運だけで神具の情報をGETしたら、美味しいスープも頂けました
王都を出発したルークとアイリスは南の果てを目指して新たな一歩を踏み出した。
青く澄み渡る空の下、白銀の天馬アルシオンが引く馬車は、街道の上空を心地よい風を切りながら優雅に滑空していた。
ルークの特注馬車は、車内からでも魔法で自動操縦や手綱引きができる超快適仕様であったが、今日は絶好の秋晴れで実に気持ちが良い。そのため、2人はあえて外の御者台に並んで腰掛け、爽やかな風を楽しんでいたのだった。
「ふう……やっぱりお天気が良い日の外は気持ちが良いね、アイリス!」
「はい、ルーク様。素晴らしい快晴に恵まれ、絶好の旅立ちの日和でございますね」
御者台で並んで座るルークとアイリスの目の前には、どこまでも続く緑豊かな平原と、南へと伸びる一本の広大な街道が広がっていた。
王様から頼まれた『7つの神具』を探し出すという大冒険——とは言ったものの、当のルークには神具の所在に関する手がかりなど1ミリも存在しなかった。
(まあ、昔の伝説の勇者様すら『勇者の剣』以外の6つの神具は見つけられなかったんだから、僕みたいな偽物の勇者が見つけられるわけがないよね。焦っても仕方ないし、南へ向かう道中にある町や村で、のんびり聞き込みをしていこう)
相変わらずの気楽なスタンスで構えるルークは、マップを広げて指をさした。
「あ、アイリス。『ルミナ村』が見えてきたよ! 今日はあの村で宿をとって、のんびり休もうか!」
「かしこまりました。ルミナ村はのどかな農村と聞き及んでおります。聞き込みの最初の地としてうってつけでございますね」
街道の手前で馬車を地上へと降ろし、ルークたちは静かな佇まいのルミナ村へと足を踏み入れたのだった。
◇
ルミナ村は、王都を出て最初にある小さな村で、レンガ造りの素朴な民家が立ち並ぶ、人口数百人ほどの小さな村であった。
村の広場の近くにある居心地の良さそうな宿屋を無事に確保した2人は、旅の荷物を部屋に置くと、一階の食堂へと足を運んだ。
まだ夕食には少し早い時間であったが、木造の店内には村の住人や、王都からやってきた行商人たちで想像以上の賑わいを見せていた。
「へい、いらっしゃい! 空いている席へどうぞ!」
愛想の良い店主のおじさんに案内され、ルークとアイリスは角のテーブル席についた。冷えた果実水で喉を潤していると、周囲の席から客たちの興奮気味な話し声が耳に入ってきた。
「おい聞いたか!? 王都で宮廷預言者様が『1年後に太古の邪神の封印が解ける』って不吉な予言を出したらしいぞ!」
「ああ、王都から来た行商人から聞いたよ! だけど心配ねえだろ? なんでも、あの魔王を生け捕りにした凄腕の『勇者様』が、邪神を再封印するために南へ向かって旅立ったそうだからな!」
「おお、そりゃ頼もしい! その勇者様が無事に邪神を封印してくれるのを祈るばかりだな!」
(うわぁ……僕たちが旅立ったこと、もうこんな田舎の村まで噂が広まってるんだ……)
自分の名前が噂になっていることに、ルークが内心で冷や汗を流していると——すぐ隣のテーブルに座っていた2人の行商人が、声をひそめて興味深い会話を始めた。
「なあ……王都の噂で『邪神を完全に倒すには伝説の神具が必要だ』って話もあったろ?」
「ああ、聞いたな。だがそんな昔の神具なんてどこにあるか分からねえよ」
「いや……俺たちはピンときたんだよ。ほら、俺たちが昨日までいた隣町の『アルカディア』があっただろ? あの町の領主家に代々伝わる『神聖な宝物』の噂を覚えてるか?」
「ん? ああ! 代々アルカディアの領主家で厳重に保管されている、どんな刃や魔法でも絶対に傷がつかないっていう『伝説の盾』のことか!?」
「そうだ! あの盾……もしかして王都で噂されている『7つの神具』の1つなんじゃないか?」
「おいおいマジかよ!? だったら隣町のアルカディアに行けば、神具が手に入るかもしれねえってことか!?」
隣の席から聞こえてきたその会話に、ルークは飲んでいた果実水を噴き出しそうになった。
(えぇぇぇーーーーっ!?!? ちょ、ちょっと待ってよーーーっ!?)
