運だけで王都の下町を救ったら、毎月の収入が増えました
王都の一等地に授かった超豪華な大豪邸。
広大な庭園では、赤き守護竜ヴォルカと天馬アルシオンが心地よさそうに日向ぼっこをし、からくり人形のボルトがピカピカに清掃をこなしている。
莫大な資産と夢のような住まいを手に入れたルークだったが、ふとあることに思い至った。
「そういえば……僕、今まで王都の街並みをゆっくり歩いて回ったことがなかったなぁ」
「まあ、言われてみればそうでございますね! ルーク様は王都に着かれてからも、異世界のゲートや地震の調査、魔法学校の改革と、お忙しく駆け回っておられましたから」
「よし! 今日は二人で王都の散歩に出かけてみよう!」
「はい、ルーク様! お供いたしますわ!」
澄み渡る青空の下、ルークとアイリスは賑やかな王都の街並みへと繰り出したのだった。
◇
中央広場の露店街を抜け、華やかな大通りを歩く二人。
しかし、王都の外郭へ向かってしばらく歩いていくと、徐々に周囲の風景が変わり始めた。綺麗な石畳は姿を消し、古びた木造の建物がひしめき合う、どんよりとした一角へと足を踏み入れたのである。
「あれ……? ここ、王都の中だよね? なんだか少し雰囲気が違うね」
そこは、王都のはずれに位置する【下町】であった。
時計の針は昼時を指しているというのに、通りには大人たちが仕事もせずに力なく路上に座り込み、ぶらぶらと時間を潰している。路地裏では、子供たちが元気なさそうに膝を抱えてうずくまっていた。
「どうしたの? お腹でも空いてるの?」
ルークがかがみ込み、近くにいた小さな子供に優しく声をかけた。
子供は力なく顔を上げ、ぽつりと呟いた。
「……ううん。お腹も空いてるけど……お父さんもお母さんも、お仕事がないんだ。毎日おうちで困ってるの……」
「お仕事がない……?」
不思議に思って周囲の大人たちに話を聞いてみると、苦しい胸の内を明かしてくれた。
「……なあのお坊ちゃん、笑わないで聞いてくれ。俺たちは地方の貧しさから逃げて、この王都に流れてきたんだが……仕事が何もねえんだ」
「王都は今、人口が増えすぎてしまってね。簡単な雑用すら取り合いなのさ。……それに、俺たちは小さな頃から文字の読み書きも計算も教わってねえから、お店の接客や帳簿をつけるようなちゃんとした仕事には就けねえんだよ……」
大人たちは情けなさそうに肩を落とした。
文字の読み書きができないため、職を得る選択肢すら存在しない。それが、この下町が抱える切実な構造的苦難であった。
「……そうだったんだ」
ルークは悲しそうに目を伏せた。
(僕には今、金貨2,000枚以上のお金がある。この人たちにお金をあげて助けてあげることは簡単にできるけど……それじゃあ、お金がなくなったらまた元に戻っちゃうよね。やっぱり、お金をあげるんじゃなくて……この人たちが自分でお金を稼げる『仕事』と、字を勉強できる『環境』を作ってあげなきゃダメだ!)
「何かいい仕事のアイデアはないかな……? 一度、王都の中心街に行って考えてみよう!」
◇
アイデアを求めて、再び王都の賑やかな繁華街へと戻ってきたルークとアイリス。
ふと目に入った賑やかな酒場へと足を運ぶと、そこでは昼間から仕事を終えた大人たちが、酒杯を傾けながら楽しそうに談笑していた。
ルークとアイリスは果汁ジュースを注文し、周りの大人たちの会話にそっと耳を傾けた。
「はぁ〜、今日もお仕事疲れたなぁ! でも、お酒を飲んでご飯を食べるくらいしか楽しみがないんだよなぁ」 「分かるぜ。着るものも食べるものも不自由してねえんだが……なんというか、毎日の生活に『物足りなさ』を感じるんだよな」
酒場の大人たちの言葉を聞いたルークは、ハッと転移前の世界での記憶を呼び起こした。
(あ……! そうだ! 僕が前にいた世界では、学校に行って、仕事をして、ご飯を食べて、お風呂に入ったあと……テレビを見たり、ゲームをしたり、映画や演劇を見たりする『娯楽』がたくさんあった!)
