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佐藤秀吉

 鷹取小の問題児――それが佐藤秀吉という少年だった。


 秀吉が小学校に入る直前に父は亡くなっており、耳の不自由な母と二歳離れた妹、祖父母の五人家族。元々は妹の世話をよく焼く心優しい少年であった。


 しかし、片親で母親の耳が不自由という境遇は、小学校という小さな箱庭では、謂れのない中傷につながってしまうことが往々にあった。


 人には譲れない一線があり、耳の聞こえない母親を揶揄されること、秀吉や妹のことを「言葉がわからない生き物」と侮辱することは、まさしくソレに抵触した。

 同級生や上級生に秀吉が殴りかかることは、彼にとって当然の行為であった。言葉の暴力に秀吉は純粋な暴力をもって抗い続けたのだ。


 自分からケンカを売ったことはなかった。しかし、気づけば誰よりもケンカばかりしている問題児と呼ばれるようになった。体格が大きく、強面の顔もあって、いつしか同級生は怖がって秀吉に近づいてこなくなる。


 孤独な学校生活に慣れ始めたころであった。転機が訪れる。


 3年生のクラスで同級生となった安西竜司との出会いであった。


 周りが距離を置く中、安西は気にすることなく秀吉に話しかけてきた。人と触れ合うことに嫌気がさしていた秀吉の無愛想な反応も、安西は気にする様子も見せずに声をかけ続け、あろうことか嫌われ者の自分をサッカー部に誘ってくる始末。


 毎回即決で断る秀吉であったが、少なくとも教室で一人ぼっちという環境はいつしか消えていた。そんな日々が続き、いつしか秀吉は安西と言葉を交わすようになった。





 そんなある日のこと。休み時間、足元のボールを転がしながら安西が秀吉に問いた。


「なぁ、なんでお前ってそんなに頑張るわけ?」

「頑張る? なにを?」

「いや、お前って自分からケンカ売らないじゃん? 家族の悪口を言われない限りケンカしないよな? 俺から見れば、お前って家族を守るために頑張ってるだけにしか見えないんだよな」


 安西の言葉は秀吉のことを深く理解した言葉であった。自分を恐れて近づいてこない同級生たちからはかけられたことのない種類の言葉。その言葉に、秀吉は心の奥底が揺らぐのを感じた。少し間を空けて、秀吉は口を開く。


「親父が……言ったんだ、男なんだから強くなれって。母ちゃんや真希……妹を守れる男になれって」


 揺らぎは心の奥底にあった秀吉の感情を引き出してしまったのかもしれない。今では顔もおぼろげにしか思い出せない父。けれど、父がくれた、決して忘れないその言葉。自分の宝物を、秀吉は安西にさらけ出してしまった。


「そっか、親父さんが……いい親父さんだな。よし! やっぱ一緒にサッカーやろうぜ? お前のその手は誰かを殴ることよりも、守るために使うべきだ! だからGKやってみよーぜ!」

「いや、なんでサッカーになるんだよ。妹もちっせーし、ばあちゃんや母さんの手伝いもしなきゃいけないから無理だって」

「ちっ、流れでウンって言うかなと思ったんだけどな」


 そう言って笑う安西につられ、秀吉も苦笑を浮かべた瞬間であった。突如、形容しがたい不安が秀吉の背筋を走る。


(こいつもいつか俺や母さんのことを悪く言うんじゃないか?)


 自分が変わりつつあることを認識してしまったからこそ生まれた怖れ。秀吉はこの日一つの決心をした。





 日曜日、秀吉は安西を家に誘った。


 自分の母親を安西に会わせ、その魂胆を探ろうと考えたのである。安西が自分の母親をバカにするような態度をとったら、そこまで。もう自分は人を信じることはない、と秀吉なりに人生をかけた決断であった。


 そんな秀吉の決意とは裏腹に、気負うことなく秀吉の家を訪れた安西。サッカーの練習帰りとあって、大きなサッカーバッグを担いで現れた安西。ごそごそとバッグから取り出したのは1枚の紙であった。


