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01

 王朝開闢(かいびゃく)三百年を祝う式典は昼過ぎから始まり、盛大な礼拝がオルボ大聖堂で行われていた。

 その最前列に、奏音はレミンとともに並んでいた。

 喉元まで隠す高い襟のドレス姿の奏音は、結い上げた髪から波の意匠が織り込まれた紗のヴェールを背中に流していた。色合いは臙脂(えんじ)色を基調としていて、派手すぎず暗すぎず、落ち着いた雰囲気を演出していた。臙脂色は、レミンの好きな色だった。

 背中に突き刺さる人々の目があまりにも多すぎて、緊張に膝や指先が震える。

 無理もない。

 ほとんどの貴族にとって、奏音を間近にしたのは二年ぶりだった。魔術師貴族に降嫁した辺縁の姫君を目の前にして、興味を抱くなというほうが難しい。

 誰もが好奇の眼差しで、奏音とレミンを観察していた。

 それは大聖堂での礼拝が始まる前、王宮で二年ぶりに王に謁見した場でも同様だった。



 この日、ハイカイネン邸から出た箱型馬車は、周囲の好奇と期待の眼差しを受けながら、宮殿の馬車寄せに停まる。

 馬車から降り、宮殿へ至る階段を昇ろうとしたとき、奏音はどこかから視線を感じた。

 自分の存在はそれなりに注目を浴びると覚悟していたから、きっと興味本位のものだろうとも思ったのだが、その視線はねっとりと絡みついてきて、まるで検分されている気すらした。視線をあたりに配ってみると、柱の陰に白い服をまとったひとたちが見え隠れしていて、どうやらその視線は彼らから発せられているようだった。

「気になるか」

 硬い声がかかる。レミンを見上げると、ややうんざりした表情がそこにはあった。

「あのひとたち、どうしてあんなふうに見てくるんですか?」

「カナが懐妊しているかどうかを検分しているんだ」

「!?」

「カナが最初にフィザーンに来たとき、大聖堂で着替えを手伝った中にもいたはずだぞ。気付かなかったのか?」

「あのときも……!?」

 彼らは、ひとの命を見通す能力を持つ魔術師なのだという。

 さすがに、前夜のことに足は止まってしまう。

「なんか心臓に悪いな」

 レミンも同じことを感じたのか、居心地が悪そうだった。

 宮殿のどこかに去っていった彼らがその後、なにをどう報告したのか想像もつかなかったが、改めてなにかを知らされることはなかった。しかし、

 ―――リュシアン公爵は、懐妊していらっしゃらない。

 その報告は、謁見を待つ部屋へふたりが案内される頃には、噂話として宮廷に広がっていた。

 そうして貴族たちの隠そうともしない視線が痛くなってきたとき、ふたりは謁見の間に呼ばれたのだった。



「ほほう……」

 謁見の間での国王ライコは、満を持して現れた奏音をあからさまに男の顔で迎えた。隣に立つレミンなど見向きもせず、うっとりと奏音を眺めて悦に入っている。

 胸や腰に王の視線を受けながらも奏音は気丈に()え、そんな彼女をレミンは隙なく守りとおしていた。

 ライコが奏音に手への接吻を要求しても深々と(こうべ)を垂れさせることでかわし、言葉を交わすのも直接ではなく、必ずレミンを間に通してと徹底していた。

 例の予見を振りかざして王が文句を言えば、陛下ご自身が外れたとおっしゃいましたがと、さらりと流す。お前でも孕ませることはできぬようだなという厭味には、時が解決しますと平然と答え、真の望みはなんだと問われると、妻とともにあることですと、その上で、奏音と(めあ)わせてくれたとライコに対し賛辞すら述べた。

「―――目的は辺縁の知識か?」

 言葉を取り戻した奏音を華々しく披露せず自らの庇護下に置こうとするレミンに、ライコは苛つきを隠さない。

「辺縁の知識を我が物にし、なにを目論む? フィザーンを操るつもりか?」

 王のこの言葉は、場を沈黙させた。

 奏音の持つ辺縁の知識は、フィザーンの将来を左右するといっても過言ではない。ハイカイネン領でその知識に基づいてなにかをされてはたまらない。もしも王弟派がそこに絡んでしまったら―――。

 部屋を満たす沈黙の中、レミンはまっすぐ、ライコへ静かな眼差しを向けた。

「辺縁の知識は、わたしには必要のないものです。欲したこともなければ独占したいと望んだこともございません。この先も、それはないでしょう。わたしに必要なのは、この妻、カナデだけでございます。ただ、陛下から彼女を貰いうけたということは、わたしを辺縁の知識ごと託すに信頼のおける人物だと判断してくださったからだと、そう理解しております」

 切々と語るレミンに、ライコは反論できなかった。反論しては、自らを(おとし)めることになる。

 予想だにしなかったレミンの発言に、貴族たちは視線を交わしあう。

 レミンの発言は、まことしやかに流れていた噂と、あまりにもかけ離れていた。

 筆頭予見者イルマイラを貰いうけるのではないのか? 王に交換条件を提示し、辺縁の姫君を献上するのではなかったのか?

