運だけで海釣りをしたら、日本食が恋しくなりました
グランヴァリア王国の首都にある自宅で、ルークたちはいつものように穏やかな朝を迎えていた。
アイリスが淹れてくれた温かいお茶を飲みながらのんびりしていると、王宮からの使者が訪れ、「国王様がルーク様にご相談したい件があるそうです」と告げられた。
ルークとアイリスは身支度を整え、王宮へと向かった。
玉座の間で待っていた国王様は、少し神妙な面持ちで語り始めた。
「勇者ルーク、急に呼び立ててすまん。実はな、かねてより予定されておった世界中の首脳が集まる『5大国首脳会議』の時期が迫っておってな。ワシも国を代表して出席せねばならんのだが……その警備を兼ねて、お主に同行をお願いしたいのだ」
「世界5大国首脳会議……ですか?」
ルークが首を傾げると、国王様は詳しく説明を始めた。
「うむ。今回の開催地は、海を渡った先にある『マリンフェル王国』じゃ。移動は大型の豪華迎賓船を使う。お主たちの空飛ぶ馬車を使えば3日もかからん距離じゃが、今回はワシの側近や従者、多くの護衛兵も連れていくため、全員が乗れる船での移動となる。それに、各国の首脳が公式に船で入港するのが外交上の慣例となっていてな」
「なるほど、だから船で行くんですね」
「うむ。日程は片道1週間、現地での滞在が1週間、帰りも1週間で、合計3週間の旅程となる。問題は海路の安全じゃ。海洋には陸上よりも遥かに凶暴な大型モンスターが生息しておる。船には防物結界を張るが、まれに結界を破ってくる大型モンスターもいるのだ。それに……会議の内容が深刻なだけに、他国からの刺客や暗殺にも警戒せねばならん」
暗殺や危険な旅路と聞き、ルークは気を引き締めた。
「分かりました! お役に立てるなら、僕たちも同行します!」
「おお、受けてくれるか! 感謝するぞ、勇者ルーク!」
ルークが快諾したことで、旅の警備体制についての役割分担が決められた。
四六時中不眠不休で完璧に動くことができる機械人形のボルトには、国王様の直近警護を担当してもらう。24時間一切の隙を作らず警護できるボルトは、まさに最適な護衛であった。
そしてルークとアイリスは、船全体の警戒と他国の動きの監視を担当することになった。
◇
出発当日。王都の港には、国王様や多くの従者たちが乗り込む巨大な豪華迎賓船がたたずんでいた。
ルークたちの愛用する魔法の馬車も甲板へ慎重に固定され、天馬のアルシオンも甲板で心地よさそうに海風を浴びている。ちなみに、真っ赤な守護竜ヴォルカはルークの影の中に潜んで待機しているため、万が一の事態が起きてもいつでも呼び出せる状態だ。
汽笛が響き渡り、巨大な船は静かに港を離れた。
「海がすごく綺麗だねぇ」
甲板の手すりに寄りかかり、ルークは果てしなく広がる青い海を眺めて感心していた。
隣に立つアイリスが、風に髪をなびかせながら微笑む。
「ええ、本当に素晴らしい景色ですわね。ですがルーク様、船の結界があるとはいえ油断は禁物ですわ」
「うん、そうだね。見張りもちゃんとしておこう」
航海が始まって3日目の午後。船の結界を揺るがす事態が突如として訪れた。
穏やかだった海面が急激に黒く泡立ち、船体が大きく揺れ動く。
「海中から巨大な魔力が接近! 結界を破ってきます!」
警備兵たちの緊張が高まる中、海面を割り、バリバリと雷光のような音を立てて出現したのは、船の数倍はある巨大なタコ型モンスター——『クラーケン』であった!