ルークは膝を叩いた。
(この世界の人たちは、食べるものや住む場所があっても、心をワクワクさせる『娯楽』が圧倒的に少ないんだ! だから毎日が物足りなく感じちゃうんだ!)
「仕事」と「娯楽」。この二つがルークの頭の中でカチリと噛み合った!
「アイリス! 下町の人たちが働けて、王都のみんなが楽しめる新しい仕事……【演劇(お芝居)】を作ろう!」
「演劇……でございますか!?」
アイリスが目を丸くする。
「うん! 舞台と台本さえあれば、たくさんの役者さんや裏方さんの仕事が生まれるよ! 文字が読めない下町の人たちも、セリフを覚えて演劇をするためなら、一生懸命勉強できるはずだよ!」
「まあ……! 素晴らしい名案でございます、ルーク様! 人々に娯楽を与え、同時に仕事と学びの場を作る……まさに真の勇者様ならではのお考えですわ!」
◇
さっそく下町へ戻り、住人たちを集めて「演劇と学校」のアイデアを伝えたルーク。
「——というわけで、みんなでお芝居をして、王都の人たちを楽しませるお仕事を作りたいんだ! セリフを覚えるために、文字の読み書きを覚える学校も一緒に作るよ!」
ルークの提案に、下町の住人たちは目を涙で濡らして歓声をあげた!
「お、お芝居の仕事……!? 俺たちに仕事をくれるのか!?」 「文字を教えてくれる学校まで……!? やる! やらせてください! 働けるなら何だってやります!!」
ルークはすぐさま行動を起こした。
まず国王様のもとへ向かい、事情を説明して王都内の一画に「劇場と学校」を建てられる広大な土地を提供してもらった。
さらに大工に依頼し、立派な室内劇場と、隣接する『語学学校』の建設を開始した!
学校が完成すると、下町の子どもたちも大人たちも、目を見張るような熱量で教室へと詰めかけた。
「早く文字を覚えて、自分のセリフを読みたい!」という強力なモチベーションがあるため、今まで文字を知らなかった住人たちが、信じられないほどの猛スピードで読み書きと計算を習得していったのである!
劇場と学校の建設費、衣装や道具の準備費、さらには住人たちが勉強に集中できるように支払った準備期間中の給料(生活費)を含め、ルークが負担した費用は【金貨1,000枚】に登った。
「わあぁ……! やっと人のためにお金が使えたよ〜!」
今まで使い道がなく増える一方だったお金を、ついに人の笑顔のためにドカンと使えたことに、ルークは心からの大喜びであった!
そして——肝心のお芝居の『脚本』は、ルークに頼まれたアイリスが担当することになった。
ルークの持つ【運∞】の奇跡的な補正と、アイリスのルークに対する激重な想いが合わさり、見る者の涙を誘う超大作の戯曲が書き上げられたのだった!
◇
そしてついに——初公演の日がやってきた。
王都の中心部に完成した『王立グラン劇場』。
文字の読み書きを完璧にマスターした下町の住人たちが、立派な衣装に身を包み、堂々と舞台の上に立っていた。超満員の客席には、ルークに招待された国王様や貴族たち、そして一般の市民たちが期待に胸を膨らませて座っている。
ベルが鳴り、静かに幕が上がった。
記念すべき世界初の演目——タイトルは『剣士と光の師匠』。
——物語の主人公は、幼い頃に魔物に襲われ、自分をかばって命を落とした親友の敵を討つため、復讐に燃える剣士の少女。
少女は亡き親友の思いを胸に剣を振るうが、憎しみに囚われるあまり、なかなか剣技が上達せずに苦しんでいた。
そんなある日、街道で一人の一見普通の少年と出会う。
しかし、その少年の正体は、神のごとき圧倒的な強さを秘めた【伝説の戦士】であった!
少女は少年に弟子入りし、ともに旅を続ける中で、師匠の圧倒的な強さと底知れぬ優しさに触れ、急速に成長。ついにAランク剣士へと上り詰める。
そして訪れる、魔王城での最終決戦。
不敵に笑う魔王を前に、少女は復讐の剣を振るうが、魔王の強大な力に苦戦する。その時——師匠から放たれた温かな『支援魔法』が少女を包み込む!
圧倒的な力を得た少女は魔王を追い詰め、いよいよ復讐の止めを刺そうと剣を振り下ろした!
