運だけでダンジョンに潜っていたら、いつの間にかレベル999(カンスト)になっていました
「……バルバトス、ザガンに続き、アガレスまでもがしくじったか。四将軍の内三人までが掃除係に成り下がるとは、笑えぬ惨状だな」
魔王の地獄の底から響くような声が、広間に重く落ちた。
その場の空気が凍りつくような威圧感の中、第2将軍アガレスが部下に全員逃げられ、一人で戻って皿洗いに落とされたという報告に、残された幹部たちは身を縮めていた。
「使えぬ奴らめ。四将軍の面汚しどもが……。だが、残る刺客は一人。……頼むぞ、バアル」
重苦しい静寂を破り、重厚な甲冑を鳴らして前へ進み出たのは、魔王軍四将軍の筆頭であり最高幹部——第1将軍『バアル』であった。
「ハハハ! 魔王様、この第1将軍バアルにお任せを。下将軍どもが失敗した理由は、ひとえに考えの甘さと詰めの甘さにございます!」
「言ってみよ」
「奴らは全員『敵を探す熱量』が足りなかったのです! 我が作戦は違います。『部下全軍を投入した徹底的なローラー作戦』! ダンゼルの街とその周辺地域を一寸の隙もなく網羅し、ネズミ一匹逃さず、予言の男を引きずり出してみせます! 探せぬ部下には即刻処刑の罰を与えれば、必死で探すはず!」
圧倒的な威圧感とともに言い放つバアルに、魔王は冷たい瞳を細めた。
「ほう。全軍による網羅的捜索か。失敗すればお前の立場もないと思え」
「ははっ! 我が絶対の網羅捜索、とくとご覧あれ!」
バアルは配下の全精鋭部隊を引き連れ、不敵な笑みを浮かべて出撃していったのだった。
◇
迷宮都市『ダンゼル』の周辺地域。
第1将軍バアル率いる魔王軍の大部隊は、街を取り囲む広大な平原や森林、街道筋にずらりと陣を張り、凄まじい密度の捜索網を展開していた。
バアルは陣幕の前で剣を突き立て、集まった部下の魔物たちに向かって凶悪な咆哮をあげた。
「聞け! この周辺に潜む予言の男とその一行を、一寸の隙もなく捜索せよ! もし見つけられなかった者は、我が手でその場にて処刑する! 一人たりとも逃がすなーっ!!」
「「「ヒ、ヒィッ……!!」」」
失敗すれば即座に殺されるという恐ろしい脅しを受け、部下の魔物たちは血眼になって街の周囲や街道、森の奥まで探し回り始めた。
「探せ! 草の根を分けても探すんだ!」
「見つけないと将軍に殺されるぞーっ!」
魔物たちは恐怖に引きつった顔で、必死のローラー作戦を開始したのだった。
◇
一方その頃——。
ルークとアイリスの2人は、ダンゼル大ダンジョンの地下深くへと足を踏み入れていた。
全50層という途方もない深さを誇るこのダンジョンは、一度内部に入ると最下層のボスを倒して地上へ戻るまで、最低でも『2週間』は外に出ることができない高難易度の空間であった。
本来であれば暗闇と不気味な気配が漂う過酷なダンジョン内であったが、ルークたちの周囲は驚くほど快適であった。
「ふう、やっぱりこの魔法を覚えたからすごく楽ちんだね!」
ルークが頭上に手をかざすと、習得したばかりの【習得魔法:光の導き(ライトガイド)】が発動し、温かい光の球体がポワポワと頭上に浮かび上がった。
手ぶらで周囲が昼間のように明るく照らし出され、長時間松明を持ち続けて手が疲れるストレスも一切存在しない。
「ええ、ルーク様。手ぶらで視界が確保できるため、常時片手を空けた状態で即座に戦える……まさに長旅を見据えた見事なご采配でございます」
さらに、休憩の時間になると、ルークは足元の影に向かって【習得魔法:影の収納室】を発動させた。
