運だけで奇術団の手伝いをしたら、伝説の空中サーカスになりました
「ふあぁ〜……今日もお天気が良くて、雲の上がとっても綺麗だね、アイリス!」
「はい、ルーク様! 風も穏やかで、実に素晴らしい飛行日和でございますね!」
相も変わらずのんきな会話をする二人。
豪華な馬車の車内で、ふかふかのソファに腰掛けながら冷えた果実ジュースを飲んでいたルークであったが、ふと車窓から眼下の地上を見下ろし、大きな声をあげた。
「あっ、アイリス! 見てごらん、あの大きな町の広場に、すごーく大きな布のテントが張ってあるよ!」
アイリスが窓から視線を落とすと、活気あふれる大都市の中央広場に、赤と白の鮮やかな縞模様をした巨大な天幕が設営されているのが見えた。
「ああ、あれは『奇術団』の移動テントでございますね」
「きじゅつだん? それってなぁに?」
ルークが首を傾げると、アイリスは優しく微笑んで説明した。
「大きな球体の上に乗って器用にバランスをとる芸を披露したり、危険な猛獣を自在に操って演技をさせたり、小さなボールをいくつも空中へ放り投げて回す芸など、人々に驚きと歓楽を与える娯楽集団のことにございます」
(へぇ〜! 転移前の世界でいう『サーカス』みたいなものなんだね!)
「 すごく面白そう! ねぇアイリス、せっかくだから降りて見に行ってみようよ!」
「ふふっ、ルーク様がそうお望みでしたら、喜んでお供いたします!」
御者台に座る機械人形ボルトが手綱を静かに引き、空飛ぶ馬車は町の外にある静かな広場へと緩やかに降り立ったのだった。
◇
馬車を降り、賑やかな町の中央広場へと向かったルークとアイリス。
大きなテントの入り口には、色鮮やかな看板が掲げられていたが、今はまだ本番の公演時間前であった。
「すみませーん、見学しても大丈夫ですかー?」
ルークが声をかけながら薄暗いテントの中へと足を踏み入れた。すると、中央の広々とした舞台の上で、一人の幼い少女が必死に大きな球体の上に乗り、バランスをとる練習をしている最中であった。
少女は全身汗だくになりながら、何度も球体から滑り落ち、そのたびに膝を擦りむきながら一生懸命に立ち上がっていた。
だが、そこへ派手な衣装を着た大人の団員たちがぞろぞろとやってきた。
大人の男性団員が少女の場所を割り込むかのような勢いで入って来た。
少女は小さな肩をすぼめ、申し訳なさそうに場所を開けるとテントから外に出て行った。
ルークはその背中にが気になり、アイリスと目配せを交わすと、少女の後を追ってテントの裏手へと向かった。
◇
「あの……大丈夫かい?」
静かな木陰で膝を抱えて丸くなっていた少女に、ルークが優しく声をかけた。
少女はハッと顔を上げ、涙を溜めた大きな瞳でルークとアイリスを見上げた。
ルークとアイリスが隣に腰掛け、優しく涙の理由を尋ねると、自身の切ない境遇と名前を打ち明けてくれた。
「私、リリィっていうの……。身寄りのない孤児だったんだけど、お腹を空かせて倒れそうだったところを、この奇術団の団長さんに拾ってもらったの……」
リリィの語る団長は、貧しい自分を優しく迎え入れ、食事や温かい寝床を与えてくれた命の恩人なのだという。
「だけど……その優しい団長さんが、少し前に重い病気で倒れちゃって……。今はお布団から起き上がれなくなっちゃったの」
「私も早く芸が出来るようにしないと、ここを追い出されるかもしれない。もし、追い出されたら、私には行く場所がどこにも無いの……」
リリィは必死に玉乗りや玉投げの練習を重ねたが、運動が得意ではない彼女にはどうしても上手くいかず、追い詰められている状態だった。
「そっか……辛かったね、リリィ」
ルークはしばらく考え込んだ。
行き場のない子供……ルークの頭の中に、以前訪れた湖畔の風景が鮮明に思い出された。
