袋を幾つか手渡してる。
「これって、なんか、朝だよ、って感じの香りがするな。」
「そうなのよ、それは『旅立ち』っていってね、柑橘の皮に若葉、それからミントをほんの少し。旅に出る日の空気をイメージしたんだよ。」
「へぇ、香りのブレンドなんだ。それじゃこっちの深緑色の袋は? うん? 森の中に居るみたいな感じがするわ。」
「そう感じてくれるかい? 嬉しいね、それはね、『木漏れ日』って言って、杉葉と針葉樹、それに乾いた木の皮を混ぜてある。森の陽だまりをイメージしたんだよ。ピッタリだったね。」
「もしかして、この香りのブレンドって・・。」
「私だよ? 見えないだろ アハハ。 私ね、これでも20年以上調香師やってるんだよ。」
「そうだったんだ。じゃ、次試さなきゃ。この桃色の袋は、もう、花、そのまんまだよね。」
「その通り、それは『花車』。7種類の花の香だね。 女の子に一番人気なんだよ。」
「じゃ、次は藍色ね。 これは落ち着く香りだわ。」
「それは『夕凪』。白い花の穏やかな甘さに、少しだけ白檀を加えてね、イメージしたのは、夕暮れの静かな部屋で、ゆっくり本を読みたくなるようなシーンなのよ。」
「面白いわ。最後は薄灰色の袋ね。 うーん、なんだか草木や土が濡れた感じ? でも青く澄んだ香りね?」
「あなた、よくわかるわね。これは、『雨上がり』って香り袋なの。雨が上がった森を吹き抜ける風、空気まで奇麗になったみたいなあの雰囲気をイメージしたのよ。 これが一番クセがあるけど、好きな人はこれしか買わないのよ。」
「どれも素敵ね。 香りのブレンドなんて、初めて知ったわ。」
「私のブレンドのイメージを全部当てたのは、あなたが初めてよ。」
「そうなの? アタシ、ネコ族の末裔だから、鼻は効くんだ。」
「あぁ、そういうことかい。あなたネコ族の。そりゃ、私より全然良い鼻してるはずだよ。」
「この香り袋、香りがちょうど良いの。これより強い香りだと、ちょっと鼻に刺激がきちゃうし、これより弱い香りだと、ぼんやりしちゃう、ちょうど絶妙な香りなのよね。」
「あらまぁ、ネコ族の人にそう言われると嬉しいねぇ。」
「アタシ、ネコ族じゃなくて、その末裔だけどね。」
「私は、その良い鼻が羨ましいよ。」
「アタシ、羨ましいなんて言われたの初めてだから、うれしいわ。 いつも、食事の店を探せとか、新鮮な魚の店はどこだ、とか、雑用みたいに使われてるから。」
「おいおいおい、オレは雑用で使ってるんじゃないぞ? キミの鼻を信じてるから頼んでるんだぞ?」
「そうなの? でも、アタシの鼻のケアとかには協力してくれないじゃない?」
「はぁ? オレは必要とあれば、しっかり協力するぞ?」
「そうなの? それじゃ、『雨上がり』にするわ。」
「はぁ? なんで今の話の流れから、香り袋買うことになったんだよ?」
「『雨上がり』の香りに包まれた部屋で過ごせたら、アタシの鼻もリラックスできるのよね。本当は、気分で香りを変えたいけど、まぁ、最低限のケアとして、最低でも、常に香り袋の香りに包まれていたいわ。」
「・・・買えばいいじゃないか。」
「ありがとー、流石はレジェンド探偵様、アタシのボスだわ。」
「・・・お、おう。 あ、ちょっと待った。今支払いするから、ここから動くなよ。もう他の雑貨屋見なくていいんだからな。 あっちだ、あの野菜と果物の屋台の方へ行こう、な。」
香り袋の支払いを済ませて、足早に野菜屋台の並ぶところまで歩いた。
まったく、あのまま雑貨屋エリア歩いてたら、全部の雑貨屋で何か買いそうな勢いだからな、このアホネコは。危ないったらありゃしない。
「なんで野菜の所に来たの? ホテルの部屋、キッチンないから料理出来ないでしょ?」
「あのな、市場ってのは、街の情報が凝縮されてる所なんだぞ。どんな食材なのか、種類は豊富か、鮮度はどうか、相場はどうか、これを知ってると知らないとでは、この後の情報収集の濃度が全然変わるんだからな。」
「ふーん、なるほどね。」
「なんだ? なんでそんな棒読みセリフみたいなんだよ。」
「ううん、別にー。 アタシ、もっと雑貨見たかったなーって。」
「まぁ、ほら、1週間ここに居るんだから、市場なんか、いつでも見られるだろ。」
「うーん、まぁ、そうね。じゃ、また行きましょうね。」
「キミ一人で行ったらもっとゆっくり、好きなものが見られるんじゃないか? いいんだぞ、どんどん一人で出かけて。」
「そうだよね。それで欲しいもの見つけたら、貴方呼べば良いんだもんね。」
「・・・・」