影が滑らかに広がり、内部からあの『空飛ぶスイートルーム馬車』が静かに姿を現す。
「よし、今夜は馬車の中で温かいスープを飲んで、フカフカのベッドで寝ようか!」
「はい、ルーク様!」
影の中から快適な馬車を取り出し、車内で温かいシャワーを浴び、街で買い込んだ焼き立てのパンと美味しいスープを味わって爆睡するルークたち。
愛馬アルシオンも影の中の広いスペースで特製ハーブ干し草を食べ、のんびりと羽を休めていた。
「うん、前みたいに一瞬で急激にレベルが上がるわけじゃないけれど、ダンジョンのモンスターを倒すごとに順調にレベルが上がっていくね。このペースならちょうど2週間で50層を攻略して地上に出られそうだなあ」
「はい、ルーク様。着実に、そして確実に実力がついてきているのを感じます」
ルークのクリティカル最大補正の支援魔法(『アタックブースト』『ディフェンスブースト』)を受けたアイリスが、七色の斬撃で襲いかかるモンスターたちを一刀両断にしていく。
人目を一切気にすることなく、最高に快適な環境で順調に経験値を溜めていくルークたちであった。
◇
一方、地上で待ち構える第1将軍バアル側。
「……おかしい。なぜだ? なぜ一向に予言の男の目撃情報が入らんのだ!?」
1日が経過した。バアルは本陣の椅子を怒りにまかせて蹴り飛ばしていた。
「街の中か!? それとも近くの森か!? 探せ! 隅々まで探し尽くせ!」
3日が経過した。バアルの怒りは頂点に達し、報告に戻った部隊長を怒鳴り散らした。
「探せない奴は処刑だと言ったはずだ! 気合が足りん! 明日までに目撃情報を持ってこなければ全員首を撥ねる!!」
「ヒ、ヒィェェェーッ!!」
5日、1週間……そして、10日が過ぎ去った。
いくら探しても、ルークたちの姿も馬車の気配も一切発見されることはなかった。
それもそのはず、ルークたちは地上のどこにもおらず、2週間地上に出られないダンジョンの地下深くに潜っているからである。
期限が刻一刻と迫る中、部下の魔物たちの恐怖は限界を突破していた。
「だ、ダメだ……! この街の周辺のどこを探しても、予言の男なんてどこにもいないぞ……!」
「明日になれば、捜索成果が出ない俺たちは全員将軍に殺される……!」
「嫌だ……! 殺されたくない……! 命の方が大事だーっ!!」
パニックに陥った部下の魔物たちは、ついに我慢の限界を迎えた。
「「「逃げろーっ!! 殺される前に田舎へ逃げるんだーっ!!」」」
深夜、恐怖に怯えた部下たちは誰一人として武器を取ることなく、全員揃って兵士を辞め、夜陰に紛れて蜘蛛の子を散らすように逃亡していったのである。
……そして、2週間が経過した。
「おい! 今日の捜索状況はどうなっている! 報告せよ!」
本陣の幕を豪快に押し開けて出てきたバアルだったが——そこには、誰もいなかった。
静まり返る平原。風の音だけが虚しく響いている。
「……ぬ? おい、兵士どもはどうした? 応答せよ!」
ざっと見渡すと、地面には打ち捨てられた槍や甲冑、精神的に限界を迎えた部下たちの残骸が虚しく転がっていた。
「へ……? ぶ、部下が……全員逃げている……!?」
バアルは呆然と立ち尽くした。
あまりの恐怖政治と不毛な捜索命令に耐えかねた部下たちが、全員揃って脱走していたのである。
「な、なぜだ……! なぜこれほど広大な捜索網を敷いたのに、影すら踏むことができんのだーっ!?」
完璧だったはずのローラー作戦が完膚なきまでに崩れ去り、バアルはガクガクと膝を突いた。
