運だけでダンジョンを最短踏破し、格安で馬車を手に入れました
翌朝、僕とアイリスはダンジョンへ向かう準備を整えていた。
準備が終わって街の門を潜ろうとした時、後ろから聞き覚えのある声が上がった。
「おや、ルークさん! アイリスさんじゃないですか!」
振り返ると、昨日薬草採取の護衛で世話になった商人が、馬車の御者台から手を振っていた。
「商人さん、おはようございます。これからどこかへお出かけですか?」
「ええ、街道の先にある村へ仕入れに向かうところですよ。おふたりはどちらへ?」
僕たちが近くのダンジョンに向かう旨を伝えると、商人は目を輝かせて御者台を叩いた。
「おお、それならちょうど途中で通りかかりますよ! ぜひ私の馬車に乗っていってください! ルークさんと一緒の旅は不思議なほど安全で快適ですからね!」
商人は僕たちの腕を引くようにして、半ば強引に馬車の中へと招き入れた。
本来なら徒歩で半日かかる道のりだったが、馬車による移動の速さと、驚くほど平穏な街道のおかげで、わずか数時間で目的地周辺へ到着してしまった。 道中、モンスターの気配すら一度も感じない完璧な道中だった。
「いやあ、今日も最高の旅でした! それではダンジョン攻略、お気をつけて!」
商人に手を振って見送られ、僕たちはダンジョンの入口である不気味な洞窟の前に立った。
◇
松明に火を点け、僕たちは静かにダンジョンの地下へと足をふみ入れた。
今回の目的は、アイリスのレベルアップだ。 現在レベル50のアイリスは、あと1つレベルが上がってレベル51になれば、ギルドでCランクへの昇格条件を満たすことができる。
最も効率が良いのは、道中の雑魚モンスターとの無駄な戦闘を避け、一直線に最下層のボス部屋へ向かうことだ。ルークが回復魔法で後方支援を行い、アイリスがボスのとどめを刺して莫大な経験値を獲得するプランである。
ダンジョン攻略は地上と違いモンスターの密度も多く、ダンジョンの奥深くまで行くには戦闘職と回復職でパーティーを組んで挑むのが普通である。
アイリスはこれまでソロの戦士として活動してきた為、ダンジョン探索自体は今回が初めてだった。
本来であれば、ダンジョンから一瞬で脱出する魔法や、隠された罠を見破る補助魔法など、複数の対策を準備して挑むのが冒険者の常識である。
しかし、僕もアイリスもそんな専門知識を持ち合わせていなかった。
だが、僕にはシステム上限を超越した【運∞】が存在する。
ダンジョンの通路には、本来なら足元の踏み板や毒針の仕掛け、隠された落とし穴などの危険な罠が多数仕掛けられていた。
僕が足元の小石につまずいて前のめりになった瞬間、頭上を毒針がビュッと通過した。
「ルーク様、今の……!」
「え? 何かありました?」
さらに背伸びしようと一歩横へずれた足元で、落とし穴の蓋がガタンと閉じた。
「ルーク様……罠を完全に見切っている……!」
(いや、ただ歩いてるだけなんだけど……)
僕は一切の罠に気づくことすらなく、無意識のうちにすべての危険を回避していた。
さらに、複雑に入り組んだ分かれ道に差し掛かるたび、僕は適当な感覚で進路を選んだ。
「うーん、なんとなく右の通路の方が明るい気がするな……こっちに行ってみようか」
「はい、ルーク様! 暗闇の中でもダンジョンの脈動を感じ取り、正解のルートを見抜かれるのですね!」
感銘を受けるアイリスの横で、僕はただ直感だけで歩を進めていた。 途中、行き止まりに見えた小部屋の扉をなんとなく開けると、そこには宝箱が置かれていた。
中を確認すると、【レベル50の補助系魔導書】が収められていた。 僕はそれをありがたく拾い上げ、懐へと仕舞い込んだ。
モンスターと1度も遭遇することなく、罠もすべて回避し、宝箱まで回収しながら、僕たちは最短ルートで最下層の扉へと辿りついてしまった。
