運だけで旅の準備をしていたら、7つの神具を探す大冒険になっていました
昨日の冒険者ギルドでの大騒ぎと、莫大な不労所得の計算に頭を抱えた翌朝——。
今後の『太古の邪神・再封印の旅』に向けた準備を整えるため、ルークとアイリスが王都の高級宿の玄関を出た直後のことであった。
「あ……ルーク様! アイリス様!」
透き通る声とともに、宿の入口に立っていた一人の少女が、パッと表情を輝かせて駆け寄ってきた。
艶やかな髪をなびかせ、王都の最高学府『高等魔法学校』の制服に身を包んだ可憐な美少女——かつてグランデの街から王都までの護衛旅で一緒だった、領主の娘『エレノア』であった。
「エレノアさん! お久しぶりです! 高等魔法学校の制服、すごくお似合いですね!」
「ふふ、ありがとうございます! お二人とも、無事にご帰還されて本当に良かったです……!」
エレノアは胸の前で両手をギュッと握りしめ、感激に瞳を潤ませた。
「街の噂で聞きましたわ! ルーク様たちは剣を抜くことなく魔王を生け捕りにし、和平まで結ばれたとか……。かつて旅を共にした者として、本当に誇らしく思います!」
「あはは……なんだか大袈裟に伝わっちゃってるみたいだけど、無事に終わって良かったよ」
ルークがへらりと笑うと、エレノアは少し眉を下げ、悲しげに吐息を漏らした。
「ですが……また新たなご依頼を受けられ、すぐさま南の果てへ旅立たれるとお聞きしました。私……もし今学生でなければ、またお二人の旅にお供したかったですわ……」
「エレノアさん……」
落ち込むエレノアを励まそうと、ルークは優しく微笑みかけた。
「エレノアさん、そんなに気落とししないで。僕たちは今でもエレノアさんに感謝してるんだよ。ほら、前の護衛旅の時、エレノアさんに教えてもらったりょうりのおかげで、旅の食事が何倍も楽しかったんだから!」
「まあ……! ルーク様……!」
ルークの温かい言葉に、エレノアの頬がぽっと桜色に染まった。彼女は嬉しそうに胸を躍らせると、名案を思いついたように顔を上げた。
「ルーク様! でしたら、私が学校で新しく覚えた王都の最新料理を、お二人に伝授させてくださいな! 次の旅でもルーク様がおいしいお食事を楽しめるよう、腕を振るわせていただきますわ!」
「えっ! ほんとう!? それはすごく嬉しいな!」
「はい! ですが、どこで料理をお振る舞いすれば良いでしょう……?」
「うーん、そうだね……よし! 僕が王様にお願いして、どこか借りられるように頼んでみるよ!」
「まあ! 王様にお願いするなんて……! ふふ、ルーク様らしくて素敵ですわ。では、明日またお会いしましょうね!」
明日ここで再会する約束を交わし、エレノアは可憐にお辞儀をして学校へと向かっていったのだった。
◇
「よしっ、さっそく王宮へ行って王様にお願いしてこよう!」
「承知いたしました、ルーク様」
ルークとアイリスはそのまま足早に王宮へと向かった。
正面の巨大な城門へ到着すると、甲冑を着た衛兵たちが「勇者ルーク様だーーっ!!」と一斉に最敬礼を行い、門がババーンと開かれた。もはやアポなしでも完全な『顔パス』状態である。
応接室に通され、事情を説明すると、報告を受けた国王は「おお! 勇者ルーク殿の頼みとあらば、王宮の最高級厨房と豪華な客間をいくらでも使われるが良い!」と二つ返事で快諾してくれた。
さらに、国王は親しげに笑みを浮かべ、ルークに打診してきた。
「時にルーク殿。まだ数日は王都に滞在されるのであろう? であれば、宿屋など引き払い、そのまま王宮の客間に寝泊まりされてはどうかね?」
王宮の客間といえば、フカフカの超高級ベッドに専属のメイドが付き、王族と同等の暮らしができる夢のような環境である。
しかし、ルークはうーんと唸って、苦笑いで辞退した。
(王宮に泊まると気疲れしそうだしなぁ……。それに今は金貨も十分あるし、ちゃんと使って経済を回さないと!)