「……部下もいない……一人で探すわけにもいかん……。……帰るか……」
最高幹部としてのプライドを完膚なきまでに打ち砕かれたバアルは、失意のまま一人で魔王城へとトボトボ帰っていったのだった。
◇
魔王城——最深部。
「……部下に全員逃げられ、一人で戻っただと?」
魔王の地獄の底から響くような声が、玉座の間に重く落ちた。
「バアルよ。我が軍の筆頭でありながら、部下の一人も掌握できず逃げられるとは何事だ」
「ヒ、ヒィッ! 魔王様、お許しを! 奴らは地上のどこを探しても影すらなく、まるでこの世から消えてしまったかのように……!」
「言い訳は無用だ。……罰として、城内の『全庭園の草むしりと落ち葉拾い』を一人で行え。葉っぱ一枚残っていれば、即座に処刑する」
「な、なんですとーっ!? この俺が……四将軍筆頭のこの俺が、草むしりだと……!?」
大きな竹ホウキとチリトリを持たされ、広大な庭園へ追いやられたバアル。
そこにはすでに、便器を磨く第4将軍バルバトス(トイレ掃除)、風呂場を磨く第3将軍ザガン(風呂掃除)、油でドロドロの皿を洗う第2将軍アガレス(皿洗い)の姿があった。
「……フッ、ついにバアル、貴様までここまで落ちたか」
「黙れバルバトス! ザガンもアガレスもニヤニヤ見るな! くっ……理不尽すぎるぞ魔王様……! この俺たち四将軍全員を、こんな雑用係扱いしやがって……!」
四将軍全員が揃って雑用係に落ちたことで、彼らの不満と怒りのマグマが一気に限界突破した。
「「「「ふざけるなーっ!!」」」」
雑巾、デッキブラシ、スポンジ、竹ホウキを投げ捨てた四将軍は、怒号をあげて玉座の間へと殴り込んだ。
「ま、魔王様! もう耐えられません!」
「失敗したのは俺たちのせいだけじゃありません! 予言の男が異常すぎるんです!」
「そうだそうだ! 道具扱いもいい加減にしてください!」
「文句があるなら、だったら魔王様ご自身で行ってみたらどうなんですかーっ!!」
かつて見たこともない四将軍の凄まじい剣幕と逆ギレぶりに、玉座の魔王は思わず『ビクッ』と肩を揺らした。
(えっ……ご、ごめん。そんなに怒らないで……)
四将軍全員から詰め寄られ、内心で冷や汗をダラダラ流しながら日和りかける魔王。しかし、魔王としての消えそうな威厳をなんとかつなぎ止め、ゴホンと大きく咳払いをして立ち上がった。
「……ふ、ふん! た、確かに貴様らに任せていては埒があかぬな! よーし、わかった! 吾輩が自ら出向こう!」
「「「「おおーっ!!(よっしゃ、これで雑用から解放される&魔王もコテンパンにされろ!)」」」」
こうして、四将軍の逆ギレに押される形で、魔王自身が消えかかる威厳を振りかざし、自ら出陣することとなったのだった。
◇
一方その頃、全50層におよぶダンゼル大ダンジョンの最下層。
重厚な石の扉を押し開けたルークたちの目の前に、ダンジョンの主である超巨大モンスター『深淵の暗黒龍』が立ちはだかっていた。
漆黒の鱗と巨大な翼を持つ最下層のボスは、侵入者である2人に向かって鼓膜を震わせるほどの壮絶な咆哮をあげた。
「アイリス、これで最後のボスだよ! 一気に行こう!」
「はい、ルーク様!」
ルークは後方から手をかざし、習得した支援魔法を発動させた。
「『攻撃力上昇』! さらに『防御力上昇』!」
【運∞】の補正を受けた最大クリティカルバフが放たれ、アイリスの全身から七色の眩いオーラが爆発的に立ち昇った。
地を蹴ったアイリスは、視認できないほどの超高速で空間を駆け抜け、オリハルコンの剣から一閃の光を解き放った。
