運だけで魔法学校の特別講師になったら、スパルタ校になりました
「うわぁ……! すごく大きなお家だねぇ!」
王都の貴族街の一角、高い石造りの塀に囲まれた敷地の中にたたずむのは、白壁と赤屋根が美しい3階建ての大豪邸であった。
敷地内には見渡す限りの広大な庭園があり、中央にはきれいな水が吹き出す大きな噴水まで設置されている。
「ふふっ、本当に素晴らしいお屋敷でございますね、ルーク様! お掃除のやり甲斐がございますわ!」
アイリスが腕をまくり、嬉しそうに微笑む。
機械人形のボルトは、広大な庭の落葉集めと噴水の掃除をテキパキとこなし始めた。
そして、その広々とした庭園の芝生の上では——。
燃え盛るような真紅の鱗を持つ巨大な守護竜「ヴォルカ」が、あたたかな太陽の光を浴びながら気持ちよさそうにゴロゴロと寝転がり、その隣では白銀の天馬「アルシオン」が軽やかに芝生を食んでいた。
「ヴォルカもアルシオンも、広いお庭で気持ちよさそうだね!」
暗い地下世界での大仕事から解放され、ルークたちは広々とした日当たりの良いテラス席で、冷えた甘い果実ジュースを飲みながら、のんびりとした最高のお休みを満喫していたのだった。
◇
その時であった。
「ルーク様! お引っ越しのお祝いに伺いましたわ!」
凛とした丁寧な声とともに敷地内へ入ってきたのは、魔法学校に通うエレノアであった!
エレノアの手には、バスケットいっぱいに詰められた焼き立てのパイや美味しそうな手料理が大切そうに抱えられていた。
「あ! エレノアちゃん! いらっしゃい!」
ルークがパタパタと駆け寄ると、エレノアは尊敬の眼差しでお屋敷を見上げた。
「素晴らしいお屋敷ですね、ルーク様。王様から授かられたとお聞きしておりましたが、まさかこれほど広大だとは……」
「へへっ、ありがとう! 中もすごく広いんだよ!」
「こちら、ささやかですがお祝いの手作りパイを焼いてまいりましたの。皆様で召し上がってください」
「わぁ、美味しそう! ありがとう!」
テーブルに美味しそうなパイが広げられ、和気あいあいとした雰囲気になる中、エレノアはふとお屋敷を見回しながら、そっと手を合わせた。
「あの……ルーク様。これほど広大でお部屋もたくさんあるのでしたら……私、これから毎日こちらへお掃除や身の回りのお手伝いの為にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「えっ! 本当!? お手伝いしてくれるならすごく助かるよ!」
能天気に喜ぶルークに、エレノアは少し頬を染めながら、意を決したように言葉を続けた。
「……できれば、私、こちらに『居候』させていただくわけにはまいりませんでしょうか? ここからでしたら、私の通う『王立魔法学校』にも通学できますし……何より、ルーク様のお近くでお世話をさせていただけたらと思いまして……」
「わあ! にぎやかになって楽しそうだね〜!」
ルークが何気なく「いいね!」と頷こうとした——まさにその瞬間であった!
「それは困りますわーーーーーっ!!!!」
背後から凄まじい威圧感とともに割って入ってきたのは、お茶を持ったアイリスであった! その瞳はメラメラと嫉妬の炎で燃え上がっている!
「あ、アイリス……!?」
「エレノア様! ルーク様のお世話やお屋敷のお掃除は、私めとボルトで1から100まで完璧にこなしております! エレノア様の手を煩わせるわけにはまいりませんわ!」
「まあ……アイリスさん。お二人だけでこれほど広大なお屋敷を維持されるのは大変でしょう? 私もお手伝いをしたいと考えたのですが……」
「お気持ちだけで十分でございます! 居候など……居候など、断じて認められませんわっ!!」
「……ふふ、アイリスさん。もしかして、やきもちを焼いていらっしゃるのですか?」
「やっ……やきもちなどと……! 私はただ、ルーク様のお供としての誇りと生活環境を正しく維持しようと……っ!」
アイリスとエレノアの間で、目に見えない青い火花が激しく散り散りになる。
「う〜ん……二人とも、どうしたの……?」
急にピリつき始めた空気に、ルークが困り顔で首をかしげていた、まさにその時であった!
◇
「 助けてくだされぇぇぇぇ! ルーク様ぁぁぁぁぁ!!」
正門を通り抜け、なりふり構わず豪華なテラスへ滑り込んできたのは、立派な髭と高級な法衣を身に纏った初老の男性——『王立魔法学校』の校長先生であった!