「ねえリリィ、もし行く場所が無いなら……僕たちが以前訪れた『ルナ湖』の湖畔にある修道院に行ってみないかい? あそこにはね、君と同じような孤児の子供たちがたくさん暮らしていて、優しい修道士さんや、僕たちが用意したお手伝いロボット(機械人形)たちが美味しいご飯を作ってくれて、広くて綺麗なお部屋で勉強や遊びができるんだよ!」
「えっ……そんな夢みたいな場所があるの……!?」
リリィは一瞬間パッと表情を輝かせた……が、すぐに申し訳なさそうに俯き、静かに首を横に振った。
「ううん……嬉しいけれど、私は行けない……。だって、私を救ってくれた団長さんに、何の恩返しもできないままここを去ることなんてできないよ……」
団長は、自分の治療費すら削って他の団員たちに給料を支払い、芸のできない自分にも不自由なく食事を与えてくれた。
「この町での公演は、一週間後から二日間にわたって行われるの。だから……この公演で何としてでも舞台に立って、大成功させて、団長さんに恩返しがしたいの……!」
恩人のために自分ができる限りの恩返しをしたいというリリィの健気で真っ直ぐな想いに、ルークの胸は深く打たれた。
「……よしっ! それなら僕たちが、リリィに特別な『新しい芸』を教えてあげるよ!」
「えっ……? 新しい芸……?」
ルークはパッと明るい笑顔を浮かべると、リリィの手を優しく引いて立ち上がらせた。
「うん! 人間には真似できない、世界でリリィにしかできない最高のショーだよ! 一緒に来て!」
◇
ルークがリリィを連れて向かったのは、町の外の木々に囲まれた人目のつかない静かな広場であった。
一見そこには何もなかったが、覆っていた目くらましの布を外すとそこに佇んでいたのは——純白の毛並みと神々しい角、そして背中に大きな翼を持つ白銀の天馬アルシオンであった。
(天馬と空中に浮く馬車なんて目立つからかくしておいたんだよね!)
「う……うあぁぁぁ……っ!! 馬さんに……大きな羽が生えてる……!?」
伝説の聖獣の姿を目にしたリリィは、驚きのあまり口を開けたまま固まってしまった。
しかし、アルシオンはリリィの健気な雰囲気を感じ取ると、優しく鼻先を寄せてすりすりと頬を擦り寄せ、嬉しそうに甲高い鳴き声をあげた。
「アルシオンもリリィのことが気に入ったみたいだね! このアルシオンと一緒に、空を飛ぶアクロバットショーをやるんだ!」
ルークが提案したのは、天馬アルシオンとリリィが息を合わせて繰り出す、前代未聞の『空中パフォーマンス』であった!
さっそく人目のつかない広場で、特訓が開始された。
まずは、アルシオンの背にリリィが優しく乗り、上空から滑らかに地上へと舞い降りる練習である。
「すごい……! 全然怖くないよ! まるで雲に乗っているみたい!」
続いて、地上に降り立ったあと、リリィの小さな手合図に合わせてアルシオンが芸を見せる練習だ。
リリィが優しく手を振ると、アルシオンは前脚を曲げて優雅にお辞儀をし、指示に合わせて後ろ脚だけで力強く立ち上がり、大きな翼を広げてポーズを決める。
そして、このショーの最大の目玉となる『とっておきの大技』——。
それは、アルシオンがゆっくりと上空を滑空している際、その背の上にリリィが立ち上がり、空中で見事な『逆立ち』を披露する技であった!
最初はリリィもバランスを崩してよろけそうになったが、アルシオンの絶妙な体幹コントロールが完璧にバランスを取った。
アルシオンはリリィの重心の揺れを察知し、空気の層を調整するように背中の角度を細かく微調整してくれたのである。
結果として、リリィはまるで無重力空間にいるかのように、空飛ぶ馬の背の上でピタリと安定した見事な逆立ちを成功させてみせた!
