運だけで雲の動きを調べたら、戦争の黒幕が見つかりました
海洋大国『マリンフェル王国』の港に降り立ったルークたちは、グランヴァリア王国とはあきらかに異なる熱気と湿気を肌で感じていた。
年中穏やかで過ごしやすい気候の我が国に比べ、マリンフェル王国は燦々と降り注ぐ太陽が眩しい温暖な国である。日中は少し歩くだけでじんわりと汗ばむ陽気で、冷たいプールに飛び込みたくなるような気温であった。
会議は翌日から開催される予定となっているため、初日は王宮から提供された迎賓館に荷物を置き、街の様子を調べる兼ね合いで街歩きをすることになった。ちなみに、機械人形のボルトは一足早く国王様の部屋に控え、一切の不眠不休で完璧な警護体制に入っている。
「いやぁ、本当に暖かいね。夜も風が吹かないと少し蒸し暑そうかな」
「ええ、ですが活気にあふれた美しい街ですわね。あら……!?」
アイリスが視線を向けた街の広場の一角で、何やら不穏な人だかりができていた。
「おい! そっちが割り込んできたんだろうが!」 「なんだと!? お前たちアルシャール砂国の奴らに、譲る義理などあるか!」
見ると、買い出しに来ていたアルシャール砂国とヴェルディア王国の従者たちが、食料や水の調達を巡って激しい口論を繰り広げていた。両国とも戦争中ということもあり、ピリピリとした殺気立った雰囲気が漂っている。周囲の民衆も恐れをなして距離を置き、遠巻きに様子を伺うばかりだ。
「おいおい、喧嘩はよくないよ……」
ルークは困った顔を浮かべると、二つの陣営の間にすっと割り込んだ。
「ちょっと両方とも、落ち着いて。せっかくの美味しいごはんの買い出しなんだから、順番に買えばいいじゃないか」
「なんだお前は! 邪魔をするな……っ!?」
怒鳴り散らそうとした従者が、ルークの顔を直視した瞬間、息を飲み込んだ。
白銀の美しい装飾が施された装備、そして後ろに控えるアイリスの放つ圧倒的な剣士としての気迫。タダ者ではない存在感に気圧され、両者ともすーっと頭が冷えていった。
「う、くそっ……覚えておけよ!」 「ふん、争うつもりはない!」
ルークの介入により冷静さを取り戻した二人は、舌打ちをしながらそれぞれの必要な物資を買い求め、気まずそうに去っていった。
「ふう、大きな騒ぎにならなくて良かったよ」
「ルーク様の立ち振る舞いが見事でしたわ。ですが、各国の従者同士にまでこれほど緊張が走っているとは、事態は想像以上に深刻ですわね」
◇
夕方、迎賓館に戻ったルークたちは、国王様に昼間の街の様子と小競り合いについて報告した。
国王様は重い深呼吸を吐き、机に置かれた羊皮紙に目を落とした。
「……なるほど。街の中にまで両国の憎悪が滲み出ておるか。明日の首脳会議、一筋縄ではいかんのは目に見えておるな。勇者ルーク、明日の会議にはお主にも同席してもらいたい。ワシのすぐ後ろに控えておいてくれ」
「はい、分かりました」
その夜、ルークには国王様の部屋のすぐ隣にある豪華な客室が割り当てられた。
隣の国王様の部屋の中では、機械人形のボルトが一切の音を立てず、壁際で直立不動のまま周囲に鋭い警戒の眼光を光らせている。ボルトがついていれば、どんな凄腕の暗殺者が忍び込もうと100%返り討ちにしてくれるだろう。
幸いにも、その夜は何事もなく静かに過ぎていった。
◇
翌朝。マリンフェル王宮の大評議堂にて、いよいよ『5大国首脳会議』が開幕した。
円卓を囲むのは、グランヴァリア王国、マリンフェル王国、ヴェルガルド帝国、アルシャール砂国、そしてヴェルディア王国の首脳陣である。各国の背後には厳重な護衛が控え、息の詰まるような緊張感が空間を満たしていた。
主催国であるマリンフェル王国の国王が重々しく口を開いた。
「これより、世界5大国首脳会議を執り行う。議題は一つ……現在勃発しているアルシャール砂国とヴェルディア王国の戦争についてだ。我が国としては、両国における『無条件での即時停戦』を強く提案する」
だが、その提案に対し、緑豊かな大国ヴェルディア王国の国王が即座に机を叩いて反論した。
「無条件停戦など飲めるはずがない! 我が国はアルシャール砂国から一方的に軍事侵攻を受けたのだぞ! 我が国の街や農地が受けた損害に対する明確な賠償と保証がなければ、剣を収めることなど到底できん!」
それに対し、砂漠の大国アルシャール砂国の国王も怒りを露わにして叫ぶ。
「ふざけるな! 元はと言えば、お前たちが我が国への水の供給量を半分に減らし、価格を倍に吊り上げたのが原因ではないか! 喉の乾きに苦しむ我が民を見捨てられるか! 水の取引が以前と同じ条件に戻らない限り、我らも引き下がるわけにはいかんのだ!」
会議は初っ端から激しい罵り合いとなり、平行線を辿った。
