第102話 馬車
ガサガサする気配で目が覚めた。
「あ、起こしちゃった?」
「いや、別にそういうことじゃない。大丈夫だ。」
「そう?」
「あぁ。人間の睡眠には、レム睡眠とノンレム睡眠がある。そして、その周期は90分前後だ。要するに、浅い眠りと深い眠りを繰り返してる。覚醒の準備が整った段階では、わずかな刺激で意識が浮上するんだ。つまり睡眠とは単なるオンオフではなく、脳活動の位相遷移によって発生する現象ってことだ。」
「・・・で?」
「要するに、オレはもう起きる状態だったってことだ。」
「朝一から長い説明だったねー。 今日も良い一日になりそうだわね、貴方は。」
「うん? なにか言いたいことでもあるのか?」
「いいえ、全然ないわ。さ、起きたなら荷造り手伝ってよ。昼前には出発しないと、でしょ?」
「あぁ、そうだな。ここのチェックアウトは12時で、向こうのチェックインが15時だったよな?」
「そうよ。途中でランチ食べながら向こうへ移動する感じかしら。」
「そうだな。じゃ、荷造り終わらせるか。」
ササっと顔を洗って、ネコ娘の荷造りを手伝う。
「なぁ、荷造りって言っても、オレの荷物は、下着と服が少しだけしかないんじゃないか? あとは全部キミが買い溜めた、飾りなのか、おもちゃなのか、キミがじゃれるためのものなのか、よくわからない雑貨ばかりじゃないか?」
「はぁ? アタシはじゃれるものなんか買ったことないわよ、失礼ね。」
「いや、この組み紐だって、あの風鈴みたいなやつだって、じゃれついて遊ぶものだろ? キミが買ってきた、このボールみたいなやつだって。」
「違いますー。 これは壁飾りだし、こっちは精霊の守り神だし、これだって置物ですー。」
「なんで、こんな狭い宿の部屋に色んな置物が必要なんだよ。」
「じゃぁ、宿じゃなく、家借りて住む?」
「いや、それは無いだろ。」
「でしょ? じゃぁ、しょうがないじゃないの、色々物が増えたって。」
「いや・・、それ、どんな論法だよ。」
買ったカバンが大きすぎたのか、カバンが半分くらいで、全部の荷物が収まった。
「なぁんだ、まだまだ、全然余裕あるわね。」
「いや、別にカバンいっぱいになるまで何かを買わなきゃいけない訳じゃないからな? 物は少ないほど良いんだぞ? ミニマリストって知らないのか?」
「ミニストップ? なにそれ?」
「いや、ミニストップだと、ミニマリストと真逆の、何でも揃ってるコンビニエンスストアになっちゃうよ。 ミニマリストってのは、余計な持ち物を持たない、必要なものだけを持って生活する人のことだ。 最近は、そういうのが流行ってるらしいぞ。」
「ふうん、そんなもんなんだ。 アタシは、沢山の色んな、自分の好きなものに囲まれて暮らしたいけどな。」
「まぁ、人それぞれだ。 オレは昔からミニマリストだがな。」
「ミニマリストって、あえて物を持たない人たちのことよね? 貴方の場合って・・ まぁいいわ。」
「なんだよ、何が言いたいんだよ。 ほら、そろそろ行くぞ。」
半分だけ詰まったカバンを持って部屋を出て、階段を下りてフロントへ向かう。
「世話になったな。」
フロントの初老の男性は、いつも通り白いワイシャツを着ていた。
「チェックアウトですね。」
支払いを済ませて宿を出た。
「なんだかちょっと寂しい気がするわね。」
「悪い宿じゃなかったな。」
「あのフロントのおじいさん、優しくて好きだったわ。」
「そうだな、人当たりの良いじいさんだったな。」
大通りまで歩いた。
「この荷物、重たい訳じゃないけど、持ちにくいな。」
「たしかに、これもってご飯食べに行くのはちょっと大変かもね。」
「昼飯の前に、ゲートホテルに向かうか?」
「でも、チェックインは15時からでしょ?」
「まぁ、ホテルならチェックイン前でも荷物位は預かってくれるだろ。」
「ふうん。それじゃ、先にホテルで良いね。 で、どうする? 歩いていくの? 持ちにくいなら馬車で行く?」
「そうだな。荷物もあるし、馬車にするか。」
市場脇の馬車乗り場へ着いた。
「次のゲート行きの馬車はどれだ?」
「ゲート行きはあれですね、そろそろ出ますよ。」
馬車乗り場の案内人が指さした。
「あれだな、サンキュー。」
「ゲートまで2人頼む。」
「はいよ、乗っちゃっとくれ、もうすぐ出すよ。」
馬車に乗り込んだ。
「はーい、それでは、ゲート行きー、出発進行!」
馬車の御者が陽気な声を出して、馬車がゆっくりと動き出した。
馬車とは言っても、荷馬車に毛が生えた程度の近距離移動用の路線馬車なんで、スピードは全然でないけど、それでも、歩くよりは速いし、なにより楽だ。
のんびりと街の様子を見ているうちに、ゲートが見えてきた。
馬車はゲート前の馬車乗り場で止まった。
「はーい、お待たせしましたー、終点、ゲート前でございまーす。 どなた様もお忘れ物、落とし物御座いませんようにー。」
馬車の御者は相変わらず陽気だ。
馬車を下りて、ホテルへ向かう。
入り口に近づくとドアボーイがドアを開けてくれた。
そのままフロントへ向かう。




