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久遠の夜 千夜の果て  ―――辺縁の姫君  作者: トグサマリ
【第四章 オーロラの洗礼】
19/44

03

 半年後の式典には必ず出席するようにと言いおき、けれど眼差しは奏音を王のそばへと訴えながら、子爵は二日後に帰っていった。

 怪しげな魔術で奏音を操るなどといった莫迦げた噂は子爵の報告が打ち消してくれるだろうが、彼を見送ったレミンには、もやもやとしたどうにもならない感情が生まれていた。

 奏音と顔を合わせるたび、この娘が背負う運命の大きさを呪わしく思った。

 奏音が辺縁からやってきて三年半が経っていた。結婚をして、一年半。社交界に出るのも早いとすら思えた幼い顔立ちも、既に大人のものになっていた。親バカかもしれないが、娘から女性へと、花開くように綺麗になった。ふとした瞬間、不覚にも胸の底を鷲摑みにされて熱い感情がわき立つことも、実はある。もちろん、おくびにも出さないけれども。

 奏音は、ひとりの人間、ひとりの女性。

 ゆっくりと時間をかけ、ようやく心が通うようになった。

 それを王都の人々は、すべてを壊し、あの地獄の日々に突き落とそうとしている……。


 夕食後、レミンは居間の暖炉の前で、燃えさかる炎に顔を照らされながら、子爵からの話に心乱されていた。座った膝の上には書物があったが、適当に開いたページが次に進むことはなかった。

 勝手すぎると、悔しさを抑えられない。

 辺縁の姫君ともてはやしながら、王の移り気に奏音を見捨てた。そうして田舎貴族に押しつけておいて、不安を覚えたら覚えたで期待をかけてくる。王太子だ国王派王弟派だと、気儘勝手に奏音を追いつめる。

(カナをなんだと思ってるんだ)

 確かに結婚を命じられたとき、ライコは言っている。伯妃となって環境が変われば予見どおりになるかもしれない、と。

 はらわたが煮えくりかえりそうだ。

 奏音は都合のいい道具ではない。人間だ。

 どれだけ苦しみ、傷付いたと思っているのか。

(『辺縁の姫君』でも『リュシアン公爵』でもない)

 誰とも変わらない、普通の女性。

 息をし、ものを食べ、微笑み、泣き、痛いものを痛いと感じるひとりの人間にすぎない。

 特別でもなんでもない。

 地上で生まれたか、辺縁で生まれたかの違いがあるだけ。

 それだけだ。

(なのに―――!)

 焼けつくような苛立ちがレミンを絡め捕る。暗い思考の沼から、逃れることができない。

 奏音を守ると言いながら、結局なにもできていない自分自身こそが腹立たしかった。妻という名目で奏音を隠し、療養を言い訳に時間を稼いで逃げているだけ。

 なにもできていない。

 審問官を拒絶することも、宴の出席を拒否することもできない。

 ただ、人々の勝手を嘆き怒るだけの自分。

『カナデさんが元に戻ったあと、どうするつもりなの?』

 いつだかのアーニキの問いが、消えてなくならない。

 奏音が言葉を取り戻したらどうするつもりなのか。何故そんなことを訊かれねばならないのか。どうして妻としてただそばにいてもらうことを望んではならないのか。

「……」

 険しくなっていくばかりのレミンの顔。そんなレミンをそばに、奏音は次第に不安に駆られていった。

 恐怖、ではなかった。むしろ、胸は切なく絞られるように痛む。

 辛そうなレミン。

 独りでなにかを抱えていて、じっとそれに()えている。そばに近寄ることも躊躇(ためら)われるほど、思い悩んでいる。

 ソファから身を起こすこともできず、奏音はちらちらとレミンを窺うしかなかった。

 そんな視線に、レミンは気付く。

「あ……」

 気遣わしげに顔色を窺う奏音を認め、レミンの表情はつい無防備になる。眉間から力が抜けたことで、自分が険しい顔をしていたことに、ようやく気がついた。

「違うんだ。カナが怖がることじゃないんだ」

 奏音は唇を引き結んで首を振る。

「ごめんな。ちょっと。苛々してて。全然、カナのせいじゃないんだ」

 済まなそうにレミンは言い訳をするも、奏音の不安な眼差しは和らがない。言葉を手放しているからこそのまっすぐなその眼差しは、レミンの胸の底に突き刺さっていく。

 じっと奏音を見つめ、観念したのか、溜息とともにレミンは言葉を落とした。

「―――ごめん、少し、出かける」

 ゆうらりと腰を上げるレミン。

 奏音の前を通り過ぎ、扉へ向かうその上着の裾が、ふいに引っ張られた。

 首をめぐらすと、奏音が小さな手で裾を摑み、こちらを見上げている。

 ひとり置いていかれることを怯えながらもレミンを気遣う目が、そこにはあった。

 隠そうとしても、判ってしまうらしい。

「……一緒に、行くか?」

 奏音は、耳から入ってきたその音を慎重に噛み砕く。胸を去来する想いと照らし合わせ、真剣な顔をしてひとつ頷いた。

「そうか……」

 どこか困ったようにレミンは頷き、思いつめた顔で奏音を見つめたのだった。

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