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久遠の夜 千夜の果て  ―――辺縁の姫君  作者: トグサマリ
【第七章 史書に秘められるもの】
40/44

02-1

 戸口の近衛兵たちが、急に緊張を帯びだした。

 なにかが、決定したのかもしれない。

 奏音が進んでその未来を絶とうとしている恐怖が改めて目の前に突きつけられ、レミンは急に我に返った。

「カナ。だめだ。お前は生きろ」

 食い入るように見つめ込まれる奏音。血を吐くような、震える彼の声。

「死んではだめだ。フィザーンはお前にとって地獄かもしれない。でも時が来れば幸せはやってくる。どんな形であれ、いつかは幸せと思える日が来る、必ず」

「なに、なに言うんですか」

「生きて欲しい。フィザーンに絶望しないで欲しい。頼む」

 生き抜いて欲しいと、両の肩を強く摑まれる。奏音は頷くことができない。自分の幸せは、レミンのそばにあってこそなのに。

 縋るようにレミンの腕に手を伸ばしたときだった。

「―――なにをしている」

 突然厳しい声が投げかけられた。靴音をたてて現れたのは、意外にも王弟ミカだった。男性がひとり、その後ろについている。

「何故縄を解いている?」

 強い語調で、ミカは背後の近衛兵を問い詰める。近衛兵はさっと顔を青くさせた。

「申し訳ございません」

 壮年の近衛兵は立ち上がったレミンに駆け寄り、心苦しそうに眼差しを下げると、再び縄で手首を拘束した。

 その間、ミカは奏音の顔に目を留めていた。赤黒く腫れる頬と血のついた唇、乱された髪。なにも言わなかったが、レミンの上着を羽織るその格好に、なにが起きたか理解したようだ。

 ミカは厳しい顔つきでレミンに眼差しを戻す。その隣に立つ男も、どういうわけか憎しみすら窺えるほど、レミンを強く睨み据えている。

 彼には見覚えがあった。ライコの側近のひとりだ。確か、ヴィヒレア伯爵といったか。何故ヴィヒレア伯爵とミカが一緒にいるのだろう。そしてこの険しい雰囲気は?

「!?」

 薄い光を受ける彼らの異常な様に、奏音はようやく気付く。

 彼らはともに濃い色の服を着ていて目立たなかったが、その腕や裾、膝のあたりに赤黒い染みがべっとりとついていた。

(なに……あれ……)

 不穏な予感が、背筋を這いあがる。

 あれはまるで、血に見える。

 生々しい染みをつけたまま、ふたりはそれを意に介するでもなく、厳しくレミンを見据えている。

 なにが、あったのか。

 なにかが、起きた―――?

 どうしてレミンを睨み据える?

「先程まで筆頭予見者殿とふたりきりだったと聞いたが」

 ミカは有無を言わせぬ口調で、レミンを問い(ただ)す。

「さようにございます」

 ふたりの異様な格好に戸惑いつつもレミンは答える。聞きようによっては男女の秘め事を思わせる問いだったが、レミンは正直に答えた。

『これはレミンが本当に望んでいることよ』

 イルマイラの言葉が、奏音の脳裏にふたたび浮上する。

 自分の知らないところで、レミンとイルマイラは逢っていた―――?

 波立つ彼女の胸内を斟酌(しんしゃく)することもなく、ミカの詰問は続く。

「筆頭予見者殿になにをした? 言葉巧みになにをさせた」

「なにも。ただイルマイラ殿に呼ばれただけにございます」

「なんのために?」

「それは……」

 レミンの言葉が濁る。自分を貰いうけて欲しいと頼まれたとは言えるはずもなく、ましてあの予見が偽りだったと告白されたことなど、もってのほかだった。

 その逡巡をどう受け止めたのか、ミカは告げた。

「先程、陛下は身罷(みまか)られた。筆頭予見者イルマイラ殿の手によってな」

(―――え?)

 聞き間違いだったかと、奏音は耳に届いたミカの言葉に怪訝な顔を無防備に返す。ミカは表情を窺わせない目をちらりとよこしただけだった。

「イルマイラ殿は自分が陛下を(しい)(たてまつ)ったと自身言っておられるし、目撃者も複数いる。彼女が実行犯であることは確かだ。だが、その直前にハイカイネン伯と一緒にいた、という話が気になってね」

 静かに紡がれる言葉だからこそ、ひとことひとことが重たく胸に突き刺さる。

(死んだ……?)

 ミカとヴィヒレア伯爵の服についた赤黒い染みは、ライコの血なのか、イルマイラのものなのか。

(あいつ、が……?)

 ライコがレミンに死刑宣告を突きつけたのは、つい先程のことだ。

 それが、何故。

 ライコに手を下したのは、しかもイルマイラだとミカは言う。

 信じられなかった。

 けれど、ふたりの衣服についた大量の血や興奮を抑えきれていない様子は、ミカの言葉を裏付けしている。

(なんで?)

