運だけで極寒の吹雪をやり過ごしたら、雪国の名物レジャーが誕生しました
「……バルバトスが部下に逃げられ、関所を無血突破されただと?」
魔王の静かで冷たい声が響き渡る。その威圧感に、ひれ伏す幹部たちは息をのんだ。
「四将軍の面汚しめ。……次なる刺客は誰が行く?」
重苦しい空気の中、一歩前へ出たのは魔王軍四将軍の一人——第3将軍『ザガン』であった。眼鏡の奥の瞳が冷徹に光る。
「フッ……魔王様、この第3将軍ザガンにお任せを。バルバトスや他の幹部どもが失敗した理由は明白に分かっております」
「言ってみよ」
「奴らは全員『自分の姿を敵に晒した』から失敗したのです。我が軍の威容を見せつけようとするから、予言の男に裏をかかれ、逃げられるのです。……ならば答えは一つ。『猛吹雪で視界を奪い、こちらの姿を一目も見せないまま一方的に倒す』! これこそが唯一にして完璧な合理的解決策です!」
自信満々に言い放つザガンに、魔王は小さく頷いた。
「よかろう。成果を期待しているぞ、ザガン」
「ははっ! 我が完璧なる計算、とくとご覧あれ!」
前回の失態を完璧な成果で上書きし、名誉挽回しようと燃えるザガンは、不敵な笑みを浮かべて出撃していったのだった。
◇
フロスト湖を越えた先に広がる、切り立った雪山地帯。
その頂付近で陣を張ったザガンは、配下の精鋭部隊に向かって朗々と命じた。
「聞け! 予言の男の一行は必ずこの雪山を通る。奴らに姿を見せてはならん! 奴らが視界を奪われ、身動きが取れなくなったところを一方的に押し潰すのだ!」
ザガンは高位の氷風魔導具を起動し、広範囲にわたる**『超巨大・局地的大吹雪』**を発生させた。
一瞬にして視界はゼロ。立っていることすら困難な極寒の暴風雪により、雪山全体が白い絶望に包まれた。
「クハハハ! いかに予言の男とて、視界ゼロの吹雪の中では前進など不可能! 吹雪に足止めされ、極寒に凍え立ち尽くしたところを我が軍で包囲する! 出撃だ!!」
ザガンは寒さに震える部下たちを村の前方街道へずらりと立たせ、自らは寒さを避けるためにテントへとそそくさと引きこもったのだった。
◇
一方その頃——。
快適な馬車で雪山の上空を通過しようとしていたルークたちは、突如として目の前を覆い尽くした凄まじい猛吹雪に遭遇していた。
「うわあぁっ!? すごい吹雪だよアイリス! 前が真っ白で見えない!」
窓の外を見ながらルークが声を上げると、操縦席のアイリスが冷静に報告する。
「ええ、視界が完全に遮られておりますね。飛行を継続することは可能ですが、いかがなさいますか?」
「うーん、無理して進んで事故ったら危ないし、せっかく馬車の中はポカポカなんだから、吹雪が止むまでここで停めて『ぬくぬく待機』しようよ!」
「承知いたしました!」
ルークの一言で、ホバー馬車は街道の手前、雪原の安全なスペースに静かに着陸した。
馬車の中は魔法の暖房が効いており、まるで高級ホテルのラウンジのように暖かい。
外で待機する愛馬アルシオンも、ルークが作ってくれたあの『神聖防寒具』を着ているおかげで、猛吹雪の中でも寒さを一切感じずポカポカ快適そのものだ。
「ブルルッ♪」
アルシオンは気持ちよさそうに鼻を鳴らすと、馬車の横でルークからもらった特製ハーブ干し草をハグハグと美味しく食べ始めたのだった。
「よし、僕たちも温かいスープやお茶でも飲んで、のんびりお茶でもして待とうか!」
ルークたちは外の猛吹雪など気にも留めず、優雅なティータイムを楽しみ始めたのだった。
◇
吹雪が吹き荒れてから数時間後。
アイリスは念のため、馬車の結界を維持しながら周囲の警戒索敵を行っていた。
(……む? この吹雪の先、数百メートルほど離れた街道に魔王軍の大部隊が密かに配置されています……!)
アイリスはハッと目を見開いた。
(なんということでしょう……! ルーク様は吹雪で前が見えないから停車されたのではありません……! 視界の悪さに乗じて待ち伏せていた魔王軍の存在を即座に見抜き、あえて『敵の目と鼻の先で一切動かない』という選択をされたのです……!)
アイリスの脳内で、ルークの意図が凄まじい勢いで深読みされていく。
(極寒の吹雪の中、動かずに待機し続ければ、ダメージを受けるのは防寒設備のない敵側……! 姿を晒さず、戦わずして敵を寒さで自滅させる……まさに神算鬼謀のお考え……!)
