運だけで最果ての地に来たら、究極の2択をすることになりました
魔法の国マギステリアを出発して数日。
全身に【勇者の盾】【勇者の兜】【勇者の鎧】【勇者の小手】【勇者の靴】という5つの伝説の防具を纏い、愛用のミスリルの剣には【勇者の宝珠】を組み込んだルークは、頼もしい仲間たち——聖騎士アイリス、機械人形ボルト、そして真っ赤な巨大龍ヴォルカとともに、ついに太古の邪神が封印されている世界の果て——『最果ての地』へと足を踏み入れた。
◇
荒涼とした紫色の異界の風が吹き荒れる最果ての地の中心に、不気味な暗黒の瘴気を吐き出す大穴——『最果てのダンジョン』の入口がぽっかりと口を開けていた。
「うわぁ……すごく大きくて、なんだか怖そうなダンジョンだね……」
ルークが呟くと、隣に立つアイリスが剣の柄に手をかけ、引き締まった表情で頷いた。
ルークたちは迷宮の内部へ一歩踏み出した。
入り口からいきなり複数の分かれ道が複雑に交差していたが——ここで、ルークの【運∞】が静かに発動した!
「う〜ん……なんとなく、一番右の道が明るい気がするなぁ! こっち行ってみよう!」
ルークが直感だけで進む道を選び、歩みを進めることわずか1時間。
本来ならば数日かかっても踏破できないはずの広大な超難関迷宮であったが、ルークの踏み出す道すべてが偶然にも『一発で最下層へ直通する奇跡の隠し階段』へと繋がっていたのである!
ルークたちは呆気なくダンジョンの最下層へと辿り着いてしまったのだった。
◇
最下層に広がるのは、満天の星空を思わせる巨大な古代の神殿であった。
その中央——神聖な白銀の光で形成された球体の結界の中に、凄まじい巨躯と凶悪な角を持つ『太古の邪神』が、厳重に封印されて眠っていた。結界の隙間から漏れ出すわずかな瘴気だけで、周囲の空間が歪むほどの恐ろしい圧迫感である。
そして、その神々しい光の結界の目前。
石造りの床に深く突き刺さる一本の白銀の聖剣——7つ目の神具『勇者の剣』が神聖な光を放っていた。
……そして、その『勇者の剣』の柄を、両手で固く握りしめている一人の老人の姿があった。
その老人は豪奢な勇者の装束を身に纏っていたが——よく見ると、その肉体には物理的な実体がなく、向こう側の景色がうっすらと透けて見える『半透明の精神体(魂)』であった。
老人はゆっくりと顔を上げ、ルークたちを見つめると、白髪の髭を揺らして優しく微笑んだ。
「……待ちかねていたぞ。この地に辿りし、新たなる勇者よ……」
「えっ……!? おじいさん、幽霊……ううん、体が透けてる……!?」
ルークが驚いて声をあげると、半透明の老人は深く頷いた。
「左様……今の私は肉体を失い、念じる力のみで留まっている精神体に過ぎぬ。我が名はアレス……かつて太古の昔、この地に邪神を封印した『かつての勇者』である」
「かつての……勇者様……!?」
アイリスが息を呑んでひざまずいた。
老勇者アレスは遠い目をして、静かに語り始めた。
「百年前、私は王の命を受け、邪神を討伐すべくこの地へ挑んだ。だが……私が手に入れられたのは、この『勇者の剣』ただ一つのみであった。他の6つの神具も揃わぬままでは、あまりにも強大な邪神を滅ぼすことなど不可能……。ゆえに私は、この『勇者の剣』を地に突き刺し、己の全魔力と精神を注ぎ込んで封印するのが精一杯だったのだ……」
老人は悲しげに自分の透けた手を見つめた。
「それから百年の刻の間、私はこの剣を握りしめ、念じ続けることで邪神の封印を維持し続けてきた。だが……いよいよ私の魂の限界が近づいている。あと数日も経たぬうちに、私の精神体は完全に消滅するだろう……。私が消えれば、結界は破られ、邪神は再び世界へ解き放たれるのだ」
アレスの視線が、ルークの全身へと注がれた。
5つの神具防具、宝珠を宿した剣、そして右腕で太陽のように輝く【勇者の証】。
「見事だ……。お前は全ての神具を集め、さらに【職業:勇者】にまで達している。お前ならば、この『勇者の剣』を抜き放ち、太古の邪神と戦うことができるだろう」
しかし、アレスは真剣な面持ちで、恐ろしい試練の真実を告げた。
「……だが、勇者よ。お前には二つの選択肢がある」
「二つの選択肢……?」
「一つは、剣を抜き、仲間とともに邪神と戦って『滅ぼす』こと。……そしてもう一つは、私と同じようにこの剣を握りしめ、己の命と精神を捧げて邪神を『永遠に封印し続ける』ことだ」
アレスの声が重たく響く。
「もし……もし邪神と戦って敗れれば、世界は完全に滅びる。邪神の力は絶対だ。ゆえに、戦わずに私から封印を引き継ぎ、人知れずここで身を捧げ続けるという道もある……。どちらを選ぶかは、お前次第だ」
「な……なんですと……!?」
その残酷な二択を聞いた瞬間、アイリスがルークの前に立ちふさがり、涙ぐんだ目で激しく首を振った!