ヌメりつく無数の巨大な触手が、船体を押し潰そうと空中へと持ち上がる。
「船が傷ついたら大変だな」
ルークは落ち着いて状況を判断した。
ルークが履いている『勇者の靴』には【水上歩行】の能力が付与されている。ルークは船の手すりを軽やかに飛び越え、そのまま海面へと躍り出た。
海の上にしっかりと両足で立ち上がるルーク。
通常、海のモンスターは水中に潜られると攻撃が届きにくく厄介とされるが、ここでルークの持つ【運∞】が発動した。
クラーケンは海上に立つルークを「一番の脅威」と察知し、無数の触手を集中させて、自らルークめがけて一斉に突き出してきたのである。
「よし、おいで」
ルークは腰の『勇者の剣』を抜き、静かに横一閃へと振り払った。
聖剣から放たれた眩い聖光の斬撃が、迫り来る触手群を容易く切断し、そのままクラーケン本体を一瞬で切り裂いた。
光の粒子となって消滅していくクラーケン。
そして、本来ならば深い海底へ沈んでしまうはずのドロップ品が、ルークの【運∞】の誘導によって海面を滑り、ルークの手元へとポコンと飛び込んできた。
船の上で見守っていた警備兵たちが歓声を上げる。
「あの巨大クラーケンを一撃で……! しかも、海のモンスターのドロップ品を沈ませずに回収するなんて流石だ!」
ルークは手の中に収まった半透明の虹色に輝く玉を見つめた。
自身のスキル【万物鑑定】で調べてみると、『水中呼吸の宝珠』と表示されていた。
「これを持っていると、水の中でも息ができるんだね。重い鎧が濡れるのは嫌だから、今度泳ぐときのために水着を作って使ってみようかな」
こうして、船を襲った危機はあっけなく去っていった。
◇
それからの航海は極めて平和であったが、見渡す限り青い海と空しか存在しない船上は、とにかく退屈であった。
暇を持て余したルークは、甲板から釣竿を垂らしてみることにした。
「何か釣れるかな」
仕掛けを落とした次の瞬間である。
竿が凄まじい勢いで大きくしなった。ルークがグッと竿を引き上げると、丸々と太った高級魚が跳ねながら釣り上がった。
【運∞】の影響により、ルークが竿を垂らせばすぐに魚がかかるのである。
その様子を眺めていた国王様が、興味深そうに近寄ってきた。
「ほう! 勇者ルーク、楽しそうじゃな。ワシにも少し竿を貸してはくれんか?」
「はい、どうぞ国王様!」
ルークが釣竿を手渡すと、ルークの幸運の余波が作用したのか、わずか5分後——。
「うおっ!? きた、きたぞぉっ!」
国王様は顔を真っ赤にして必死に竿を引いた。ルークとアイリスが後ろからそっとサポートすると、ドバァン!と音を立てて、大人の背丈ほどもある立派な大物魚が釣り上がったのである!
「ガハハハ! 見たか勇者ルーク! 人の背丈ほどもある大物じゃ!」
「凄いです国王様! せっかくですし、みんなで食べてみましょうか!」
本来ならお寿司やお刺身で食べたいところだったが、シャリ(お米)も醤油もないため、料理の得意なアイリスが腕を振るうことになった。
「獲れたての魚と海の幸で、特製のシーフードスープを作りましょう。ルーク様、お魚の塩焼きも作っていただけますかしら?」
「うん、まかせて!」
手際よく調理された特製シーフードスープと、香ばしく焼き上げられた塩焼きが完成し、甲板でみんなでいただく。
「うむ……自ら釣った魚ということもあるが、スープの出汁と塩焼きの香ばしさは絶品じゃ!」
国王様は大満足で食事を楽しんだ。ルークも塩焼きを食べながら、(いつかお米とお醤油も作って、美味しいお寿司をみんなで食べたいなぁ)と将来の楽しみに思いを馳せるのだった。
◇
食事が終わり、落ち着いたお茶の時間になると、国王様は羊皮紙の地図を広げて切り出した。
「さて、勇者ルーク。今回の首脳会議の背景について詳しく話しておこう」
ルークとアイリスは姿勢を正して耳を傾けた。
「世界は大きく5つの大陸に分かれており、それぞれの大陸を代表する大国が存在する。我が『グランヴァリア王国』、今回会議を主催する温暖な海洋大国『マリンフェル王国』、歴史ある大国『ヴェルガルド帝国』。順調であれば平和が保たれるはずなのじゃが……現在、残る2つの大国『アルシャール砂国』と『ヴェルディア王国』の間で、本格的な戦争が始まってしまったのだ」
「アルシャール砂国と、ヴェルディア王国……ですか?」
「うむ。今回の会議では、この戦争をどう止めるかが最大の議題となる。ワシを含む他の大国で仲裁に入る予定だが……仲裁が決裂すれば世界全体を巻き込む大戦争へと発展する危険もある」
国王様は溜息をつき、各大陸の位置を示しながら説明を続けた。
「我がグランヴァリア王国は中立を貫きたいが、争いが激化すれば難しい舵取りを迫られる。……原因は『水問題』じゃ。砂漠の国であるアルシャール砂国は、昔から緑豊かで水の豊富なヴェルディア王国から大量の水を輸入して生活していた。ところが最近、ヴェルディア王国が『水の価格を倍にする』と通知し、供給量も削減したのだ」
アイリスが真剣な面持ちで尋ねた。
「なぜ急に、そのような変更をしたのでしょうか?」
「ヴェルディア王国側にも理由があったのだ。ここ最近、ヴェルディア王国では雨が激減し、深刻な水不足に陥っていた。自国の分すら足りん状況で、他国に渡す水を減らさざるを得なかったのじゃ。だが話し合いは平行線を辿り、追い詰められたアルシャール砂国が侵攻。痛ましい戦争へと発展してしまった」
それからの道中、ルークたちは各国の情報や警備計画のレクチャーを受けた。
◇
船旅を始めてから1週間後。
「マリンフェル王国に入港いたします!」
見張り台からの声に甲板へ出ると、白亜の建物が立ち並ぶ美しい港町が広がっていた。グランヴァリア王国とは違い、太陽の光が降り注ぐとても温暖な地域である。
船が静かに着岸し、タラップが降ろされる。
「ついに着いたね」
「ええ。ここからが本番ですわ」
ルークたちは気を引き締め、世界5大国が集うマリンフェル王国の地に足を踏み入れたのだった。