ルークは目を見開き、心の中で激しいツッコミを入れた。
(えぇぇ……!? 最初の村の、最初の食堂の、隣の席で神具の情報が出てくるってどういうこと!?)
あまりにも都合が良すぎる奇跡のタイミングに、ルークは背筋が凍りつくのを感じた。
(た、たしかに『7つの神具を探してきてほしい』って王様からお願いされたけど……こんなにすぐ手がかりが見つかっちゃうなんて、僕の【運∞】って、どんだけ恐ろしい性能をしてるんだよ……!)
一人で己の強運に戦慄しているルークに対し、隣で会話を聞いていたアイリスが、溢れんばかりの感嘆の吐息を漏らしながら声をかけてきた。
「ルーク様……! 数ある村の中からあえてこのルミナ村を選び、この時間にこの食堂のこの席へ座られただけで、目的地である隣町の神具の情報を一瞬で引き寄せてしまわれるとは……。ルーク様は、本当に『神に愛されて』いらっしゃるのですね……!」
「えっ? あ……あはは……」
ルークは引きつった笑顔で小さく頷きつつ、心の中で切なくツッコミを入れた。
(……ううんアイリス、違うんだよ……。神様に愛されているんじゃなくて、転生するときにあのポンコツ女神のウルスラ様が、ステータス割り振りを間違えて運を測定不能の∞にしちゃっただけなんだよ……!)
真実を言えるはずもなく、ルークは苦笑いを浮かべてごまかすしかなかった。
◇
「はあ……困ったなぁ……」
神具の情報に驚愕していると、料理を運んできた食堂の店主が、重たい溜息をつきながら頭を抱えた。
「店主さん、どうされたんですか? 何か困りごとでも?」
ルークが尋ねると、店主は困り顔で理由を語り始めた。
「いやね、客人さん。実は隣町アルカディアへ続く街道の途中に、最近凶暴な魔物『キラーベア』が居座っちまいましてね。街道が通行止めになって、行商人も足止めを喰らっているんですよ」
「えっ、キラーベアですか?」
「ええ。それだけならまだしも……その魔物の巣のすぐ近くには、うちの村の名物である幻の食材『虹色キノコ』の群生地点があるんです。あの魔物のせいでキノコも採りに行けず、名物料理が出せなくて困り果てているところでしてねぇ……」
「なるほど……それは災難ですね」
街道の通行止めと、名物キノコが採れないという村の悩みを聞き、ルークは「早く解決すると良いですね」と店主を励ました。
夕食を終えた後、2人は村の外に停めてある自分たちの馬車へと戻った。
馬車の中に入ると、アイリスが昨日王都の本屋で買ってもらった『初心者向け料理本』を真剣な表情で開き、馬車内に完備された綺麗なキッチンの前でキャベツを刻む練習を始めた。
「トントン……トントン……ああっ、また少し厚くなってしまいました……」
昔から剣一本で生きてきたアイリスにとって、繊細な包丁裁きは至難の業であった。指にはすでに小さな絆創膏がいくつも貼られている。
真剣な眼差しで不器用ながらも一生懸命に包丁を握るアイリスの姿を見て、ルークは(僕が狭い馬車の中にじっと居たら、アイリスが気を使って集中できないかな)と考えた。
「アイリス、僕ちょっと外の空気を吸いに散歩してくるね!」
「あ……はい! ルーク様、夜道ですのでお気をつけくださいませ!」
ルークはアイリスに笑顔で手を振ると、馬車を出て夜の村の周辺へと散歩に出かけたのだった。
◇
ルミナ村の夜風は涼しく、心地よい草の匂いが漂っていた。
「ふう、静かで良い夜だなぁ〜。明日はいよいよ隣町のアルカディアか。本当に神具の盾があるのかなぁ」
月明かりに照らされた村はずれの小さな木立の中を、ルークはのんびりと歩いていた。
——と、その時である。
「うわっとっと!?」
木の根に足を取られたルークは、よろけて近くの大木に手をついた。
「うわあああーっ!?」
倒れそうになったルークは、体勢を立て直そうと、咄嗟に近くにあった大きな古い大木へ強く手をついた!