議論はやがて、戦争の根本原因である「水不足問題」へと波及していった。
主催国の国王が尋ねる。
「ヴェルディア王国よ。そもそも、なぜそれほど急激に水の供給を制限せねばならなかったのだ?」
ヴェルディア王は悔しそうに顔を歪めた。
「我が国とて、好きで水の供給を減らしたわけではない! 最近、我が国では降雨量が例年の半分以下にまで激減しているのだ! 川や湖の水位は底をつきかけ、自国の農作物すら枯れかけておる。他国へ分ける水などどこにも存在しないのだ!」
「では、アルシャール砂国の方では雨は降らないのか?」
アルシャール王は首を振った。
「我が国は国土の大部分が砂漠だ。元々高い山がなく、雨などめったに降らん。それに最近は、ごくたまに寄ってくる雨雲すら我が国を避けていく有様だ。……我が国には水を生み出す術がないのだよ」
会議には、各国から招聘された環境や気象の専門家たちも出席していた。専門家の一人が挙手をして発言する。
「気候の変動を調査いたしましたが……正直なところ、なぜこれほど特定地域で急激に雨が減っているのか、明確な原因は解明できておりません」
重苦しい沈黙が広がる中、国王様の後ろに控えていたルークは、素朴な疑問を抱いて思わずぽつりと呟いた。
「あのう……水の宝珠とかを使えば、魔法でいくらでも水を出せるんじゃないですか?」
静まり返っていた会議場にルークの声が響き、視線が一斉に集まった。
アルシャール王が力なく溜息をつく。
「勇者殿……我が国には水の宝珠を落とすようなモンスターの生息地がないのだ。それに、他国から購入しようにも、我が国は貧しく、宝珠を買うほどの莫大な金がないのだよ」
「あ、なるほど……お金の問題もあるんですね」
ルークは申し訳なさそうに縮こまった。だが、ルークの頭の中にはもう一つの疑問が浮かんでいた。
(ヴェルディア王国は例年と気候が変わっていないのに、どうして雨だけが急に降らなくなったんだろう? 気候が変わらないなら、海からの雲はいつも通り山にぶつかって雨になるはずなのに……)
「あの、ヴェルディア王様。雲が山に当たらないって、具体的にどういうことなんですか?」
ヴェルディア王は首をかしげながら答えた。
「うむ……我が国の国境沿いには高い山脈があり、いつもなら海から流れてきた雲がその山にぶつかって雨を降らせるのだ。だが最近は、なぜか雲が山の手前で不自然に方向を変え、山を避けるように流れていってしまうのだよ」
雲が山を避ける——。
それを聞いた瞬間、ルークの勘がピんと働いた。
(そんなの絶対におかしい! 何かが意図的に風や雲の流れを変えているんだ……!)
ルークは自身の直感を確かめるため、グランヴァリア国王にそっと耳打ちした。
「国王様、ちょっと僕、ヴェルディア王国の山まで行って調べてきてもいいですか?」
「なに? 戻るまでに時間がかかるぞ?」
「大丈夫です、空飛ぶ馬車でアルシオンに本気を出してもらえば、1日で往復して来られます!」
「……分かった。お主の勘なら間違いないじゃろう。調べてまいれ!」
許可を得たルークとアイリスは、すぐさま大評議堂を抜け出し、待機させていた空飛ぶ馬車へと乗り込んだ。
「アルシオン、ヴェルディア王国の国境の山脈まで全速力で頼むよ!」
白銀の天馬アルシオンが力強く羽ばたき、馬車は超音速で空へと駆け上がった!
◇
アルシオンの驚異的な飛行力により、わずか数時間でヴェルディア王国の国境沿いにそびえる巨大な山脈の上空へと到達した。
地上を見下ろすと、海の方角から流れてきた豊かな雨雲が、山脈の手前で露骨に左右へと折れ曲がり、山にぶつかることなく霧散していく様子がはっきりと観察できた。
「見てくださいルーク様! 海から山へ吹き付けるはずの風が、まるで山の手前に見えない壁があるかのように、不自然に迂回していますわ!」
アイリスが指差した。
「やっぱり……! これは自然の現象じゃない。絶対に強い魔法が関係してるよ!」
ルークは馬車をはるか上空へと旋回させ、上空から地上をくまなく調べた。
緑豊かな森が広がる地表を丹念に観察していくと——山脈の手前、鬱蒼とした深い森の開けた場所に、巨大な魔法陣が地面に刻まれているのを発見した!
「あった! あそこだ!」
ルークたちは馬車を低空でホバリングさせ、目くらましの布で姿を隠しながら地上へと降り立った。
近づいてみると、直撃する風を力づくで逸らすための極大級『風属性遮断魔法陣』が、周囲の樹木を薙ぎ払って大々的に展開されていた。そして、その魔法陣の陰には、見慣れない軍服を着た数名の兵士たちが身を潜めていた。
「よし、あいつらから話を聞こう」
ルークたちが姿を現すと、兵士たちは跳ね起き、刃を抜いて襲いかかってきた!