 初めて友人を連れてきたことで顔をほころばす母の前で、安西は手の平を下に向けた。右手を下から上げながら、人差指を立てると、すぐに両手の人差指を立て、胸の前で合わせた。


『はじめまして』


 安西の言葉と、その手話の動きは同じ意味を示していた。頭を下げた安西は、自分の名前と秀吉と友達であると書いた紙を読み上げながら母親に手渡すと、秀吉に言った。


「あいさつしか覚えれなかった。ずるいかもしれないけどかんべんな」


 拙い手話であった。けれど、伝えたい気持ちは確かに伝わった。秀吉はおぼろげな記憶の中にある、父に感じた大きさを竜司に感じ、新たな一歩を踏み出すことを決意した。


「なぁ、俺もサッカー始めたい。いいか?」





 かつてプロサッカー選手であった頃、竜司は恵まれない子供たちに社会貢献活動を行っていた。そこには親のいない子、障害を持った子、様々な境遇の子供たちがいた。


 未婚のため、親としての気持ちは分からなかった。しかし、大人として、社会人として、兄のような立場から彼らにできることをしてあげたい。そんな気持ちで施設を訪れ、子供たちを試合に招待し続けた。


 彼らに見せたかったのだ。希望や努力の可能性を。自分のプレイで、背中で。


 正直役に立ったかは分からなかった。それでも、一人でも多くの子供たちに何かを感じてもらえれば。そんな気持ちで取り組んできた活動だった。


 今の竜司は小学生である。プロサッカー選手の頃のような影響力なんてない。身体は成年から少年と変わり、掌は小さく、目線も低くなった。


 そんな竜司だからこそできることがある。


 目線が下がったからこそ苦しむ子供と同じ目線に立てる。短い手だからこそ、届く相手との距離は以前と比べてはるかに近い。


 できる範囲でいいし、無理をする気もない。けれど、自分が関わって救える存在があるのなら。


「やらない善よりやる偽善ってね」


 今の自分でも救える存在がいる。それはサッカーに再び打ち込めると知った時と同じくらい、竜司に喜びを与えてくれることだった。





 全日本少年サッカー大会福岡支部予選。


 初戦を迎えた鷹取キッカーズ。盤石の優勝候補が開始5分、いきなりのピンチを迎えていた。

 両チーム無失点の中、不運にも相手のシュートが鷹取DFの手に当たってしまい迎えたPKのピンチ。


 ゴールの前には鋭く相手を睨みつける秀吉の姿があった。秀吉の眼光に怯んだのか、相手の勢いのないシュートをがっちりキャッチングする秀吉。


 その瞬間、歓声が沸く。一際大きな声で秀吉を応援する少女の横で、妙齢の女性が握った両手の拳を二回下に下げる。必死に、必死にその動作を繰り返す女性。


『頑張って!』


 声は届かない。けれど、確かに届くその気持ちを背に、今日も秀吉はゴールを守る。


「おら、しっかり点とってこい! 後ろは俺に任せとけ!」


 秀吉の活躍もあり、鷹取キッカーズは初戦を無失点勝利で飾った。


 試合が終わり、父兄へ勝利の報告と応援の感謝を伝えるために整列した鷹取イレブン。彼らは左手の甲に右手をのせ、右手親指の親指を一瞬上げた後、お礼の言葉と共に頭を下げる。


『ありがとうございました!』

「ありがとうございました!」


 時に攻撃的過ぎるそのプレイスタイルからついた二つ名は『狂犬』。その二つ名とは裏腹に、誰よりも人を守ることを望む少年の両手は、誰かを傷つけるためのものではなくなっていた。


 自身を理解してくれる仲間という守るべきもののため、秀吉は今日もゴールを守り続ける。

お読み頂きありがとうございます。


最近新しいサッカー小説が出てきて、この2作は特におすすめです。


水木さんの『大切なことはすべてサッカーが教えてくれた(https://ncode.syosetu.com/n2250ep/)』

かんとなさんの『おい!今度の行き先はサッカー漫画だってよ!?(https://ncode.syosetu.com/n2617eo/)』


サッカー小説が盛り上がっていくといいですね。

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