「お気持ちはすごく嬉しいのですが、僕たちは宿屋の方が気楽で落ち着きますので、お気持ちだけいただきますね!」
「そうか! 相変わらず慎重で謙虚なお方じゃな!」
王様はルークの辞退にも深く感心するのだった。
「あ、それと王様。ついでに一つ聞いておきたいことがあるんです」
「む? 何かね?」
「あの……『太古の邪神の封印の仕方』なんですけど……」
ルークは引きつった笑顔で頭をかいた。昨日は勢いと場の空気に流されて「南の果てに行って封印してきます!」と引き受けてしまったが、冷静に考えると具体的な封印の手順を一切聞いていなかったのである。
「おお、そうであった! 詳しい封印手順については、宮廷預言者から直接説明させよう!」
国王の呼び出しにより、応接室にあの髭の長い宮廷預言者が現れた。預言者は羊皮紙の古地図を広げ、真剣な面持ちで解説を始めた。
「勇者ルーク様。太古の邪神は現在、南の果てに存在する『最果てのダンジョン』の地下最下層に封印されております。その封印の祭壇の前に、かつて世界を救った伝説の『勇者の剣』が突き立てられております」
「勇者の剣……ですか?」
「左様でございます。勇者様がその『勇者の剣』の柄を両手で強く握り締め、心の中で強く『再封印』を念じることで、剣に秘められた神聖な力が発動し、邪神の封印が補強される仕組みとなっております」
「なるほど! 剣を握って念じるだけで良いんだね!」
手順が非常にシンプルであることが分かり、ルークはホッと安堵の息を漏らした。
(……まあ、僕みたいな『運が良いだけ』の偽物の勇者で本当に封印の魔法が発動するのかはちょっと怪しいけれど……現地に行って剣を握れば何とかなるよね!)
相変わらずの他力本願と無自覚さを発揮しつつ、封印方法を確認したルークたちは、一度王宮を後にしたのだった。
◇
王宮を出た後、ルークたちは長旅に向けた買い出しを行うため、王都の賑やかな商業区へと向かった。
通りを歩きながら、ルークは隣を歩くアイリスに優しく声をかけた。
「ねえ、アイリス。昨日もお話ししたけれど、僕たちには使い切れないほどのお金があるんだから、アイリスも何か欲しいものがあったら遠慮なく言ってね? 服でも、新しい装備でも、何でも買ってあげるよ!」
「ルーク様……お気持ちだけで十分でございます」
アイリスは心苦しそうに言ったが、ルークが「ダメだよ! 何か一つくらい欲しいものを言ってくれないと僕が困っちゃうよ!」と食い下がると、彼女は恥ずかしそうに頬を染め、ポツリとつぶやいた。
「……では、もし可能でございましたら……『料理の本』を何冊か買っていただけますでしょうか……?」
「えっ? 料理の本?」
意外なリクエストにルークが目を丸くすると、アイリスはキュッと唇を結び、健気に理由を語った。
「明日、エレノア様が王宮で振る舞ってくださる最新の料理……私も横でしっかりと手順を覚えたいと考えております。ですが、私の知識だけではレパートリーに限界がございます。料理の本があれば、様々な料理を勉強し、旅の道中でルーク様にいつでも美味しいお食事をお届けできますので……」
「アイリス……僕のために料理を勉強しようとしてくれてるの……?」
「は、はい……! ですが、私は昔から剣ばかり振るってまいりましたので……料理の才能は皆無に等しく、しばらくは試行錯誤でお見苦しいものをお出ししてしまうかもしれませんが……!」
顔を真っ赤にして恐縮するアイリスの姿に、ルークは胸がキュンと温かくなるのを感じた。
(なんて健気で良い子なんだろう……! 料理が得意じゃないのに、僕のために一生懸命努力しようとしてくれてるんだ……!)