◇
重厚な石の扉を押し開けると、広大な最下層の部屋の中央に巨大な影が立っていた。
骨でできた巨大な棍棒を握りしめる、Cランクのボスモンスター『スカル・オーガ』だった。
「アイリスさん、任せました!」
「はい、ルーク様! 行って参ります!」
僕は後方に下がり、アイリスが単身でボスへと挑みかかった。
アイリスの鋭い剣撃がスカル・オーガの脚や腕を切り裂く。 しかし相手はタフなボスモンスターだ。一撃必殺とはいかず、激しい反撃を受けてアイリスの体力と呼吸が削られていく。
アイリスの足元がふらつきかけた絶妙なタイミングで、僕は後方から魔法を唱えた。
「中級治癒!」
温かい光がアイリスの全身を包み込み、傷と疲労が一瞬で全快する。
完璧な回復サポートを受けたアイリスは息を吹き返し、渾身の力で相手の懐へ潜り込むと、スカル・オーガの胸元へ深く剣を突き立てた。
絶叫を残し、スカル・オーガは静かに光の粒子となって消滅した。
アイリスが急いで自分の冒険者カードを取り出すと、表示されていたレベルが「50」から「51」へと更新されていた。
「やりました、ルーク様! レベル51に到達しました! これでCランク昇格の条件達成です!」
「よかったですね、アイリスさん!」
健闘をたたえ合いながら帰り支度を始めようとしたその時、ボスが消滅した跡地に、白色に光る球体が残されているのに気づいた。
宝珠の色からして、補助系の宝珠で間違いないだろう。
落ちていた宝珠を拾い上げた僕に、アイリスが提案してくれた。
「ルーク様、先ほど宝箱で手に入れたレベル50の補助系魔導書と、この宝珠を合わせれば、新しい魔法を習得できるのではないでしょうか?」
「なるほど、試してみましょう!」
僕は手に入れた補助系魔導書に宝珠をセットし、習得の試練を行った。 宝珠が眩い光を放って静かに消滅し、僕のカードの表示が新しく書き換わる。
【習得魔法:空間転移・帰還】
【使用可能(必要レベル:50)】
「レベル50の補助魔法でした! これでダンジョンから一瞬で脱出できる魔法を覚えました!」
早速、覚えたての魔法を発動させると、周囲の空間がぐにゃりと歪み、次の瞬間には僕たちの身体はダンジョンの外の地上へと転移していた。
◇
「うわあああ! 助けてくれえええ!」
ダンジョンの入口に出た瞬間、前方の街道から悲鳴が響き渡った。 見ると、行きの馬車で送ってくれた商人が、鋭い牙を持つ狼型のモンスター――『ファングウルフ』の群れに追われながら、必死の思いで馬車を走らせてくるところだった。
「ルークさん!? アイリスさん!? 助けてください!」
僕を見つけた商人は、泣き出しそうな顔で馬車を急停車させた。 聞けば、僕たちを降ろした直後にファングウルフの群れに遭遇し、ここまで命からがら逃げてきたのだという。
「僕が食い止めます! アイリスさんは商人さんを守ってください!」
人から助けを求められると断れない僕は、腰の小剣を抜き、追ってきたファングウルフの群れの前へと毅然と立ちはだかった。
(フレイムバレットを放って怯んでくれたらよいんだけど)
相手は鋭い牙を持つモンスターの群れだ。正直、心臓が口から飛び出そうなほど怖い。 だが、僕が魔法を唱えようとした、まさにその時だった。
猛スピードで僕めがけて突撃してきたファングウルフの群れだったが、先頭を走っていた群れのボス狼が、足元のぬかるみに足を滑らせて猛烈な勢いで前へ転倒した。
勢いあまった後続のファングウルフたちが次々と倒れたボス狼へ突っ込み、大クラッシュを起こして将棋倒しになっていく。