「校長先生!? 一体どうされたのですか!?」エレノアが驚いて声をあげる。
「校長先生? どうしたの、そんなに慌てて?」
ルークが尋ねると、校長先生は豪華な絨毯の上に直接ひれ伏し、ルークの足元にしがみつく勢いで泣きついた。
「ルーク様……! 神に感謝いたします、ご在宅でいらっしゃった! お願いです、どうか……どうか我が魔法学校をお救いくだされぇぇぇ!!」
「えぇっ!? 魔法学校が大変なの!?」
校長先生は懐から汗で濡れた手紙を取り出し、青ざめた顔で事情を説明し始めた。
「……実はな、先日の地下悪魔の騒動が収まった直後、国王様から直々にお呼び出しを受けましてな……。『ここ最近、神やら悪魔やら異次元やら、人間の常識を超えた大事件が多発しておる! 今後いつまた世界規模の危機が訪れるか分からん! 今すぐ王都の魔法使いたちの育成カリキュラムを見直し、能力を大幅に底上げせよ!』と怒鳴られたのじゃ……!」
「あ〜、国王様、そういうこと言いそうだねぇ」ルークは苦笑いした。
「しかし! 長年『安全第一』でやってきた我が校の授業で、どうやって魔法使いの能力を劇的に上げれば良いのか、ワシらには全く分からんのじゃ! 頭を悩ませた挙句……悪魔すらも改心させたという奇跡の勇者・ルーク様に泣きつくしかないと判断したのじゃよ! お願いです、知恵をお貸しくだされぇぇぇ!」
「う〜ん……僕に言われてもなぁ」
ポリポリと頭を掻くルークだったが、横からエレノアが静かに頭を下げた。
「ルーク様。校長先生も誠に苦慮されているご様子……もしよろしければ、私どもの学校をご覧になってはいただけないでしょうか?」
「エレノアちゃんがそう言うなら……よし! 一度魔法学校に行って、みんながどんな授業をしてるのか見に行ってみよう!」
「おおお! 感謝いたしますぞ、勇者ルーク様ぁぁぁ!」
こうしてルークたちは、王都の魔法使いの総本山である『王立魔法学校』へと向かうことになったのだった。
◇
王都の中心部にそびえ立つ、古代の石造りで建てられた巨大な魔法学校。
広大な運動場(演習場)に到着すると、そこには数百人の生徒たちと、豪華な黒の魔導書を持ったベテランの講師たちがズラリと並んでいた。
「ルーク様、我が校の講師陣は、王都でもトップクラスの実力を誇る宮廷レベルの魔法使いばかりでございます」
校長先生が胸を張って紹介する。
「ふ〜ん……それじゃあ、まずは講師の先生たちの実力を知りたいから、僕と一騎打ちをしてくれないかな?」
「な……ッ!? 勇者様と一騎打ちとな!?」
講師陣の中で一際大きな杖を持った、筆頭講師の男性が前に出た。
「フッ……お若い勇者様とはいえ、我ら王都最高の魔法使いを試そうとは生意気な。良いでしょう! この宮廷上級魔法使いたる我が実力、とくとご覧あれ!」
筆頭講師は朗々と呪文を唱え、手に持った杖をルークへ向けて振り下ろした!
『いでよ、全てを穿つ灼熱の炎槍——【プロミネンス・ランス】ッ!!』
杖の先から放たれたのは、直径1メートルほどの激しい炎の槍であった! 凄まじい熱風が演習場に吹き荒れ、生徒たちから「きゃー! すごい威力!」「さすが筆頭講師の先生だわ!」と歓声があがる。
しかし——。
その迫力ある炎の槍が、ゆっくりと迫ってくるのを見つめながら、ルークは心の中でぽつりと呟いた。
(……あれ? ……何だろう、これ。……まるで赤ちゃんが『えいっ』て投げた柔らかいボールみたいだな……)
あまりにも遅く、あまりにも威力の弱い魔法。
邪神の強力な魔法を受け止め、魔王サタンの大魔法を盾一枚で無効化してきたルークにとって、その炎の槍は「当たっても痛くも痒くもない」生ぬるい玩具のようなものであった。
ルークは武器すら抜かず、息を『フッ』と吹きかけた。
「……え?」
なんと、ルークの息の圧力だけで、筆頭講師が全魔力を込めて放った極大炎槍が、一瞬で綺麗に消滅してしまったのである!
「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」」」」
演習場全体に、目玉が飛び出た講師と生徒たちの絶叫が響き渡った!