「ダメです……! 絶対にダメです、ルーク様! ルーク様がこの目の前の方のように、一生この暗い地下で身を捧げてお一人で封印し続けるなんて……! そんな残酷なこと、私が絶対に許しません!!」
「アイリス……」
ルークは固まった。
(戦って勝てれば一番いいけど……もし負けたら、世界中の人たちが死んじゃう……。でも、僕がここで身を捧げて封印を引き継げば、世界は平和なままでいられる……)
ルークの胸の中で、激しい苦悩が巻き起こった。
前世でのルークは、何をやっても裏目に出る最悪の運勢で、誰からも必要とされず孤独に死んでいった不遇な人間だった。
異世界へ転移してからは【運∞】のチートのおかげで、すべてが上手くいき、レベルも999を超え、前回の試練で本物の実力と戦闘技術も身につけた。
今の自分なら、邪神と戦うことだってできるかもしれない。……だが、その一戦に『世界すべての命』を賭けてしまって良いのだろうか?
苦悩し、俯くルークを見て、老勇者アレスは優しく微笑んだ。
「……無理に今すぐ決める必要はない。焦って選んだ道は、必ず後悔を生む。一度ダンジョンを出て、仲間と話し合い、納得の上で答えを出しなさい」
「……ありがとう、アレスさん」
ルークたちは一度引くことを決め、手にした剣を掲げた。
「『エスケープ』!!」
一瞬にして光が弾け、ルークたちは最果てのダンジョンの外へと脱出したのだった。
◇
最果ての地の入口近く、安全な岩場に召喚魔法で豪華な馬車を設置したルークたち。
外の薄暗い空を見上げながら、ルークは馬車内の温かいシャワーを浴びて汗を流した。
上がってリビングへ戻ると、室内には香ばしい美味しそうな匂いが立ち込めていた。アイリスが心を込めて作った、湯気立つ野菜スープとふかふかのパン、そして冷えた果実ジュースがテーブルの上に並べられていた。
「ルーク様、温かいお食事でございます。召し上がってください」
「ありがとう、アイリス」
冷えたジュースを口にし、温かいスープを味わう。
ふかふかのソファに深々と腰掛け、食後のくつろぎの時間が訪れると、ルークは静かに口を開いた。
「ねえ、アイリス」
「はい、ルーク様」
ルークは窓の外の夜空を見つめながら、穏やかな声で語り始めた。
「この異世界に来て、アイリスと出会ってから……本当に毎日が楽しかった。温泉に行ったり、冷たいジュースを飲んだり、湖で遊んだり、美味しいスープを食べたり……。僕には宝物みたいな最高の思い出がいっぱいできたんだ」
ルークは優しく微笑み、アイリスの目を見つめた。
「だからね、もし僕一人だけの問題なら……その最高の思い出があるから、世界を守るために自分を犠牲にして、あそこで封印を引き継ぐことなんて、全然平気だったと思うんだ」
アイリスの胸がギュッと締め付けられ、大きな瞳から涙が溢れ出た。
「……だけどね」
ルークはアイリスの涙を優しく指で拭った。
「泣いているアイリスの顔を見たら、分かったんだ。僕が身を捧げて犠牲になったら、僕の大切な人たちがすごく傷ついて、心を痛めちゃうんだって」
ルークの瞳に、今までにない力強い『勇者の光』が宿った。
「それにね、僕がここで逃げて封印を引き継いで終わらせても……百年後にまた新しい勇者君が現れて、その人にまたこんな悲しい選択をさせちゃうことになる。……そんなの、絶対にダメだよね」
ルークは力強く立ち上がり、自らの手をアイリスへ差し出した。
「幸いなことに、僕はみんなのおかげで全ての神具を集めることができた。レベルも上がって、強くなれた。みんなと一緒に戦える準備は、全部整ってるんだ! ……だから、ここで邪神を倒して、全部終わらせよう!」
ルークは真っ直ぐな瞳で願った。
「僕と一緒に……世界を救うために戦ってくれる、アイリス?」
アイリスは涙を拭い、溢れんばかりの笑顔を咲かせると、ルークの手を両手でぎゅっと握り締めた。
「……はいッ! もちろんでございます、ルーク様!! どこまでもお供いたします!!」
馬車の外の窓から、ふと気配がした。
外を見ると、大龍ヴォルカと、機械人形ボルトが、静かに佇んでいた。
ヴォルカは大きな鼻先を窓に寄せ、ボルトは静かに胸に手を当てて一礼した。
ルークの決意を、仲間たち全員が心から支持し、共に戦う覚悟を決めていたのである。
「みんな……ありがとう!」
ルークたちはその夜、決戦に備えてふかふかのベッドに入り、ゆっくりと深い眠りについた。
◇
翌朝——。
雲ひとつない快晴の大空から、黄金の眩い朝陽が最果ての大地を照らし出していた。
馬車の中で目を覚ましたルークは、静かに【勇者の盾】【勇者の兜】【勇者の鎧】【勇者の小手】【勇者の靴】という5つの伝説の防具を全身に装着。さらに、【勇者の宝珠】を握りしめた。
全身から放たれる白銀と黄金の光は、世界中のあらゆる悪を祓う神々しい覇気を纏っていた。
馬車から一歩外へ出ると、頼もしい仲間たちが待っていた。
凛とした佇まいで剣を構える聖騎士アイリス。
静かに二刀の剣を抜く最高傑作の機械人形ボルト。
そして、大空で力強く羽ばたき、歓喜の咆哮をあげる巨龍ヴォルカ。
「よし……! みんな、いこう!」
「「「はいッ!!!」」」
恐れも迷いも、もう何一つない。
前世で最悪の不遇を味わった少年は、最高の仲間たちとともに、世界を救う最後の戦いへ向けて、神々しい『真の勇者』として、最果てのダンジョンへと堂々と足を踏み入れていくのだった!
——運だけで生き延び、運だけで仲間と出会い、運だけで強くなった少年が、いま、自らの意思と絆で『世界の未来』を切り拓くための最終決戦が、ついに幕を開ける——!!




