運だけで魔王幹部に接近し、戦わずに囚人を救出しました
ローゼルの村を出発した僕たちは、新しく手に入れた馬車に揺られながら街道を進んでいた。
徒歩で向かえば1週間以上はかかるという街道都市『アルディスの街』までの道のりだったが、快適な馬車と【運∞】の恩恵により、道中で強力なモンスターや盗賊に遭遇することもなく、わずか3日で到着してしまった。
アルディスの街の防壁が見えてくる直前、僕はローゼルの村の道具屋で購入した『変化のマント』を試してみることにした。
マントを羽織り、頭の中で「20代半ばの体格が良い強面の武人」を強烈にイメージする。
馬車の荷台にあった小さな手鏡を覗き込んでみると、そこには誰が見ても隙のないベテラン冒険者の姿が映し出されていた。
試しに「あ、あー」と声を漏らしてみると、僕自身の耳にはいつもの自分の声として聞こえるが、隣にいるアイリスには「渋く低い大人の男性の声」として届いているようだった。
「すごいです、ルーク様! まったく別人のように見えますし、お声まで完璧に変わっています!」
隣で見ていたアイリスが目を輝かせて小さく拍手を送ってくれた。
「これなら僕だと誰にもバレずに街に入れそうですね。トラブルを避けるにはちょうどいいです」
「はい。ただ……その、差し出がましいようですが、私は本来の優しいルーク様のお顔とお声の方がずっと好きです」
「えっ……」
アイリスに真っ直ぐな瞳で見つめられながらそう言われ、僕は思わず胸が跳ね上がった。
前世の不運翔だった時代、女性から容姿や声について好意的な言葉を掛けられたことなどただの一度もなかった。顔に血が昇るのを猛烈に感じながら、僕は照れ隠しにマントのフードを深く被り直した。
◇
アルディスの街は、立派な城壁と大きな冒険者ギルドの支部を擁する賑やかな都市だった。
ギルドの中に入った後、変装を解いて本来の姿に戻った僕は、確認と手続きのために受付窓口へと向かった。受付の女性に自分の冒険者カードを差し出す。
カードを魔水晶の盤にかざした受付女性は、表示された内容を目にした一瞬、息を呑んで完全に固まった。
「不快な質問で申し訳ありませんが……あなたは以前、アルナの街で登録されたルーク様でお間違いないでしょうか?」
「はい、そうですけど……何か問題がありましたか?」
「問題どころではありません! 数日前にアルナの街でEランクからCランクへ昇格したばかりだと記録されていますが……現在、あなたのカードにはレベル101、Bランクと表示されています!」
ギルドのホールに受付女性の驚愕の声が響き渡った。
周囲にいた大勢の冒険者たちが一斉にこちらを振り返り、ざわつき始める。最初の街を出てからそれほど日が経っていないにもかかわらず、あっという間にBランクへと到達した存在など、ギルドの長い歴史を見ても前代未聞だったのだ。
受付女性は震える手で深々と頭を下げてきた。
「Bランク冒険者様であれば願ってもない好機です! 実は現在、この街の周辺で15歳前後の青少年が次々と連れ去られる不可解な事件が多発しております。どうか調査と救出のクエストを引き受けていただけないでしょうか!」
人から切実に頼み込まれると断れないのが、僕の昔からの悪癖だった。困惑しながらも、僕はその緊急クエストを受諾することになった。
◇
ギルドから提供された連れ去られた方向の情報を元に、僕とアイリスは街から少し離れた『密林の奥に潜む古い廃砦』へと向かった。そこが連れ去られた少年たちを潜伏・拘留している拠点になっている可能性が高かった。
気配を消して廃砦の近くまで迫った時、僕は内部から凄まじく凶悪な気配が漂っているのを察知した。
気配の主は、魔王軍の幹部である『第3将軍ザガン』だった。
「まずいですね……あんな強力なボスと正面から戦うのはリスクが高すぎます。僕の目的はあくまで捕らえられた少年たちの救出ですから」
僕はまともに交戦するのを避けるため、一妙案を思いついた。
羽織っていた変化のマントに意識を集中させ、自分自身の見え方を「漆黒の角と翼を持つ、凶悪で巨大な上位悪魔」へと変化させたのだ。
禍々しい怪物に変装した僕は、堂々と廃砦の重い扉を開けて内部へ足を踏み入れた。
案の定、奥の大部屋で腕を組んでいた第3将軍ザガンが、僕の姿に気づいて振り返った。
「ぬ……? その禍々しい気配、お前は魔王ヴェルド様が遣わされた新たな増援か?」
ザガンは僕の圧倒的な悪魔の威圧感と雰囲気に完全に呑まれ、疑うことなく魔王軍の仲間だと勘違いしてくれた。
「はい。魔王様より作業の手伝いをするよう指示をうけました」
僕が低く重厚な声で返答すると、ザガンは納得したように頷いた。
「そうか。捕らえた15歳の人間どもは地下牢にまとめて収容してある。預言にあった男が混ざっていないか、お前が直接取調べを行ってくれ」