……だが、その瞬間! 師匠がそっと少女の手を制したのだった。
『ダメだよ。復讐で敵を倒しても、君の心は満たされない。本当に大切なのは、憎しみではなく……みんなの笑顔を守ることなんだ』
師匠の慈悲深き教えに、少女は目から鱗を落として涙を流す。
少女たちは魔王を生け捕りにし、王都へ連れ帰って正当な裁きを受けさせた。魔力を奪われ、改心した魔王は、王都の監視下で穏やかに生きる道を選んだ。
街に出ると、平和を取り戻した民衆たちの満開の笑顔があふれていた。
自分は復讐のことしか考えていなかったが、師匠はいつだって『みんなの笑顔』のために戦っていたのだと気づく少女。
慈悲の心が自分の心を救ってくれたことを知った少女と、光の師匠の旅は、これからもどこまでも続いていくのだった——。
◇
『ジャァァァァァァァン……ッ!!』
演劇が終わり、静かに幕が下りた。
一瞬の静寂の後——。
『ワぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』
割れんばかりの拍手と、大歓声が劇場全体を揺らした! 国王様をはじめ、客席の誰もが涙を流して立ち上がり、拍手を送っている!
客席の隅で舞台を見ていたルークは、ポリポリと頬を掻きながら、隣のアイリスにそっと耳打ちした。
(……アイリス、すごく面白かったけど……これ、僕たちの旅の思い出から、かなり激しく脚色されてるよね……?)
アイリスは頬をポッと赤く染め、両手を胸の前でギュッと握りしめた。
「脚色など滅相もございませんわ、ルーク様! 私から見れば、ルーク様の素晴らしさはあの舞台の万分の一も表現し切れておりませんわ!」
「あ、あはは……そうなんだ……」
ルークは苦笑いしつつも、温かな拍手に包まれる舞台の上で、誇らしげに胸を張る下町の人々の笑顔を見て、胸がじんわりと温かくなるのを感じていた。
初公演は大成功を収め、劇場は連日満員御礼の大ヒットを記録!
さらに、下町の語学学校の評判も王都中に広まり、「下町の子どもたちがあっという間に文字や計算を覚えた!」と話題になった結果、一般市民や貴族の子どもたちまでもが通う、王都一番の大人気教育施設へと劇的な進化を遂げたのである!
◇
数日後。
ルークは劇場の売上管理や学校の運営を、文字と計算を覚えて立派に自立した下町の人々に全て任せることにした。
自分たちの生活を救ってくれたルークに対し、下町の人々は深く感謝し、住人全員で相談してある『恩返し』の仕組みを作っていた。
それは——劇場の利益と学校の授業料収入から、「毎月金貨20枚」を、ルークの冒険者ギルド口座へ感謝の配当として振り込むというシステムであった!
もちろん、物欲のないルークにそんなことを知る由もなかった。
◇
夕暮れ時。豪邸へと帰宅したルークは、ギルドの通帳を開いて首をかしげていた。
「う〜ん……? おかしいなぁ……」
ルークは指を折りながら、頭の中でお金の計算をしてみた。
今回、下町のために**【金貨1,000枚】**という大金を使いた(残金1,010枚)。
しかし……。
預金の毎月1%の利息:約10枚(残金1,010枚に対して)
温水シャワーの特許利権:毎月10枚
劇場の売上配当(住人からの感謝):毎月10枚
語学学校の運営配当(住人からの感謝):毎月10枚
「……あれぇぇぇぇぇっ!???」
ルークは目玉を飛び出させて叫んだ!
「1,000枚も大金を使ったはずなのに……何もしてないのに毎月口座に入ってくるお金が、『毎月20枚』から『毎月40枚』に増えてるよ〜〜〜〜っ!?!??」
1,000枚の資産を投じて人のために尽くした結果、下町の人々からの恩返しによって不労所得の蛇口が二倍に増設されてしまったのである!
「ルーク様〜! お夕飯ができましたわよ〜!」
アイリスの明るい声がリビングから響く。
「うぅ……使っても使っても勝手にお金が増えちゃうよぉ……」
頭を抱えて泣き笑いしながらも、温かいリビングへと向かうルーク。
莫大な資産と最高の大豪邸、そして毎月増え続ける不労所得を抱えながら、真の勇者ルークと仲間たちの、優しく賑やかで規格外な日常は、これからもどこまでも続いていくのであった——!