「ば……バカな……!? 我が最高峰の攻撃魔法が……息を吹きかけられただけで消えただと……っ!?」
腰を抜かす筆頭講師。校長先生もガクガクと膝を震わせ、ルークにすがりついた。
「ル、ルーク様……! これはい一体どういうことですじゃ!?」
ルークはうーんと考え込み、校長先生に向き直った。
「ねぇ校長先生。先生たちの魔法、すごく生ぬるいんだけど……日頃からどんな練習をしてるの?」
「な、生ぬるい……!? 普段は演習場で魔法の標的に向かって魔法を撃ったり、生徒同士で模擬戦をやっておりますが……」
「あ〜、やっぱりそうだ!」
ルークはポンと手を叩いた。
「この世界ってね、【レベル=覚えられる魔法の強さや魔力量】でしょ? 標的を撃ったり安全な模擬戦をやっているだけじゃ、大して経験値が入らないからレベルが全然上がらないんだよ! もしかして……本物のモンスターと戦う『実戦』の授業って、一度もやってないの?」
「じ、実戦ですと……!? め、滅相もございません! 生徒の安全を第一に考えておりますので、危険なダンジョンやモンスターとの実戦など、今まで一度も行ったことがございません!」
校長先生が真っ青になって手を振る。
ルークはあきれたように溜め息をついた。
「それじゃあ、いつまで経ってもレベルが上がらないよ! 魔法使いの能力を本気で上げたいなら……ダンジョンに行って実戦を積むのが一番早いよ!」
「ダ、ダンジョン実戦授業ーーーーーっ!?!?」
校長先生と講師たちが、血の気を引かせて叫ぶのだった!
◇
こうして、勇者ルークの発案により、王立魔法学校初となる『ダンジョン特別実戦授業』が開始されることとなった!
ルークたちが生徒たちを連れてやってきたのは、王都の近郊にあるダンジョンであった。
「みんなー! 今日は生徒のレベルに合わせたフロアで、直接モンスターを倒してもらうよ!」
薄暗いダンジョンの入口で、ルークが生徒たちに向かって爽やかに呼びかける。
「えぇぇぇ……っ!? 本物のモンスターと戦うの!?」 「怖いよ〜! 帰りたいよ〜!」
怯える生徒たちの中で、一人落ち着いた表情を崩さなかったのはエレノアであった。
「皆様、恐れることはありませんわ。ルーク様方が見守ってくださっておりますし、モンスターの足取りを見極めれば必ず勝てます!」
エレノアはルークたちとともに王都までの旅の道中に冒険者としてクエストを受けたため、立ち回りも度胸も他の生徒とは比べものにならないほど実戦向きであった。
「よし、危険がないように、先生たちは生徒の後ろについてサポートに徹してね!」
ルークの指示のもと、生徒たちが恐る恐るダンジョンの奥へと進むと、前方の暗闇から数匹のゴブリンやオークが現れた!
「きゃーっ! 出たーっ!」
「落ち着いてください! 前衛が魔法で動きを止め、後衛が火の魔法で集中攻撃を仕掛けるのですわ!」
エレノアの見事な指揮のもと、生徒たちは悲鳴をあげながらも、必死で魔法を放った!
見事にモンスターを討伐すると、皆レベルが上がった感覚があった。
「あ……あれ……!? 身体が……軽い……!?」 「私……レベルが上がった……!?」
「すごーい! 一回の戦闘で、学校の半年分くらいの成長を感じるよ!」
一度レベルアップの爽快感と達成感を味わった生徒たちは、恐怖を忘れ、目を輝かせ始めた!
さらに、ルークの持つ圧倒的な【運∞】により、討伐されたモンスターから激レアな『上級魔導書』や『魔力の宝珠』がボロボロとドロップし始めたのだ!
「キャーッ! 見たこともない新しい魔法の書が落ちたわ!」 「この宝珠を使ったら、新しい攻撃魔法を覚えられたぞーッ!」
「すごいすごい! 実戦ってこんなに楽しいんだ!」
生徒たちのレベルは、みるみるうちに爆発的な勢いで上昇していった!
◇
……しかし、ここで想定外の『大パニック』が発生した。
生徒たちが怒涛の勢いでレベルアップし、新しい強力な魔法を次々と習得していく中で——講師(先生)たちのレベルに、生徒たちが一瞬で追いつきそうになってしまったのである!
「ひ、ヒィィィィィィっ!? 3年生のジャック君実力がもう少しで私の実力に追いついてしまうぅぅぅぅ!!」
「私なんて、すでにエレノアさんに魔力量で追い抜かれましたぞーーーッ!!」
講師陣に、今まで経験したことのない巨大な危機感が襲いかかった!
教え子にレベルも魔法の強さも追い抜かれ、「先生」としてのメンツも立場も完全に崩壊してしまうという恐怖!