アイリスは一人、ルークのあまりの深謀遠慮に震え上がっていた。
◇
一方、目と鼻の先で待ち構える第3将軍ザガン側。
「……おかしい。計算ではそろそろ予言の男が吹雪に引っかかり立ち往生しているはずだが……」
豪華テントの中で温かいワインを傾けながら、ザガンは首をかしげていた。
しかし、「完璧な作戦」を自負するザガンは、自分の計算が狂っているとは微塵も思わない。
「フッ、まあよい。奴らも吹雪に恐れをなしてどこかで震えているのだろう。そのまま凍えて動けなくなるまで待つまでだ!」
ザガンは温かいテントから一歩も出ず、部下たちには**「一歩も動かずに監視を続けろ!」**と厳命を出した。
……そして、1日が経過した。
ルークたちは馬車の中で温かいスープやお茶を味わいながら、のんびりとティータイムを楽しんでいた。 外の兵士たちは、氷点下三十度の極寒の中でガチガチと歯を鳴らしながら立ち尽くしていた。
……2日が経過した。
ルークたちはフカフカのベッドで爆睡し、朝には焼きたてのパンとスープを味わっていた。 外の兵士たちは、手足の感覚が消えかけ、全身が凍りついてツララになっていた。
……そして、3日が経過した。
温かいテントから優雅に出てきたザガンが、伸びをしながらつぶやいた。
「フム……丸3日待ったが、さすがにそろそろ凍死している頃か。どれ、部下どもに回収させるとするか」
ザガンが外へ一歩踏み出すと——そこには、誰もいなかった。
静まり返る雪山。風の音だけが虚しく響いている。
「……ん? おい、兵士どもはどうした? 返事をしろ!」
ざっと見渡すと、雪の上には打ち捨てられた槍や甲冑、そして**「こんな寒いところで放置されてたまるかーっ!」「隊長だけテントで酒飲んでんじゃねえ!」**という不満の叫びと共に、田舎へ向かって一直線に伸びる大量の足跡だけが残されていた。
「へ……? ぶ、部下が……全員逃げてる……!?」
ザガンは呆然と立ち尽くした。
あまりの過酷な放置プレイに耐えかねた部下たちが、全員揃って兵士を辞めて逃走していたのである。
「な、なぜだ……! 馬車は一体どこにいたんだ!? なぜ一向に現れなかったんだーっ!?」
完璧だったはずの計算が完膚なきまでに崩れ去り、ザガンはガクガクと膝を突いた。
「……もうダメだ……。部下もいない……寒さで魔力も底をついた……。……帰ろう……」
ザガンは寂しく肩を落とし、失意のまま一人で魔王城へとトボトボ帰っていったのだった。
◇
ザガンが敗走し、魔導具の維持が切れたことで、数日間に及んだ猛吹雪が嘘のようにピタリとやんだ。
パッと澄み渡る美しい青空。
馬車の窓から外を見たルークが、嬉しそうに声を上げる。
「あ! アイリス見て! 吹雪がすっかり止んで晴れてきたよ!」
「ええ、素晴らしい青空でございますね。(……やはりルーク様のご計算通り、敵が耐えかねて敗走したことで吹雪が解除されましたか……!)」
「よし、それじゃあすぐ近くにある村に入って、食料や資材を調達しようか!」
ルークたちは馬車を走らせ、すぐ目と鼻の先にあった『氷雪の村シュネー』へと足を踏み入れた。
◇
着陸したシュネー村の村人たちは、全員がげっそりとやつれていた。
村長が弱々しい声でルークたちを出迎える。
「あ、旅のお方……よくぞ無事で……。実は数日前から例年にない異常な大吹雪に見舞われましてな……。村の貯蔵庫も底をつき、越冬用のわずかな干し肉と根菜しか残っておらんのです……」
「そんな……! 大変じゃないですか!」
村人の困窮を知ったルークは、さっそく行動を起こした。
「村長さん、僕たちに任せてください! 新鮮な野菜ならすぐに作れますから!」
ルークは村人から集めた木材とガラス板で、特製の『サンルーム(温室)』を建設。 仕上げとして、村の道具屋で買った『発熱の宝珠』と、馬車のストレージに保管してあったあの極上品——作物を一瞬で大豊作にする『浄化の宝珠』を内部にセットした。
【運∞】の補正によって温室内が一瞬で常夏の超豊穣空間へと変わり、蒔いた野菜の種がわずか数時間で青々と熟した新鮮な野菜を大量に実らせたのである!
