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全日福岡支部予選準決勝④

 後半7分鷹取先制。試合が大きく動く。鷹取に傾くかと思われた流れを、怒涛の勢いで猛攻をしかけ始めた美野島が掴み始める。


 赤城を経由したサイドへの展開という流れは分かっていてもそうそう止めることができず、雨霰と鷹取ゴール前に降り注ぐクロス。仕上げは飛び込んでくる赤城。

 その猛攻は着実に鷹取を追い詰めており、鷹取は高いDFラインを維持することができなくなりつつあった。


「まだまだ時間はある! 諦めるな! 俺たちならできる!」


 仲間を信じて飛び込み続けるエースの背中に引っ張られ、美野島の選手たちは疲労を忘れ、走り続ける。


「くそ、ここまで徹底されるときつい……」


 先制点後、元の位置に戻り、中盤の相川と共に赤城の対応を続ける竜司はぼやいた。二回り以上体格の違う相手とのマッチアップは自分の想像以上に体力を消耗させていた。

 赤城が下がったことで、マッチアップはキャプテンの相川に任せたものの、右に左にカバーに走り回され、一息つく暇もない。


 兄圭司に付き合ってもらい、毎朝フィジカルの違う相手との練習を続けてきたとはいえ、フルに試合を行っていたわけではない。

 まして今日は日頃と異なるCBというポジション。CBのミスは失点に直結するため、守備の局面における精神的プレッシャーはいつもの比ではない。


 いかに豊富な経験、小学生離れしたテクニックを持った竜司であっても、その表情は苦しいものとなっていた。


 



 苦しい表情が浮かぶのはピッチ横で応援を続ける伊織や川上たちも同様であった。


「安西くんたち大丈夫かな? 守りきれるかな?」


 不安気な様子で伊織に聞く川上。


「守り切れるかなんてわからないよ。けど、私たちは祈るしかないの。信じるしかない」


 目の前には再び鷹取ゴール前に上げられるクロスに向かって飛び込む選手たち。ターゲットとなる赤城の進路を必死に防ぐ竜司の姿。

 その姿はボロボロの一言。いつもスマートに中盤を制する姿はそこになく、必死の形相で守り、周りに指示を出し続けている。


「安西くんもみんなも……必死だね」

「そりゃ竜司だって必死になるよ。あれだけ体格の違う相手から守り続けてるんだから」

「なんで……あんなに頑張れるのかな」

「試合に出る選手たちは出れない選手たちの気持ちも背負って戦ってるんだ。だからみんな必死……負けられないって。特に竜司は上級生を差し置いて出てるしね。それに約束したでしょ、川上くんと。あいつはサッカーのことしか考えてないサッカー馬鹿だけど、約束は守るよ。だから私たちも竜司を、先輩たちを信じるんだ!」


 伊織の言葉を聞き、川上はおずおずと切り出す。


「ぼ、僕にもできるかな……誰かのために戦うこと」

「さぁ? それは川上くん次第なんじゃない? ひとがとやかく言おうと何をしようと、一歩を踏み出すのは自分次第でしょ?」

「うん。そうだね……あ!?」


 川上が思案し、返事をした瞬間であった。再び試合が動く。


 赤城経由のサイド攻撃ばかり警戒していた鷹取の裏をかき、赤城が中央突破を図る。サイドのケアのためにポジションをずらしていた竜司はゴール前から離れていた。


 若干マークの遅れた相川が横から身体をぶつけるが、赤城はその恵まれたフィジカルにより片手で相川を抑えながら前に進む。

 その様は鷹取ゴールを一直線に目指す重戦車。誰もが同点弾を脳裏に掠めた瞬間、赤城の死角から飛び込む影。


「安西くん!」

「竜司!」


 ピッチ横から悲鳴とも言える声があがる中、竜司はボール目掛けてギリギリのタイミングでのスライディングを試みる。


「でけーし、いてー! けど、ここは通さねー!」


 土煙を上げ、身体ごと投げ出しながら懸命にボールを奪いとった竜司。


「ファール……じゃないよな? キャプテン!」


 奪ったボールをすぐさま相川に預けた竜司は、痛む身体に鞭打って駆け上がる。

 ワンツーで返ってきたボールをそのままハーフラインまで運び、僅かにその進路を左サイドへ向ける。先制点を奪った時と同じ展開。


「二度もやられてたまるか!」


 美野島のDF陣が叫ぶ。左サイドだけでなく、中央のケアを忘れない。そこには同じ轍は踏まないという強い気迫があった。


 そのプレッシャーなど気にしない、とばかりにキックフェイントを入れる竜司。アウトサイドで切り返せばまさしく先制点と同じ流れ――であったが、竜司の選択は別だった。


「淳くん! 俺を信じて! 絶対に追いつけるから!」


 左足から右サイドにバックスピンをかけたロングフィードが通る。そこには鷹取1の快足FW田中淳が走りこんでいた。

 練習中には追い付けないと思い、間に合わなかったパス。そのパスを出したのは最年少ながらも相手のエースを抑える重責を与えてしまった少し生意気な後輩。

 その後輩は言った。


『淳くんなら絶対間に合う! チームで誰よりも速い淳くんが届かないはずがないよ』

『通れば間違いなくビッグチャンス! 試合なら淳くんがヒーローだよ!』


「確かに決めればヒーロー! けどやっぱきついぞ竜司!」


 なんとかボールをコントロールし、前を見ると美野島のGKが飛び出している。角度も厳しい。


「けどな、後輩が頑張ってんだ! ここで決めなきゃ先輩ヅラできねーだろ!」


 叫びながらも冷静にGKの股を抜く。ボールはゆっくりとゴールネットに向かって吸い込まれていった。


 後半19分。押しに押し込まれた中での決定的な追加点。

 殊勲者の田中が竜司に駆けよる。精根尽き果て膝をついていた竜司の手を差し伸べ、引き上げると親指を立てた。にやりと笑った二人がハイタッチを交わし、その二人の周りにチームメイトが集まってくる。


 その光景を見ていた川上は、何かを決意したかのような、強い意志の光をその目に灯していた。


「川島さん、僕も踏み出したい! 強くなりたい! 安西くんや先輩たちみたいに」

「うん。いんじゃない? 自分で決めたんなら」


 この日、鷹取は美野島を下し、午後の決勝も危なげなく勝利を飾った。鷹取は県大会への切符と新しい仲間を手に入れたのだった。

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