「な、何者だ!? ここを見られたからには生かして返せん!」
だが、相手が悪すぎた。
「そこまでですわ!」
アイリスが流れるような手裁きで剣の柄頭を兵士たちの頸椎へ叩き込み、一瞬で全員を気絶・束縛してしまった!
生け捕りにした兵士の一人を起こし、ルークが静かに問いかける。
「ねえ、君たちはここで何をしてたの? どうして魔法陣で風を変えて、雨を降らせないようにしてたの?」
兵士はルークの放つ威圧感と、横で刀身をギラつかせるアイリスの冷酷な視線に恐怖し、ガタガタと震えながら白状した。
「ひ……ひぃぃっ! お、俺たちは命令に従っただけだ! この魔法陣で海からの風と雲を逸らし、ヴェルディア王国に雨を降らせないようにしていたんだ!」
「誰の指示でそんなひどいことをしたの!?」
「ば、ヴァルカン軍事国家だ! 俺たちはヴァルカン軍事国家の暗部部隊なんだよぉっ!」
「ヴァルカン軍事国家……?」
ルークは聞いたことのない国名に首をかしげた。
さらに真相を確かめるため、ルークたちは半日かけてアルシャール砂国の国境近くにある背の低い山脈へと向かった。
そこでも上空から捜索すると、やはり同じような巨大魔法陣が設置されており、潜んでいた兵士たちを即座に捕獲した。問いただすと、こちらも「ヴァルカン軍事国家の依頼で、たまに寄ってくる雨雲を魔法で散らしていた」と白状したのである。
◇
真相を突き止めたルークたちは、再び空飛ぶ馬車でマリンフェル王国の首脳会議場へとトンボ返りした。
会議場では、依然としてアルシャール砂国とヴェルディア王国の不毛な言い争いが続いていた。
そこへ、ルークとアイリスが扉を押し開けて堂々と入場した。
「国王様! 雨が降らなかった原因が分かりました!」
ルークは大声で告げ、連れてきたヴァルカン軍事国家の兵士たちを床へと投げ出した!
「両国の国境近くの森の中に、風と雲を遮断する巨大な魔法陣が仕掛けられていたんです! これのせいで雨雲が山にぶつからず、ヴェルディア王国に雨が降らなくなっていたんです!」
「「「な……何だとぉぉぉぉっ!??!」」」
全首脳陣が驚愕の声を上げた。
ルークは捕らえた兵士を指差した。
「この人たちの白状によると、首謀者は『ヴァルカン軍事国家』です! 故意に人為的な水不足を引き起こして、両国を戦争させようとしていたんです!」
すると、会議に出席していた大貴族の一人がハッと目を見開いて叫んだ。
「そういえば……! 戦争が始まってからというもの、アルシャール砂国もヴェルディア王国も、あのヴァルカン軍事国家から大量の大砲や魔導兵器を買い揃えていたではないか!」
アルシャール王とヴェルディア王は顔を見合わせ、蒼白になった。
そう——ヴァルカン軍事国家は、自国で作った兵器や武器を大量に売りつけて暴利を貪るために、わざと人為的な水不足を捏造し、両国を煽って戦争を引き起こしていたのである!
自作自演のあまりにも汚悪な陰謀が露見し、円卓は怒りの渦に包まれた。
「貴様……我が国を騙し、民を乾きと戦争の苦しみに陥れていたのかぁぁっ!」 「許せん……ヴァルカン軍事国家め! 断じて許されんぞ!」
主催国のマリンフェル王が重々しく宣言した。
「黒幕は判明した。ただちに各国の軍を統合し、平和を脅かすヴァルカン軍事国家に対する制圧軍を派遣することを決定する!」
こうして、首脳会議は「ヴァルカン軍事国家への連合軍調略」という形でまとまり、会議は一時中断・閉会となったのだった。
◇
それから1週間後。
無事に帰国を果たしたルークたちは、自宅のリビングで寛いでいた。
だが、王宮から届いた連絡によると、現地での戦況は決して芳しくないという。
近隣国であるアルシャール砂国とヴェルディア王国の連合軍がヴァルカン軍事国家へ攻め入ったものの、相手は兵器の製造に特化した軍事国家。最新鋭の大砲や、大勢の魔導士による遠距離攻撃魔法が猛威を振るい、泥沼の膠着状態に陥っているというのだ。
「う〜ん……困ったことになっちゃったなぁ」
自室のベッドに腰掛け、ルークは深く溜息をついた。
ルークはこれまで、モンスターや悪魔、邪神といった存在とは戦ってきたが、「人間同士の殺し合い」に加担したことは一度もなかった。
いくら悪逆非道な軍事国家が相手とはいえ、ルークが本気を出せば、神や魔王すら凌駕するその圧倒的な力で、国ごと人間を滅ぼしかねない。
「対人戦で人間を攻撃したり、命を奪うような戦いは……絶対にやりたくないよ……」
ルークは自分の拳を見つめながら、珍しく重い葛藤に苛まれていた。
人命を奪うことなく、どうやってこの痛ましい戦争を終わらせればいいのか——。
真の勇者ルークの前に、これまでにない大きな悩みが立ちはだかっていた。