重なり合って悶絶するファングウルフたち。 群れの残りの仲間たちは、微動だにせず魔法を唱えいようとしていた僕の姿と、目にも止まらぬ速度で自滅していった自らのボスたちの姿に恐怖し、「な、なんだこの不可視の魔法は……!? あの男、何者だ!?」と言わんばかりにパニックを起こして脱兎の如く森の奥へ逃げ去っていった。
「す、すごい……! 微動だにせず敵の突進を誘い込み、不可視の威圧と地の利で一瞬にして群れを自滅させるなんて……! ルーク様、さすがです!」
アイリスが感動のあまり目を輝かせる。
「た、たすかった……! ルークさんが立ちはだかった途端に恐ろしい群れが退散していきましたよ! まさに伝説の凄腕冒険者だ!」
商人までもが感涙しながら僕の手を強く握りしめた。
「いや、ただ足元が滑って自滅しただけだと思いますけど……」
呆然と呟く僕の言葉は、2人の絶賛の声にかき消されてしまうのだった。
商人に感謝されながら、僕たちは再び馬車に揺られて街へと戻った。 帰り道も、先ほどまでの追撃が嘘だったかのように穏やかで平和な道のりだった。
街に到着すると、感激した商人から「破格の給料を払うから専属の護衛になってほしい」と頭を下げて頼み込まれた。 しかし、僕たちには魔王討伐というアイリスの目標があるため、丁寧にお断りした。
その後、僕たちは実績報告のために冒険者ギルドを訪れた。
受付の女性に冒険者カードを提示し、ダンジョン討伐の報告を行う。 カードに記録された討伐データを確認した受付は、絶句して目を丸くした。
「あの……最下層のボスを倒してクリアしているのに、途中の遭遇モンスター数がほぼゼロになっているのですが……? 普通は無数のモンスターや罠と戦い、傷だらけになりながら辿り着くものですよ……?」
「ええと……たまたま誰にも会わなかったみたいです」
僕が苦笑いして答えると、受付は狐につままれたような顔をしながらも、アイリスのランクを正式に「Cランク」へと更新してくれた。
◇
その日の夜、宿屋の食堂で夕食を食べながら、僕たちは今後の旅の予定について話し合っていた。
「この街の周辺に出るモンスターは、強くてもCランク程度です。私たちがさらに強くなり、Bランク以上に昇格するためには、より強いモンスターが出る王都方面へ移動する必要があります」
アイリスが地図を広げながら解説してくれる。
「冒険者ランクがAランクになれば、王様から直接『魔王討伐』の正式な依頼を受注できるようになります。まずは王都を目指して進みましょう」
「なるほど、王都ですね」
僕たちが頷き合っていると、隣のテーブルで酒を飲んでいた気さくな雰囲気の中年男性が声をかけてきた。
「お二人さん、話が聞こえてしまったよ。王都へ向かう長旅なら、自分たちの馬車を持っていた方が絶対に良いぞ」
男性は自分を「乗り物職人」だと名乗った。
「実はな、客からの注文で立派な馬車を作ったんだが、完成した途端に『もっとデカい馬車が欲しくなった』なんて我儘を言われてキャンセルされちまってな。工房の場所を取って困っていたんだ」
職人は困り顔で頭をかきながら、僕たちに提案してきた。
「普通に買えば馬とセットで金貨5枚は下らない上物なんだが、キャンセル品で処分に困っている。もし買ってくれるなら、馬と寝泊まりできる荷台の装備も全部込みで、金貨3枚で譲ってやるよ!」
通常相場から大幅に値引きされた破格の提案だった。
漆黒の魔導石を売った金貨の蓄えがたっぷりある僕にとって、金貨3枚など即答で払える金額だ。
「金貨3枚ですか? 買います! 今すぐ買わせてください!」
「本当かい!? 助かったよ、すぐにお店で手続きしよう!」
馬車があれば、大量の食料や装備を積み込める上に、移動中の就寝場所としても利用できる。長旅にはこれ以上ない最高の相棒だ。
思いがけない幸運な商談に胸を躍らせながら、僕たちは新しい旅の準備を整えるのだった。