「ありがとう、アイリス! よーし、王都で一番大きな本屋に行って、一番分かりやすい料理本をたくさん買おう!」
「はいっ! ありがとうございます、ルーク様!」
2人は本屋へ飛び込み、プロの料理人向けから初心者向けのレシピ本まで、山のような料理本を買い込んだのだった。
◇
翌日——。
ルークとアイリスは、約束通りエレノアと合流し、王都の王宮へと足を踏み入れた。
エレノアとアイリスは厨房に向かい、ルークは案内された豪華な客間に入ると、そこにはなんと——豪華な衣装に身を包んだ『国王』本人が、満面の笑みでソファーに座って待っていた。
「おお! 来たな、勇者ルーク殿!」
「えっ! 王様、どうしてここに……?」
ルークが驚くと、国王は思わせぶりに膝の上に置かれた一冊の重厚な古文書を撫でさすった。
「ふふふ、実はな。昨日のルーク殿との会話の後、王家に代々伝わる最古の禁書庫を探索したのじゃ。すると、太古の邪神に関する衝撃の記述が見つかってな!」
「太古の邪神についての記述……ですか?」
ルークが身を乗り出すと、国王は真剣な表情で古文書を開いて見せた。そこには、古代の魔法文字と不気味な邪神の絵、そして神々しい装備を纏った勇者の姿が描かれていた。
「良いか、ルーク殿。数百年前、世界を救った伝説の勇者は『勇者の剣』を用いて邪神を封印した……だが、この書物にはこう記されておる。『真に邪神を根絶せしめるには、勇者の剣を含む【7つの神具】を全て揃えて戦わねばならぬ』とな!」
「な、なんと……! 7つの神具……でございますか!?」
アイリスが息をのむと、国王は頷き、古文書に記された神具の名を読み上げた。
勇者の剣(南の果てのダンジョン最下層に刺さっている)
勇者の盾
勇者の鎧
勇者の兜
勇者の小手
勇者の靴
勇者の宝珠(剣の柄にセットする最強の魔石)
「この7つの神器を全て揃えて装備した時、勇者は神の如き威力を得て、邪神を単なる『再封印』ではなく、完全に『消滅(倒す)』させることができるというのじゃ!」
「へぇぇ〜! 7つも神器があるんだ!」
ルークが感心していると、国王は深くため息をついた。
「当時の勇者は、時間の猶予がなく『勇者の剣』しか見つけることができなんだ。ゆえに、邪神を倒しきれず『封印』するのが限界であったのじゃ……。そこでルーク殿! 吾輩からの新たなお願いじゃ!」
国王はルークの手を強く握り締め、情熱を込めて訴えかけた。
「南へ向かう旅の途中で、世界に散らばる残り六つの神具も探してほしいのじゃ! そして願わくば……1年後、7つの神具を全て揃え、邪神を今度こそ完全に撃滅してほしいのじゃーっ!!」
「ええええーーーっ!?」
ルークは思わず叫んだ。伝説の勇者すら見つけられなかった神器を6つも探せというのだ。
(いやいやいや! 昔の本物の勇者様が見つけられなかった神具を、僕みたいな偽物の勇者が見つけられるわけないじゃないかーっ! まあでも、断ったら王様が困っちゃうし……とりあえず『探しながら行きます』って言っておいて、現地に着いたら普通に剣を握って再封印すれば問題ないよね!)
ルークは「わかりました! 頑張って探しながら南へ向かいますね!」と爽やかな笑顔で受諾したのだった。
◇
話がちょうどまとまった頃——トントンと客間の扉が叩かれ、芳しい料理の匂いとともに、エレノアとアイリスが大きなワゴンを押して入ってきた。
「ルーク様、お待たせいたしましたわ! 王宮の素晴らしい食材を使って、特製のフルコースをご用意いたしました!」
ワゴンの上には、香ばしく焼き上げられた肉料理、色鮮やかな野菜スープ、特製の焼きたてパンがずらりと並んでいた。
そのあまりにも美味しそうな匂いに、お腹を「グ〜」と鳴らした国王が、目を輝かせて立ち上がった。
「ぬおおおっ!? なんと香ばしく素晴らしい匂いじゃ! エレノア殿、吾輩も一口食べてみたいぞ!」
「まあ、国王様! もちろんでございますわ!」
「よし! すぐに毒見役を呼べーっ!」
国王の呼び出しにより、扉からスッと毒見役が現れ、銀の匙で料理を一口ずつ味わった。
「……異常なし。毒素は一切含まれておりません。……それどころか、極上の美味にございます!」
「よしっ! では皆で食そうぞ!」
毒見が無事に終わり、ルーク、アイリス、エレノア、そして国王の4人で和気あいあいとしたランチタイムが始まった。