ルークは予言のことはよく分からなかったが、僕は怪しまれないよう
「わかりました。お任せください」
と返事をし、自然な足取りで地下牢へと向かった。
地下牢の中には、怯えた様子で身を寄せ合う20人ほどの少年たちが閉じ込められていた。
1人ずつ連れ出していては時間がかかる。僕は一案を講じた。
「取調べを効率化するため、全員まとめて外の広場で尋問する!」
見張りに地下牢の鍵を開けさせ、大声で命令を下しながら少年たちを全員引き連れて地上へと歩き出した。
途中の通路には無数の魔王軍兵士が徘徊していたが、ここで僕の【運∞】が驚異的な威力を発揮した。
見張り兵たちが一瞬の隙をついて同時に強烈な眠気に襲われて居眠りを始めたり、壁の隙間に落とした小銭を探すために全員が背を向けたりと、天文学的な確率の不測の事態が連続して発生したのだ。
結果として、誰一人として僕たちの脱出に気づく者は存在しなかった。
僕は少年たちを連れて何事もなく廃砦の外へ抜け出すことに成功し、変化のマントを抜いた。
現れた少年の姿を見ると、少年たちは助けられたことを把握し、そのまま街の警備隊とギルドへ全員を無事に送り届けたのだった。
全員を無事に救出できたことで、ギルドから報酬として金貨2枚が手渡された。
◇
一方、少年たちが救出された直後の密林の廃砦。
尋問の様子を見に地下牢へとやってきた第3将軍ザガンは、目を見開いて絶句していた。
地下牢の鉄格子は破られ、捕らえていたはずの少年たちが影も形も消え去っていたのだ。
「な、なんだと……!? 奴らはどこへ消えた! 見張りは何をしていたのだ!」
現場を守っていた兵士たちも青ざめて首を振るばかりだった。
「だ、誰も地下から出てきておりません! 新しく来られたあの上位悪魔様が、取調べのために全員を連れ出したきり……」
「なに……!? あの新入りの悪魔が……裏切ったというのか!?」
ザガンは激怒し、即座に裏切り者の捜索命令を下した。
しかし、その悪魔の正体はルークがマントで見せていた一時的な見え方に過ぎない。どれほど魔王軍が全力を挙げて探そうとも、存在しない捜索対象が見つかるはずなど永久に存在しなかった。
「おのれ……! この失態が魔王ヴェルド様に知られたら、私は命を奪われてしまう……!」
失敗の恐怖に打ち震え、青ざめるザガンの姿がそこにはあった。
◇
その頃、僕とアイリスは街の食堂で温かいスープを味わっていた。
無事に少年たちを救出できたものの、僕の心内は恐怖で穏やかではなかった。
「魔王軍の将軍なんていう超危険人物と出くわすなんて……一歩間違えたら死んでいましたよ……!」
運良く変装と相手の勘違いで乗り切ることはできたが、王都へ向かう今後の道のりで、再びあのような強敵と遭遇しない保証はない。もしも相性の悪い強力なモンスターと戦うことになったら一たまりもない。
自分たちの安全を確保するため、僕は資金を投入して装備を極限まで強化することを決意した。
「そういえば、宝珠は武器や防具のソケットにはめ込むことで、必要レベルに関係なく属性効果やステータス補強を得られるという抜け道がありましたね」
以前アイリスの剣に風属性の空色宝珠を装着した際の劇的な変化を思い出していた。
もしも自分とアイリスの武器・防具の全スロットに強力な宝珠を敷き詰めることができたなら、防御力と攻撃力は跳ね上がるはずだ。
僕は街の魔導書屋や道具屋を巡って宝珠を買い集めると同時に、アルディス近郊のダンジョン攻略クエストをいくつか受注して宝珠の収集を開始した。
通常なら滅多にドロップしない属性宝珠だが、モンスターを倒したりするたびに、僕の【運∞】の力で面白いようにドロップしたのだ。
僕たちは防具屋で、武器と防具の双方にそれぞれ4つのソケット加工を施してもらった。
そして、揃えた全属性の宝珠をカチリと一つずつ丁寧にはめ込んでいった。
すると、武器と防具の全体が四色の神秘的な光を放ち始めた。
武器は相手の属性に合わせて即座に最大ダメージを与える万能属性武器へと進化し、防具は火の熱気、水の清涼さ、雷の疾走感、風の軽やかさが全身を包み込み、あらゆる属性攻撃を無効化・軽減する圧倒的な万能属性防具が完成したのだ。
この武器と防具は相手の属性に合わせて自動的に属性が切り替わる仕組みとなっていた。
「すごいです、ルーク様! 身体がとても軽くて、まるで何重もの頑丈な盾に守られているような安心感があります!」
アイリスが自分の装備を見つめながら感動の声を開げる。
予想を遥かに上回る超性能のフル属性強化装備が完成し、僕の心にもようやく余裕が生まれた。
「これなら、もし途中でどんな相性の敵と遭遇しても安全に逃げ切ることができそうですね」
準備を完璧に整えた僕たちは、買いそろえた物資を馬車に積み込み、次なる目的地である『シルトの村』へと向かって再び出発するのだった。