「自分がなにを言っているのか、お前は判っているのか?」

 王に程近い場所から、王弟ミカが詰問にも似た口調で投げかける。

「辺縁の知識も出世の道からも目をそむける。お前にとって、公爵にはどのような価値があると?」

 レミンはミカに視線を移す。決して表情を気取らせない氷のような顔が、こちらを見据えている。

「わたしの根源であり、すべてです」

「―――愛情が絡んでいると?」

「さようにございます。妻を失うなど、考えられません」

 その場にいた誰もが息を呑み、小さなざわめきが広がった。

 政略結婚の相手に恋をする貴族は、皆無ではない。王弟ミカがまさにそうであるように、相手を失いたくないと切に想い合う貴族も稀だが確かにいる。しかしレミンの発言は、フィザーンの将来を軽んじていると受け取られてもしかたのないものだった。

「陛下は敢えておっしゃらなかったが、代わってわたしが(たず)ねよう」

 冷たい中に疑う色を眼差しに乗せ、ミカは重ねて問う。

「辺縁の知識はこの先どうとでもできる。だが、これだけはどうにもならない。―――予見だ。予見がなされたことは事実。陛下のお言葉が懐疑的であっても、フィザーンの未来は既に示されている。魔術を学んだそなたならば、予見の絶対性は充分承知しているだろう?」

 頭を下げ、ひたすら床に視線を落とす奏音の肩が、ミカの言葉に小さく震える。

 こうしてレミンが奏音を守る姿勢が貫けるのも、ライコが以前予見を否定したからこそだ。ふたりの足場は、あまりにも脆い。

 レミンは臆することなく、王弟の視線を受け止める。

「予見は、絶対の未来を見るものではございません。起こりうる最も濃厚な未来の姿を見るのです。わたしたちがどれほど足掻いても、予見どおりになるやもしれません」

 ですが、とレミンは傍らの奏音に視線を流す。硬い表情のままの奏音に、レミンは再びミカへと目を戻した。

「国中が妻に予見どおりの結果を期待し強要をしても、わたしだけは、わたしだけはたったひとりであっても、最後まで彼女の気持ちを尊重し、そばにいたいのです」

「敢えて、反逆の道を選ぶと?」

 反逆という単語に、部屋中に緊張が走る。さようにございますとレミンの返答が続いたとき、それは更に張り詰めた。

「衛兵! この者を捕らえよ!」

「!?」

 鋭い一喝に、奏音はたまらず顔を上げた。ミカは冷酷にレミンを睨み据えていた。

 緊迫したその場を収めたのは、不機嫌なライコの声だった。

「そういきりたたずともよい」

「陛下」

「伯の言うように、予見は最も濃厚な未来だ。(しゅ)は我々に、良いように未来を運んでくださるだろう。せいぜい足掻くがよい」

 王弟の口出しを疎んじたのか、ミカのこれ以上の発言をライコは禁じてしまう。

「カンクネン子爵の報告どおりだ。伯の反応は、みごとに当たっておる。子爵にはあらためて褒美を遣わそう」

 一同の視線が、審問官としてコイヴァリンナを訪れたカンクネン子爵に流れる。

 子爵は、ふたりの関係は親子のようなものであると報告していた。

 父親ならば、娘を政治的に利用するのはごく当たり前のこと。

 貴族たちに流れたのは、そんな「親子のような関係」という部分だけだったので、彼らの間では無責任な噂が広まってしまったのである。

 カンクネン子爵は、鷹揚にライコに頭を下げる。

 だが、王族に伝えられた彼の報告には、続きがあった。

 レミンと親しいからこそ、子爵は違和感を感じ取っていた。

 奏音を大切に思うレミンの眼差しが父親以上のものであると―――恋愛感情に基づくものであると気付いたのだ。

 まだレミン自身、はっきり自覚できてなかった想いを、彼は見事に見抜いたのだった。

 いまは父と娘という無難な関係に誤魔化されてはいるが、いずれレミンは己の愛情の意味に気付くだろう、と。そして、レミンは出世より愛する者を選ぶ男である、とも。

「己の妻に独占欲を抱くなど、さすがは魔術師。お前の顔が憤怒に歪むさまを見るのが、いまから楽しみだ」

 子羊をいたぶる猛獣のような眼差しで、ライコはレミンを見遣る。

「公爵が余のもとに戻ってくるのは、運命で決められたことだ。それまで思うように逃げまわってみるがいい」

「わたしは、賭けてみたいのです」

 挑発的なライコに、レミンはあくまで冷静に答える。

「ひとを愛するのは、罪なのでしょうか?」

 その場が、水を打ったように静かになった。

 剣呑な顔をしながら、ライコは唇を引き結ぶ。

「ひとの気持ちとは不思議なものです。彼女は王命で結婚をした妻でしかありませんでしたが、この身に代えても守りとおしたいと思えるほど愛してしまいました。わたしは一田舎貴族です。魔術を扱うことができる程度で他になんの取り柄もございません。わたしの願いはただこの妻を愛し、ともに過ごすこと。それだけです。それで充分なのです。わたしと妻を主がどう判断なさるのか。その御心に、わたしはすべてを委ねたいと思っております」

 奏音を見つめるレミンの眼差し。静かにそれを受け止め、穏やかな表情をたたえる奏音の姿に、誰もがなにも言えなくなる。

 ライコですらも、ふたりの姿に息を呑まざるをえなかった。

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