 これはレミンが望んでいたことだと、イルマイラは奏音を部屋に押し込めた。ライコと組んでのことに違いなかった。なのに、何故。

 元彼に死刑宣告が下されたと知って、激昂したのだろうか。だとしたら、どうしてミカたちはイルマイラではなくレミンを「言葉巧みに」と詰問をするのだろう。レミンとイルマイラが同じ部屋にいたことと彼への死刑宣告は、関係がないはずなのに。

「お前がそそのかしたんだろう? 陛下のお命を奪えば、リュシアン公爵を奪われる心配がなくなるから」

 ヴィヒレア伯爵がミカの言葉を継ぐようにレミンに詰め寄った。

 しかしレミンは目を瞠ったまま、いまだ事態を呑み込めずにいた。

「陛下が……、どうして……?」

「予見者としての危機感によると言えば、判るだろう?」

 ミカの言に、レミンの顔から、自身でも判るほどさっと血の気がなくなる。

 あの男は、奏音では飽きたらず予見者をも襲ったのか。予見者を襲う果ての意味を、知らないはずはないのに。

「何故そんな……」

 欲望で命を落とすなど。何故ライコは、そんな莫迦げたことをしたのか。

「だからお前が!」

「ヴィヒレア伯爵」

 なおも詰め寄ろうとする伯爵を、ミカはやんわりと制し、レミンに向き直る。

「あなたは魔術を扱える。魔術にはさまざまな種類があり、その中に、暗示魔術というものがあると聞く」

 ゆるゆると頷くレミン。

「相手の無意識に行動を刷り込む魔術です。かなり高度なものですが」

「それをイルマイラ殿に施しはしなかったか?」

「!?」

 レミンはようやく理解した。

「これは、つまり、……わたしに容疑がかかっていると?」

「動機がないとは言わせない」

 静かにミカは言い放つ。

 宮廷の誰もが、レミンとイルマイラの関係を知っている。そして、謁見の間でのレミンの奏音を想う発言と、ライコの辺縁の姫君に対する執着も。

 過去においても未来においても、レミンにとってライコは、直截(ちょくせつ)的な言い方をすれば、邪魔者でしかなかった。

 イルマイラとふたりきりでいたという事実が、レミンの動機に手段を与えたのだと思われている。

「待ってください」

 レミンをかばうように、奏音はミカとの間に入った。

「そんなわけないじゃないですか、レミンさんがそんな、そんなことするわけない。勝手なことおっしゃらないでください」

「公爵は、目が曇っておいでのようだ」

 ミカの目は冷えきっていた。国王派、王弟派と別れ、水面のごく近いところで争ってはいても、やはりライコは実兄。故意に命を奪われたとなれば、その犯人に対する感情は冷酷にこそなれ、憐みなど一切なくなるのか。

「伯が密室でイルマイラ殿になにをしたのか。元恋人同士のふたりの間に、なにもなかったとでも思っておられるのか。本気でそう信じておいでか? だとしたら、滑稽なことこの上ない!」

「なにもあるわけないでしょう!」

 レミンは声を荒げる。

「なにかなければならないんですか!? 思い込みで話を進めないでいただきたい」

「生意気を!」

「レミンさん!?」

 奏音はレミンに駆け寄った。

 激昂したヴィヒレア伯爵が、レミンを殴りつけたのだ。両手を拘束されていることもあり、バランスを崩してレミンは倒れ込んだ。そんなレミンの頭上から、ヴィヒレア伯爵は唾を飛ばす。

「お前は筆頭予見者殿を操り、陛下のお命を奪ったのだッ。いまさらぐだぐだと言い訳するつもりか!」

「調べもしないで決めつけないで!」

「必要ないッ。こいつがそそのかしたに決まっている!」

 真っ赤になるヴィヒレア伯爵の横に立つミカへと、奏音は視線を移す。

「殿下も、そう考えていらっしゃるのですか?」

 ミカの突き放すような眼差しに、奏音の思いは凍え、砕けそうになる。それでも、ミカは誠意のある男だという思いを否定したくはなかった。

 自然に、声音は重たくなる。

「殿下は、思い込みでなにかを判断なさる方ではないはずです。政治的な思惑がたとえ背後にあっても、状況を正確に摑もうとする、そういうまっすぐな心を持っていらっしゃると。どうなんです、殿下。わたしの買いかぶりですか?」

 ミカは、静かな視線を奏音に向けたまま黙っている。

 値踏みするような眼差しだった。目の前の女性が自分に益をもたらす人物なのか、計算しているのかもしれない。

 その視線を受け止め、奏音は自分が信じたミカという人間を正面から見つめ返す。

 レミンがひと殺しをそそのかす? 莫迦げている。ありえない。

 ミカがそれを妄信することも、奏音には考えられない。

「―――買いかぶりだな、公爵」

 長くも思えた沈黙の末、ミカは容赦のない言葉を落とす。

「わたしを持ち上げて、伯に有利な言質(げんち)でも引き出すおつもりか?」

「そんなんじゃ」

 ミカの物言いは少なからず奏音を傷付けたが、言葉はまだ続いた。

「確かに。疑わしい状況があるのは否めない。暗示魔術を施したイルマイラ殿があの部屋に入室できる保証はないし、陛下がイルマイラ殿を組み敷く可能性など皆無にひとしい。イルマイラ殿がなんの得物も持ち込んでいないことも、引っかかるといえば引っかかる」

「でしたら」

「だが公爵」

 奏音の反論を遮るように、ミカは声を鋭くさせる。

「イルマイラ殿があの部屋に赴く必要性が見当たらない。ハイカイネン伯とイルマイラ殿が密室でふたりきりだったことは事実であり、その直後に陛下は(しい)された。伯は魔術を扱い、魔術には暗示魔術が存在する。それで充分ではないのか?」

「ハイカイネン伯爵は関係ございません」

 突然、部屋の入口から第三者の声が割り込んできた。

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