「あ……アカン! このままでは『先生』と呼ばれなくなってしまうぅぅぅ!」 「おい! 今日の授業が終わったら、全員で深層ダンジョンに居残り特訓に行くぞ!!」 「休日も休みなしだ! 血眼になってレベルを上げるのだぁぁぁぁぁッ!!」
『『『『オーーーーーッ!!!!』』』』
顔を血走らせた講師たちが、鬼のような形相で手を取り合い、授業が終わった放課後や学校の休日に、血みどろになってダンジョンへ通い詰めるようになってしまったのだ!
「だ、誰もボクに追いついてくるなーーーっ! 【ギガ・フレア】ッ!」 「徹夜でダンジョン10周だぁぁぁぁッ!」
かつて「安全第一」を謳っていた生ぬるい学校は、ルークの一言によって、講師も生徒も命がけで鍛え上げる『超スパルタ校』へと劇的な変貌を遂げてしまったのである!
遠くから、血眼になってモンスターを狩り続ける講師たちの姿を眺め転移前を思い出し、引きつった苦笑いを浮かべた。
(う〜ん……異次元の危機が目の前にあるからみんな必死なのは分かるけど……。これ、地球の元の世界だったら、完全に過酷労働で『労働基準法違反』で大問題になるところだなぁ……)
王様の指示でやっていることなので、ルークはあえて止めはしなかったが、遠くから優しく声をかけてあげた。
「先生たち〜! あまり無理しないで、体調には気をつけてね〜!」
「「「「ルーク様ぁぁぁぁ! ありがとうございます! まだまだ鍛えますぞぉぉぉぉッ!」」」」
死にそうな目をしながらも、感謝の涙を流してダンジョンの奥へと消えていく講師たちであった。
◇
数日後。
生徒も講師も劇的な底上げが完了し、王立魔法学校は王国史上最強の『魔法使い軍団』へと生まれ変わった。
校長室へ向かうと、校長先生は感涙を流しながら、ルークの手を両手で強く握りしめた。
「ルーク様……! おかげさまで、我が校の魔法使いたちの能力は以前の十倍以上に跳ね上がりました! 国王様も大喜びでございます! これでどんな異次元の危機が来ても戦えますぞ!」
「あはは、みんなが頑張ったおかげだよ! それじゃあ僕はこれで帰るね!」
ルークが爽やかに立ち上がろうとすると、校長先生はジャラジャラと重たい革袋をテーブルの上に差し出した。
「ルーク様、指導のお礼として、我が校から金貨10枚の特別指導料をお受け取りくだされ!」
「えぇっ!? お金なんていいよ! たくさんあるし、エレノアちゃんの学校を手伝っただけだから!」
ルークが慌てて辞退しようとすると、校長先生はガバッと身を乗り出し、真剣な顔で引き下がらなかった。
「滅相もございません! 世界を救った真の勇者様に無償で働かせたと国王様に知られたら、ワシの首が飛んでしまいます! どうかお受け取りくだされぇぇぇ!」
「うぅ……分かったよ、もらうね……」
ルークは困り顔で金貨10枚の袋を受け取った。
「はぁ……また使い道のないお金が増えちゃったなぁ……」
豪邸への帰り道、ルークは頭を悩ませながら、王都の冒険者ギルドへと立ち寄った。
受付で金貨10枚を差し出し、自分の口座へ預金する。
ギルドの預金規約に基づき、ルークの口座には【毎月1%】の金利(利息)が発生する仕組みになっている。
地下大改革のご褒美でもらった金貨2,000枚に、今回の金貨10枚が加わり、ルークの預金残高はついに——**【金貨2,010枚】**へと増殖した!
(う〜ん……金貨2,010枚を預けてるから……何もしていなくても、毎月『金貨約20枚』の不労所得が自動的に入ってくるんだよね……。使っても使っても、勝手にお金が増えていっちゃうよぉ……)
普通の人間なら狂喜乱舞するような状況だが、欲望のないルークにとっては、もはや「幸せな悩み」でしかなかった。
◇
夕暮れ時。
王都の一等地にある大豪邸へと帰宅したルーク。
「ルーク様、お帰りなさいませ! お夕飯の準備ができておりますわ!」
アイリスが飛び切りの笑顔で出迎えてくれ、リビングのテーブルには、アイリスが心を込めて作った豪華で温かい料理がズラリと並んでいた。
ボルトが丁寧に淹れた温かいお茶を飲みながら、ふかふかのソファで美味しい夕食に舌鼓を打つルーク。
庭では、お腹いっぱいになったヴォルカとアルシオンが、気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てている。
莫大な資産と最高の大豪邸を手に入れ、またしても【運∞】と優しさで王都を救ってしまった真の勇者ルーク。
王都での生活はまだまだ続く。