すると、ルークのレベル999による規格外の怪力と【運∞】の補正が、思わぬ奇跡を引き起こした!
ルークの手が強く触れた大木は、内部が空洞になって腐りかけていた大木であった。ルークの手圧がかかった瞬間、メリメリメリ……! と凄まじい音を立てて大木が根本から根こそぎ折れ、ドシーンッ!! と豪快に地面へ倒れ伏したのである!
そして——運悪く(いや、幸運にも)、その倒れた大木の真下には、夜の狩りのために身を潜めていたあの凶暴な魔物『キラーベア』が潜んでいた!
「ギャンッ!?」
巨木が頭上にドカンと直撃したキラーベアは、叫ぶ暇すら与えられず、目を回して白目を剥き、その場で昏倒(KO)してしまったのである!
「ふえ……? な、なにいまの音……?」
よろけながらも何とか踏みとどまったルークが、恐るおそる倒れた大木を覗き込むと、そこには大木の下敷きになって泡を吹き、目を回して気絶している巨大なキラーベアの姿があった。
「ええぇぇーっ!? このクマ、街道を塞いでたっていうキラーベアじゃないの!? 僕がよろけて手をついた大木が倒れて、勝手に気絶しちゃったの~!?」
驚くルークであったが、奇跡はそれだけでは終わらなかった。
倒れた大木の根元、ポッカリと開いた空洞の中を覗き込むと——そこには、七色の美しい光を放つ幻想的なキノコが、足の踏み場もないほどびっしりと群生していたのである!
「あ! これってさっき店主さんが言っていた……『虹色キノコ』じゃないかーっ! キラーベアが自分の巣の中に溜め込んでたんだ!」
よろけて大木を倒しただけで、街道の魔物を一瞬で無力化し、さらに村人が探していた幻の食材まで完璧に発見してしまったルーク。
(ここでトドメを刺して光になって消滅させちゃったら『本当にあのクマを退治してくれたの?』って村の人たちも半信半疑でだよね。固く縛って村まで連れて行って、現物を直接見せてあげれば『これで街道はもう安全なんだ!』ってわかってもらえるはず!)
ルークは気絶したキラーベアを頑丈なロープで縛り上げると、そのまま村へと引っ張って戻っていったのだった。
◇
「「「「な、なんだってーーーーっ!?!?」」」」
深夜の宿屋の食堂にて、村長や店主、村人たちが一斉に大絶叫した。
ルークが村の広場に引きずってきた、ぐるぐる巻きで気絶しているキラーベアと、カゴいっぱいに収穫してきた大量の『虹色キノコ』を目にして、店主は涙を流してルークの手を握り締めた。
「お、おおお……! 街道を脅かしていたキラーベアを捕縛してくださり、こんなに大量の虹色キノコまで持ち帰ってくださるなんて……! 客人さん、あなたは村の救世主だーっ!」
村人たちが急いで気絶したキラーベアにとどめを刺して討伐を完了させ、村中が大歓喜に包まれる中、ルークは「あはは、散歩してたら偶然見つけたんですよ」と照れくさそうに笑った。
すると、大量の虹色キノコを見たアイリスが、パッと目を輝かせた。
「ルーク様……! もしよろしければ、この虹色キノコを使い、私が馬車のキッチンでスープを作らせていただけないでしょうか……!?」
「えっ! アイリスが作ってくれるの!? ぜひ食べてみたいよ!」
「はいっ! 頑張ります!」
アイリスはさっそく馬車のキッチンへと向かい、買ったばかりの初心者向け料理本を開いた。
「ええと……キノコを石突きから切り落とし、適量のお湯で煮込み……塩と香草で味を調える……」
指に絆創膏を貼ったアイリスが、緊張した手つきで包丁を握り、お鍋に向かって必死に調理を始めた。
本来であれば、包丁も握ったことがない初心者剣士の作った料理など、味の保証はないはずであった。
もともと極めて真面目で几帳面な性格のアイリスである。
料理本に書かれた手順や香草の分量を1ミリグラム単位まで忠実に守り、指に傷を作りながらも丁寧にアクを取り、心を込めて煮込んでいった。
そこへ、村の名物である幻の食材『虹色キノコ』から溢れ出す圧倒的な極上出汁が混ざり合い——スープは神秘的な七色の湯気と、鼻腔をくすぐる素晴らしい香りを立ち上らせ始めたのである!