「できた……! できたよ、ルークお兄ちゃん!!」
「すごいよリリィ! これなら間違いなく世界一のショーになるよ!」
ルークとリリィ、そしてアルシオンは、弾けるような笑顔で喜び合ったのだった。
◇
完成した芸に確信を持ったルークは、リリィを伴って、宿舎の奥で病に伏せっている奇術団の団長のもとへと足を運んだ。
ベッドで痩せこけた顔を横たえていた老団長は、ルークからリリィの特訓の成果と、ショーへの出演の直談判を聞かされ、目を丸くして驚いた。
「なに……? 空を飛ぶ白い羽馬とともに、あの子が舞台に立つだと……!?」
「はい! 伝説の羽馬が出るだけでも大話題になりますし、リリィとの息の合った空中演技は、間違いなく客席を大熱狂させます! ですから、どうかリリィを一番最後の演目(大トリ)として舞台に立たせてあげてください!」
ルークは真剣な眼差しで頭を下げ、さらに一つの条件を提示した。
「そして……この公演が大成功に終わったら、リリィを僕たちの知っている暖かい修道院へと引き取らせてあげてください。あの子は、貴方への恩返しのためにここまで一生懸命努力してきたんです」
団長は息を呑み、涙で瞳を潤ませながら、傍らに立つリリィを見つめた。
団長は、リリィが夜遅くまで一人で血の滲むような練習を重ねていたことを、以前から知っていたのだ。
「……あんな素晴らしい方々に見守られ、そこまで私のことを想ってくれていたとはな……。分かった……。我が奇術団の最後の演目は、リリィ、お前に託そう。思い切りやっておいで」
「団長さん……! ありがとうございます!!」
団長の快諾を得て、いよいよ運命の公演初日を迎えることとなったのである!
◇
一週間後——。
町の中央広場に建てられた巨大な天幕の中は、大勢の観客たちで埋め尽くされていた。
初日の入りは、まずまずといったところであった。
演目が始まると、大人の団員たちによる王道のショーが次々と披露されていった。
巨大な球体の上でバランスをとる演目、金属の鎖からの縄抜け、燃え盛る輪をくぐり抜ける火くぐり——。
技自体は熟練していたものの、どこでも見られる使い古された王道の構成に、観客たちからの拍手や歓声はどこか冷ややかで、盛り上がりは今ひとつであった。
ついにすべての通常演目が終わり、館内全体の明かりがスーッと消ち落とされた。
完全な暗黒に包まれるテント内部。
観客たちが「なんだ? 終わりか?」と不審に思い始めたその瞬間——!
天井に向けて、一筋の眩い白銀のスポットライトが放たれた!
そこには——純白の大きな翼を優雅に羽ばたかせ、光の粒子を振り撒きながら舞い降りてくる、白銀の天馬アルシオンと、その背に跨がる可憐な少女リリィの姿があった!
「な……なんだあれはーーーーっ!?」
「馬に……馬に白い羽が生えているぞ! 空を飛んでいる!!」
「本物の伝説の聖獣だーーーーっ!!」
見たこともない幻想的な光景に、客席全体から地鳴りのような驚愕の叫びが沸き起こった!
アルシオンは滑らかに旋回し、舞台の中央へと爽やかに着地。
リリィが優しく手を振ると、アルシオンは前脚を折って客席に向かって深々とお辞儀をし、続いて後ろ脚だけで力強く立ち上がり、大きな翼を広げて見事なポーズを決めた!
「うわあぁぁぁぁーーーっ!! すごい、すごいぞーーーっ!!」
拍手の嵐が響き渡る中、リリィはアルシオンの背に乗り、再び空中へと飛び上がった。
そして——最後のクライマックス!
滑空するアルシオンの背の上で、リリィはスッと立ち上がると、両手を背につけて見事な『空中逆立ち』を披露したのである!
落ちそうで絶対に落ちない、空飛ぶ馬の背の上での奇跡の逆立ち!
静まり返った館内に、一瞬の静寂が訪れた次の瞬間——!
「「「「うわあああぁぁぁぁぁーーーーーっ!!! 神業だーーーーっ!!!」」」」
客席全体が一斉に立ち上がり、嵐のようなスタンディングオベーションと地鳴りのような大歓声が、テントの屋根を吹き飛ばさんばかりに響き渡ったのである!
◇
その凄まじい歓声と熱気はテントの外まで溢れ出し、噂は一瞬にして町全体、独立近隣の都市にまで爆速で大バズり!
「あの奇術団には、空飛ぶ本物の天馬と、その上で逆立ちをする凄い少女がいるぞ!」という噂を聞きつけた人々が殺到し、続く二週間の公演は連日立ち見客が出るほどの大超満員!