七色の光の刃が暗黒龍の首元を正確に切り裂いた。
ボスモンスターは絶叫をあげる隙すら与えられず、一刀両断にされてそのまま一瞬にして光の粒子となって消滅し、ドロップしたのだった。
その瞬間、ダンジョン最下層のボス討伐による膨大な経験値が、光の帯となってルークとアイリスの全身へとなだれ込んだ。
ルークは懐から冒険者カードを取り出し、表示された数値を目にして目を丸くした。
「えっ……! あ、アイリス、見てよこれ……!」
アイリスも自身のカードを取り出し、そこに刻まれた数値に息を呑んだ。
【名前:ルーク】 【レベル:999(LEVEL MAX)】
【名前:アイリス】 【レベル:999(LEVEL MAX)】
「な、なんということでしょう……! 私たちのレベルが……上限値である『999』に到達いたしました……!」
一気にレベルがカンストし、レベルMAXを示す『999』の表示が眩しく輝いていた。
これによって、Sランク冒険者の基準であるレベル501以上を遥かに超え、世界の頂点に立つ強さを手に入れたのである。
「やったあ! 順調にレベルが上がって、ちょうど2週間でレベルマックスになれたよ!」
ルークは安堵の笑みを浮かべて胸を張った。
「これだけレベルが上がれば、相手が魔王さまでも安全に戦っていけそうだね! よーし、それじゃあ地上へ戻ろうか!」
ルークは習得済みの【習得魔法:空間転移・帰還】を発動させた。
周囲の空間がぐにゃりと歪み、次の瞬間には2人の身体はダンジョンの外の地上へと一瞬で転移していたのだった。
◇
地上へと戻ってきたルークたちは、影の魔法で馬車を取り出し、買い出しのためにダンゼルの街の中へと向かった。
すると、活気あふれる街の広場や冒険者ギルド内では、大勢の人々や冒険者たちが興奮した様子で大騒ぎしていた。
「おい聞いたか!? ここ2週間、この街の周りを捜索していた魔王軍の第1将軍だけどさ! 結局『予言の男』は見つからなくて、将軍の脅しに耐えかねた部下が全員逃亡して自滅したらしいぞ!」
「マジかよ!? 姿すら見せずに敵の最高幹部率いる大部隊を全滅させるなんて、その予言の男って一体どれほどの化け物なんだ……!?」
人々が口々に語る噂話を耳にしたアイリスは、ハッと目を見開き、隣に立つルークへと静かに視線を向けた。
(……なるほど! なんという恐ろしいご采配……! ルーク様があえて2週間ダンジョンに潜られたのは、ご自身のレベル上げを果たしつつ、敵の最高幹部率いる部隊を空振りさせて自滅させるためだったのですね……! まさに神算鬼謀、神の如きご深謀遠慮でございます……!)
アイリスの脳内でルークの意図が凄まじい勢いで深読みされ、その瞳には溢れんばかりの尊敬と崇拝の光が宿っていた。
(へぇ〜! その『予言の男』って人、姿も見せずに魔王軍の大部隊を撃退しちゃうなんて凄すぎるなぁ……! 僕たちは2週間ダンジョンの中で美味しいごはんを食べてレベル上げをしてただけだから、そんな恐ろしい事件に巻き込まれなくて本当に運が良かったよ〜)
ルークは噂話を聞いて呑気に「すごい人がいるもんだなぁ」と心から感心しながら、冷えたジュースを美味しそうにゴクゴクと飲み干した。
……まさかその凄まじい『予言の男』の偉業が、すべてルーク様ご本人の無自覚な行動によるものだとは知る由もないアイリスは、さらに尊敬の眼差しを深めるのだった。
レベルも999となり、万全すぎる状態になったルークたちは、いよいよ魔王城が存在する最終エリアへと向かって、快適なホバー馬車を走らせていくのだった。