「で、できました……! 『虹色キノコの特製スープ』でございます……!」
アイリスがおずおずと差し出したスープを、ルークは木製スプーンですくい、フーフーと息を吹きかけて口に運んだ。
「パクっ……。…………う、うわあぁぁぁーーーっ!?」
一口味わった瞬間、ルークの口の中に芳醇で濃厚な旨味が爆発的に広がり、全身の細胞が歓喜で震え上がった!
「な、なにこれーーっ!? すごく美味しいよアイリスーーッ! 今まで食べたスープの中で、一番美味しいかもしれない!!」
「えっ……!? ほ、本当でございますかルーク様……!?」
半信半疑のアイリスも一口味わうと、「な……なんということでしょう……!」と自身の作ったスープの出来栄えに絶句した。
ご馳走になった村長や店主たちも、一口味わった瞬間に「う、うまあぁぁぁいっ!!」と涙を流して崩れ落ちた。
「こんなに美味いスープは生まれて初めて食べたぞーっ!」
「アイリス様は天才料理人だーっ!!」
村人たちから大絶賛され、アイリスは顔を真っ赤にして照れながら、誇らしげに胸を張った。
(……ふふふ、アイリス。料理本を買った甲斐があったね! すごく美味しかったよ!)
絶品のスープを笑顔で何杯もおかわりするルークを見つめながら、アイリスの脳内では静かに深読みが完結していた。
(……やはり、ルーク様のご采配は完璧でございます……! ルーク様は、私が不器用に料理の練習をしているのに気づき、私に気を使わせないよう『散歩』と称して一人で席を外された……)
アイリスは胸の奥を熱くしながら、ルークの横顔を見つめた。
(指の怪我に気づいてくれた優しさと、最高の食材……。ご自分の功績を自慢することもなく、私に料理の自信をつけさせてくださるなんて……どこまでも温かく、お優しいお方……!)
(う〜ん、虹色キノコのスープ、本当においしいなぁ〜! おかわりしちゃおう!)
アイリスの崇拝がさらに深まっていることなど露知らず、ルークは呑気にスープを堪能するのだった。
◇
翌朝——。
街道の通行止めも完全に解除され、ルミナ村の村人全員が村の出口に集まり、ルークたちを盛大に見送ってくれた。
「勇者様、アイリス様! 本当にありがとうございましたーっ!」
「隣町のアルカディアへ行かれても、お元気でーっ!」
「バイバーイ! みんなありがとうねーっ!」
馬車の御者台から手を振るルーク。馬車の中には、村人たちから感謝の印として贈られた大量の野菜や果物、そして虹色キノコが積み込まれていた。
「神具の手がかりも手に入ったし、アイリスの美味しいスープも食べられたし、最高の出発になったね!」
「はい、ルーク様! 次の町『アルカディア』でも、ルーク様のお力になれるよう全力を尽くします!」
絶好調のスタートを切ったルークとアイリスを乗せて、馬車は次の目的地——伝説の盾が眠る町『アルカディア』を目指し、街道を爽やかに駆け抜けていくのであった!