「な、なんじゃこの奇跡はーっ!? 吹雪の直後だというのに、採れたてのシャキシャキ野菜が山ほど実っておるーっ!?」
食料難が一瞬で解決し、村人たちは涙を流して大歓声を上げた。
「旅のお方、本当にありがとうございます! お礼と言ってはなんですが、採れたての野菜と、村で保存用に作っていた『特製・熟成干し肉』をぜひ持って行ってください!」
「わあ、ありがとうございます! 干し肉、すごく美味しそう!」
こうしてルークたちは美味しい食材をたっぷり分けてもらったのだった。
◇
しかし、食料問題が解決したあとも、村長は村にうずたかく積もった「巨大な雪の山々」を見上げてため息をついていた。
「はぁ……食料は助かりましたが、この数日間の猛吹雪で村中に溜まった大量の雪をどう処分したものか……。除雪だけでも春までかかってしまいますわい……」
困り果てる村長を見て、ルークは前世の冬の風物詩を思い出し、楽しそうに提案した。
「村長さん! こんなにたくさん綺麗な雪があるなら、捨てるんじゃなくて『遊んじゃう』のが一番ですよ!」
「ゆ、遊ぶ……とな?」
「はい! 雪を固めて大きな部屋を作る『かまくら』を作って、中に温かい『こたつ』を置くんです! そこで村のみんなで温かいお鍋を食べたら、すっごく楽しいですよ!」
ルークはさっそく、頑丈な鍬を使って大きな雪の山をキレイに掘り進め、大人数が入れる特大のドーム状『かまくら』を作り上げてみせた。
発熱の宝珠を入れたこたつを設置し、村で採れた新鮮な野菜と熟成干し肉をたっぷり入れた「特製・極上雪見鍋」を煮立てる。
「さあ、村長さん! 入ってみてください!」
半信半疑でかまくらに入った村長と村人たちは、その瞬間に目を丸くした。
「な、なんじゃこれは……! 外の風がまったく入ってこず、こたつとお鍋の熱で中がポカポカじゃ……!」
「それに、このお鍋が美味すぎるーっ! 熟成干し肉の出汁が野菜に染み込んで、身も心も温まるぞーっ!」
雪の中に作られた快適な空間と美味しい鍋に、村人たちは大興奮!
夜になると、かまくらの内部に置かれたランプの柔らかい光が分厚い雪壁を透かし、暗闇の中に、温かい光のドームがいくつも浮かび上がった。
「うわあ……キレイ……」
「本当じゃ……自分たちの村が、まるで絵本の中の世界のようじゃ……!」
害悪でしかなかった大量の雪が、一夜にして最高に楽しい娯楽と美しい絶景へと変わり、村人たちの笑顔が弾けた。
後にこのシュネー村は、「かまくらの中で絶品鍋と幻想的な夜景を楽しめる、観光地」として発展を遂げることになるのだった。
◇
魔王城——玉座の間。
「……部下に逃げられ、一人で戻ったと?」
魔王の冷酷な声が玉座の間に落ちる。
「ザガンよ。完璧な計算とやらを聞かされていた身にもなれ」
「ヒ、ヒィッ! 魔王様、お許しを! 奴らは姿すら現さず、どこにいたのかもさっぱり……!」
「言い訳は不要だ。……罰として城内の『全百か所の風呂場と洗面所』を一人で磨け。ピカピカになるまで眠ることも許さん」
「な、なんですとーっ!? この俺が……風呂掃除だと……!?」
スポンジとバケツを渡され、浴場へと追いやられたザガン。
その隣のトイレでは、すでに第4将軍バルバトスが猛烈な勢いで便器を磨いていた。
「……お前も落ちたか、ザガン」
「くっ……バルバトス……! 理不尽すぎるぞ魔王様……! 俺たち四将軍をこんな雑用係扱いしやがって……!」
「……ああ。いつか絶対に後悔させてやる……!」
落ちこぼれた二人の将軍の心の中で、魔王に対する猛烈な不満と反逆の炎がフツフツと燃え上がっていくのだった。
◇
数日後、活気あふれるシュネー村を後にし、ルークたちは再び馬車を北へと走らせていた。
車内で温かいスープと柔らかい干し肉を味わいながら、ルークは満足そうに微笑んだ。
「いやあ、かまくら鍋、すっごく美味しかったね! 村のみんなも喜んでくれて、本当に良かったよ!」
その隣で、車窓の外に遠ざかっていくシュネー村と、神聖な防寒具を纏って軽快に空を飛ぶアルシオンを見つめていたアイリスは、深い尊敬の眼差しをルークに向けた。
「さすがルーク様でございます……。 姿を隠して襲いかかろうとした敵の卑劣な作戦を、動くことなく完全スルーで自滅させ……さらに害でしかなかった雪を情緒溢れる観光資源へと変えてしまわれるとは……。 まさに神算鬼謀、完璧なるご采配でございます」
(ええーっ!? い、いやいや、敵の作戦って何のこと!? 僕はお鍋とこたつでぬくぬくしたかっただけなんだよーっ!)
ルークは心の中で激しいツッコミを入れつつ、引きつった笑顔でスープを飲み干し、相変わらずのすれ違いに胃のあたりをそっと押さえた。




