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久遠の夜 千夜の果て  ―――辺縁の姫君  作者: トグサマリ
【第四章 オーロラの洗礼】
21/44

05

 頬を打つ冷気に、奏音はまぶたを持ち上げた。

 視界を満たしていた白い光は、いつの間にか消えていた。足元に、柔らかな青白い光が魔法陣の形でわだかまっている。

 息をするたびに、胸の奥が凍れる冷たさに痛みを訴える。

「ご無事でなによりです」

 しゃがれた声が耳に入ってきた。

「大丈夫」

 知らない声に身を硬くさせた奏音に、レミンは安心させるように言い、声のほうを向いた。

「突然で悪い」

「旦那さまのおいでは、いつも突然にございますよ」

 どこか微笑ましげな温度の声に、奏音もつられてそちらを見た。

 老年の域に入った男性が、燭を持って立っていた。魔法陣の向こうにいる彼は、穏やかな印象の男性だった。

「奥方さまには初めてお目にかかります。この城の管理を任されております、エスコ・ヒルボネンと申します」

「おれの父親の代から、サテュベルの城を見てくれているんだ」

 そうレミンは言い添え、

「空の具合はどうだ?」

 エスコに訊ねる。エスコはふたりを部屋の外へと(いざな)いながら、確信めいて頷く。

「状態はよろしゅうございます。すぐ出発なされば、いい状態のものに出会えるかもしれません」

「どの辺りに行けばいい?」

「タペリサーリ辺りかと」

「そうか。カナのぶんの用意もできているか?」

「もちろんです」

「犬ぞりは?」

「いつでも出せます」

「助かる」

 レミンとエスコは、まっすぐに廊下を突き進む。その先には玄関広間があった。並んで歩くふたりのあとを、奏音は遅れないようついていく。

 奏音たちが広間であらためて防寒対策したのを確認し、エスコは玄関を開けた。そこから吹き込む冷気の厳しさに、彼女は思わず目を丸くする。

「ちゃんと(まばた)きをしないと、目が凍るよ」

 本気とも冗談ともつかないレミン。ぱちぱちと瞬きを繰り返す仕草をしたレミンを真似、奏音も瞬きを返した。

「ん。では、行ってくる」

「お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 頭を下げたエスコを玄関に残し、レミンと奏音はそのまま凍てつく外界に出た。


 レミンの掲げる角燈が、夜闇に沈む雪景色を浮かび上がらせる。

 雪はコイヴァリンナよりも多く降るのか深く、馬車寄せに続く階段も、途中から雪に埋もれていた。

 階段の横に細い柱が一本立っていた。レミンがそれに近付くと、闇の中、なにかが動く気配があった。

「元気にしてたか?」

 角燈の明かりが、レミンの言葉の行き先を照らす。

 十頭もの大型犬が、尻尾を振ってレミンを迎えていた。降り積もる雪に紛れそうなほど白いものや、闇に溶けるほどに黒いもの、同じ茶色の濃淡でも、毛の長いもの短いものがいる。その十頭誰もが、レミンを見て嬉しそうにはしゃいでいた。

「また頼むな」

 一頭一頭声をかけながら撫であげ、レミンはその向こうにあった(そり)に足を向ける。橇には幾つか荷が乗っていた。荷物を確認すると、奏音を振り返る。

「おいで」

 手招きされ、レミンのもとに行く奏音。犬たちが、興味深そうに彼女の匂いを追って顔を動かしていく。

 言われるまま、奏音は橇のバスケット部分に腰を下ろした。軽く伸ばす格好の足を、レミンは足先から包み込むように毛皮でくるんでくれた。毛皮は大きな一枚皮で、奏音の肩の上までをすっぽりと覆う。足元に、鋭角に角度をつけたフェルト地の布を更に立てて言う。

「これがあるからたぶん、(ふん)が飛んでくることはないだろうけど、気をつけるんだぞ」

 意味はよく判らなかったが、とりあえず奏音は頷いて見せた。

 レミンは角燈を橇の前方にかけ、柱に固定されていた犬ぞりの手綱を外した。奏音のすぐ後ろに立ち、その背もたれに繋がる風除けの毛皮を胸元にまで引き上げると、犬たちに合図を送る。

 用意ができるまでそわそわしていた犬たちが、一斉に整列をした。

「進めッ」

 鋭く発せられたレミンの声に、犬たちは嬉々として駆けだした。その勢いに奏音の身体は大きく後ろへ持っていかれそうになり、慌てて背中に力を込める。

 黒く凍てつく空には、半分の月がかかっていた。

 半月のまわりを避けるように散らばる満天の星々と角燈の明かりの中、犬ぞりはサテュベルの城館を勢いよく出発したのだった。

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