05
「レミンが献身的にカナデさんに接していることは、宮廷でも噂になっているの」
王からも貴族たちからも見捨てられた奏音だったが、噂からは逃れられないらしい。
「もともとレミンは優しいこよ。でも何年もずっと、斜に構えるというか、どこか他人を寄せつけない、突き放している……、そうね、常にひとと距離を置いていたわ」
誰かの領域に踏み込もうとも、自身の領域に誰かを踏み入らせることも決してしない。そうアーニキは言う。
「そんなレミンが、ひとが変わったようにカナデさんに接している……。なにか企んでいるのではって思われるのも、しかたがないといえばしかたのないことだわ」
「レミンさん、そんなひとじゃないです」
「ええ、そうよ。でもそう考えるひとたちは、宮廷には大勢いる。レミンがあちこちから招待という形で呼び出されているのも、みんな不安なのよ。魔術を使うレミンを莫迦にしながらも、恐れてる」
奏音は優しいレミンしか知らない。ひとと距離を置いて突き放すようなレミンは、想像もつかない。
なにがあったのだろう。コイヴァリンナでは村人からも慕われていたのに。
それともレミンにとって自分は、偽りの仮面を被るだけの他人だったのだろうか。
あの屈託のない笑顔は偽りだったと……? 気持ちを許さない、ただの他人としてしか見られていなかった……? 他人だからこそ、優しく接してくれていた?
あのまっすぐな眼差しも、偽りだったのか?
「わたくしたちは、互いの家を繁栄させる縁組なら、どんな性悪でも孫子ほどの年の差があっても結婚を決める。たとえ他に好きなひとがいて、将来を約束していたとしてもね」
アーニキはほんの僅かだけ、眼差しを深くする。
レミンがいつだったか言っていた。アーニキにはルヴァネリンナに恋人がいるのだ、と。
なにかを諦めるように、アーニキは小さく首を振る。
「それが貴族に生まれた者のさだめ。だからレミンの態度は理解されないのよ。カナデさんは陛下に命ぜられて結婚した相手でしょう? カナデさんが〝恋人〟なら判らないでもないのよ。恋人と妻は別だから。わたくしたちにはそれが当然のことだもの。なのに、恋よりも政略結婚の妻を選ぶあのこの態度は、なにかを企んでのことだって考えられてしまう。それで辿り着いたのが」
―――恋よりも選ぶ?
その発言は意味深で、奏音の無意識を逆撫でした。抽象的な〝恋〟という単語では説明できないなにかを、素通りできない重たい意味を、はらんでいる気がした。
「あの、選ぶって、恋よりも妻を選ぶって、どういうことなんですか?」
話の途中だったが、訊かずにはいられなかった。
アーニキから返る硬い沈黙に、嫌な予感がした。
恋人と妻は別。恋よりも政略結婚の妻を選ぶ。
その意味は、
「レミンさん、恋人が、いるんですか……?」
そして、その彼女ではなく自分を選ぶことが、なにかを企んでいるとして宮廷では問題視されている……と。
恋人とは、誰?
アーニキは、奏音の目を捉えた。無防備なほど純粋に奏音の問いに困惑―――驚いている。
探るように、瞳の奥底を覗き込まれた。
「カナデさん、もしかして……知らないのね?」
「え……?」
こちらを見据える表情は、ひどく思いつめていた。
「その様子だと、なにも、聞いていないみたいね。そうよね、あのこが言うわけないわよね……」
「あの……?」
胸が騒ぐ。知らないとは、なにを? もしかして、レミンの恋人のこと?
アーニキは、改まるように軽く居ずまいを正した。
「レミンの過去で、知っていることは?」
「―――いえ……」
過去。選ばなかった恋人とのことだろうか?
なにも。なにも知らない。なにひとつ知らない。
「魔法が使えることと、あたしと結婚せざるをえなくなったことくらいしか……」
(あたし、レミンさんのこと、なんにも知らない……!)
「そう」
言って、アーニキは黙り込んでしまった。奏音がレミンの過去を知らないことに困惑しているようにも、なにから話そうか迷っているようにも見えた。
ややして、アーニキは口を開いた。
「昔ね……、あのこには、レミンには、将来を約束した女性がいたの」
「!」
気持ちのどこかで覚悟はしていたものの、実際に言われると、頭を強く殴られた思いがした。アーニキはじっと奏音の目を見つめて続ける。
「彼女の名前は、イルマイラ・アハティネン。王宮にいる国付きの筆頭予見者さまよ」
「!?」
手にしていたグラスを、落としそうになった。
頭が、真っ白になる。
その名を名乗った女性を、知っている―――。