「美味しい〜っ! エレノアさん、このお肉のソース、すごくコクがあって美味しいよ!」
「ふふ、嬉しいですわルーク様! これは学校で習った最新の香辛料ソースですの!」
ルークが絶賛する横で、アイリスも控えめにパンを口に運びながら、料理のコツを熱心にメモしていた。
ふと、ルークはアイリスの白い手に、小さな絆創膏や細かな擦り傷がいくつもあることに気づいた。
(あ……アイリスの手、切り傷がいっぱいある……。さっき厨房で、エレノアさんのお手伝いをしながら一生懸命包丁を使おうと頑張ってくれたんだな……)
包丁を持ったこともほとんどなかった不器用な女性剣士が、自分のために手を傷つけながら必死に料理を学ぼうとしてくれたのだ。
ルークは胸がじーんと熱くなり、アイリスに向かってとびきりの笑顔を向けた。
「アイリス、スープすごく美味しいよ! 一緒に作ってくれてありがとうね!」
「っ……! ル、ルーク様……! は、はいっ! ありがとうございます!」
アイリスは顔を真っ赤にして耳まで赤く染め、嬉しそうに俯くのだった。
◇
楽しい食事の時間が終わり、国王に別れを告げたルークたちは、王宮の大きな正面広場へと出てきた。
いよいよ、エレノアとの本当のお別れの時である。
「エレノアさん、美味しいお料理を本当にありがとう! 次に会う時まで、学校のお勉強頑張ってね!」
ルークが笑顔で手を差し出すと——エレノアは感極まった様子で涙をポロポロとこぼし、ルークの手をすり抜けて、そのままルークの胸の中へギュッと飛び込んできた!
「きゃっ……!? エ、エレノアさん!?」
「ルーク様……ッ! 邪神の封印だなんて、どれほど危険な旅か想像もつきません……! お願いです、絶対に……絶対に無事で生きて帰ってきてくださいまし……ッ!!」
ルークの服を強く握り締め、胸に顔をうずめて泣きじゃくるエレノア。
突然の可憐な美少女からのハグに、ルークは心臓が跳ね上がり、ガチガチに固まってしまった。
「あ、あはは……ありがとう、エレノアさん。絶対に無事で帰ってくるからね……!」
ルークがぎこちなくエレノアの背中をポンポンと叩いて慰めていると——。
背後から、肌が粟立つほど冷たい視線が突き刺さった。
(ひえっ……!? な、なにこのゾクゾクするような視線は……!?)
ルークがおそるおそる視線を横へ向けると——そこには、腰の剣の柄に手をかけたまま、氷のように冷たい瞳でじっとルークとエレノアを見つめるアイリスの姿があった。
その瞳の奥には、これまで見たこともないようなメラメラとした強烈な嫉妬の炎が燃え盛っていた。
大好きなルーク様に、目の前で可憐な美少女が抱きついているのだ。いつも一番近くにいる自分ですら、ルーク様に抱きついたことなど一度もないのである。アイリスの心の中の嫉妬の火山は大爆発を起こしていた。
しかし、自分の気持ちに超鈍感なルークは、その氷の視線を完全に勘違いした。
(ひ、ひえぇぇ〜っ! ヤバいっ! エレノアさんに抱きつかれて、ちょっと鼻の下を伸ばしてニヤニヤしちゃったのを、アイリスに『だらしないぞ!』って怒られてるんだーっ!!)
ルークは顔を青くすると、慌ててエレノアを優しく引き剥がし、背筋をピンと伸ばして「キリッ!」とした真面目な表情を作った。
「え、エレノアさん! 励ましのお言葉、しっかりと受け取りました! それでは、行ってまいります!」
「はい……! 行ってらっしゃいませ、ルーク様!」
冷や汗をダラダラ流しながら表情を引き締めるルークを見て、アイリスはスッと殺気を引っ込め、「ふふ、ルーク様ったら……」と少しだけ満足そうに微笑むのだった。
◇
こうして、王都での準備と別れを終えたルークたちは、王都の南門を潜り抜けた。
どこまでも広がる青い空の下、街道の脇に停めてあった馬車に乗り込むと、愛馬アルシオンが「ヒヒーン!」と爽やかにいなないた。
「よしっ! アイリス、アルシオン! いよいよ南の果てを目指して出発だーっ!」
「はい、ルーク様! どこまでもお供いたします!」
1年後の太古の邪神再封印に向け、各地の『7つの神具』を探し出し(そして美味しいご当地グルメを味わう)、ルークとアイリスの新たな世直しの旅が、今ここに力強く走り出すのであった!