あまりの反響の凄さに、急遽『夜間の追加公演』まで行われるほどの歴史的大ヒットとなったのだった!
二週間の怒濤の公演期間が無事に終了した日の夜。
病床から車椅子で楽屋へ出てきた老団長は、創業以来見たこともないほどの莫大な売り上げと大成功に、言葉を失って涙を流していた。
団長は報酬の金貨を、リリィに向かって差し出した。
「リリィ……お前のおかげで、この奇術団は救われた……。これはお前の努力への正当な報酬だ。受け取っておくれ」
しかし、リリィはその金貨を優しく押し戻し、温かい笑顔を向けた。
「ううん、団長さん。このお金は全部、団長さんの病気を治すための『治療費』に使って!」
「な……なに……!?」
団長が目を見開くと、リリィは涙を拭いながら語りかけた。
「団長さんは、自分の体を壊してまでみんなのお給料を払ってくれて、芸ができなかった私にも温かいご飯を食べさせてくれた……。だから私、どうしても団長さんに元気になってほしかったの。これが、私からの最後の恩返しだよ!」
「リリィ……お前……そんな理由で……っ!」
団長は溢れ出る涙を止めることができず、小さなリリィを固く抱きしめた。
「幸せになるんだよ、リリィ……! 本当に、本当にありがとう……!」
涙で見送る団長や団員たちに笑顔で手を振り、リリィはルークたちの待つ空飛ぶ馬車へと乗り込んだのだった。
◇
澄み渡る秋晴れの空を滑空し、馬車は目的地である『ルナ湖』の湖畔へと到着した。
静かな湖のほとりに建つ古びた修道院。
馬車から降り立ったルークたちが門を叩くと、奥から継ぎ接ぎだらけの修道服を着た老修道士が穏やかな笑顔で出迎えてくれた。
「おや……! 勇者ルーク様! お懐かしいでございます!」
ルークはリリィの肩に優しく手を置き、これまでの事情を話して修道院で引き取ってもらえないかと頼んだ。
老修道士はルークの言葉を聞くや否や、深々と頭を下げて快諾した。
「おお……! 恩人であられるルーク様のお頼みとあらば、断る理由などございません! リリィさんは今日から我が修道院で、大切な家族として温かくお迎えいたします!」
「よかったね、リリィ!」
ルークが笑顔を向けると、リリィは「うん……! ありがとう、ルークお兄ちゃん!」と胸いっぱいの笑顔を咲かせたのだった。
修道院の広い庭を見ると、第30話でルークが贈った『3体の機械人形』たちが、今も元気に動いて畑を耕したり、重い荷物を運んだりと子供たちのために働いていた。
老修道士が嬉しそうに語る。
「ルーク様からいただいたあの機械人形たちのおかげで、子供たちは重い労働から解放され、毎日元気に学校で勉強や遊びに励んでおります。さらに、ギアロードの街から定期的に若い技師様方が訪れてくださり、機械人形たちのメンテナンスを行ってくださっているのです!」
見渡すと、新築された綺麗な宿舎と学校からは、子供たちの弾けるような明るい笑い声と歌声が響いていた。
リリィはすぐに同世代の子供たちと打ち解け、手を取り合って楽しそうにお部屋へと向かっていった。
「ふぅ〜! みんな元気そうで安心したよ、アイリス!」
「はい、ルーク様! 巡り巡って、また一つの尊い命が救われましたね!」
修道院の様子が無事であることを確認したルークたちは、温かな感動を胸に、再び馬車へと乗り込んだのだった。
◇
御者台のボルトが滑らかに手綱を振り、白銀の天馬アルシオンが大空へと力強く羽ばたいていく。
車内のふかふかのソファに腰掛け、冷えた果実ジュースで乾杯するルークとアイリス。
「さあ、アイリス! 次の街へ出発だーっ!」
「はい、ルーク様! どこまでも、どこまでもお供いたします!」
——なお、リリィが去った後の奇術団では、彼女の残した素晴らしい演技に感化された団員たちが、馬を使った新たなアクロバット芸を研究・開始。それが大評判を呼び、後に国一番の有名奇術団へと大成長していくのだが——当のルークはそんな未来を知る由もなく、今日も仲間たちとともに気ままな冒険を楽しんでいるのであった——。




