運だけで凍った湖を楽しんでいたら、人気レジャーに発展しました
黒水晶の怪しい光すら凍てつく極寒の風が吹き抜ける魔王城最深部——玉座の間。
「……上空網、街道の関所、潜水部隊、氷結師団まで全滅だと?」
魔王の声は怒号ではなく、静かで冷たい。だからこそ、その場の空気すら凍りつくほどに恐ろしい。
「幹部どもは何をしておる。失敗の報告ばかり聞かされる身にもなれ」
重苦しい静寂が支配する中、恐々と進み出たのは、魔王軍が誇る幹部『魔王軍四将軍』の一人——第4将軍『バルバトス』であった。
「ま、魔王様、どうかお怒りをお鎮めください。奴らは中魔素エリアの最深部を突破し、いよいよこの高魔素エリア直前の『フロスト湖』へと向かっております」
「バルバトスよ……。奴らをこれ以上一歩たりとも近づけるな」
「ははっ! お任せを。フロスト湖の周囲は切り立った氷壁。対岸へ渡る陸路の唯一の関所に全軍を配置し、通行する馬車を一隻残らず検問・撃破してみせます!」
冷酷な笑みを浮かべた第4将軍バルバトスは、配下の精鋭兵を引き連れ、威風堂々と出撃していったのだった。
◇
一方その頃、空をも飛べるようになった超快適な馬車に乗り込んだルークたちは、上空から極寒の地に広がる広大な湖を見下ろしていた。
カチコチに凍りついた湖の脇を通る唯一の街道に、厳重な甲冑を着込んだ魔王軍の兵士たちがズラリと立ち並び、街道の関所を文字通り鉄壁の陣形で封鎖していた。
……が、上空数千メートルをのほほんと飛行するルークたちの視界には、それらは「なんだか地面にちっちゃい黒点が並んでいるなぁ」程度にしか映っていなかった。
「うわあ、見てよアイリス! 下の湖、一面真っ白に凍りついているよ!」
「ええ、非常に見事な氷の世界でございますね。……む? 陸路の街道に魔王軍と思われる怪しい陣形が見えますが、いかがなさいますか?」
アイリスの問いに、ルークは首を傾げながら呑気に微笑んだ。
「うーん、街道は混んでそうだし、せっかく空を飛べるんだから、そのままスーッと通り過ぎて湖のほとりの村に降りようよ!」
「承知いたしました!」
陸路で目を光らせる第4将軍バルバトスとその部下たちの頭上を、ルークたちの馬車は何の気負いもなく『完全スルー』して、湖畔の村『氷湖の村ルミナ』へと静かに着陸したのだった。
◇
着陸した村は、活気とは程遠い悲壮感に包まれていた。
本来であれば、今の時期は少しずつ雪が解け、畑で新鮮な作物が育ち始める季節のはずであった。
しかし、今年は北からの例年にない異常な大寒波により、村の畑は分厚い氷雪に覆われ、湖面も分厚い氷で完全に閉ざされるほどの異常事態に陥っていたのである。
事情を確かめるため村長を訪ねたルークに、村長は悲痛な面持ちで語った。
「冒険者さん……見ての通り、今年は寒波が強すぎて作物が一切育たんのじゃ……。湖も凍りついて漁船が出せず、魚すら捕れん……。このままでは村は食料難で全滅してしまいます……」
村人の困窮を知ったルークは、前世の冬のレジャーや農法の知識を思い起こした。
(うーん、せっかく湖がカチコチに凍っているんだから、これを逆手にとって使わないと勿体ないよね! 氷の穴釣りなら魚も捕れるし、スケートをして遊べばみんな笑顔になれるはずだ!)
ルークは困惑する村長に向かって明るく提案した。
「村長さん、大丈夫ですよ! 凍った湖なら、氷に穴を開けて釣りをすれば美味しいお魚が簡単に捕れますし、氷の上を滑る『アイススケート』をやれば最高のレジャーになります!」
「氷に穴を開けて……釣り、とな?」
村長は半信半疑だったが、ルークが頑丈な鍬で氷にぽんと小さな穴を開け、糸を垂らすと——直後、輝く銀色の魚影が次々と跳ね上がった!
ルークの【運∞】により、氷の下に溜まっていた魚群が一気に穴へと集まってきたのである!
「ほ、ほんとうに釣れるのか……!」
最初は遠巻きにしていた村人たちも、やがて歓声を上げながら集まってくる。
氷上に笑い声が広がり、久しく忘れていた活気が戻り始めたのだった。
さらにルークは、村人たちから集めた木材とガラス板で特製の『サンルーム(温室)』を建設。
仕上げとして、村の道具屋で買った『発熱の宝珠』と、馬車のストレージに保管してあったあの極上品——作物を一瞬で大豊作にする『浄化の宝珠』を内部にセットした。
【運∞】の補正によって温室内に「太陽の暖かさと、一瞬で大気を浄化し作物を完熟・大豊作に成長させる神聖な超豊穣効果」が満ちあふれ、蒔いた野菜の種がわずか数時間で青々と熟した野菜を実らせたのである!
「な、なんじゃこれはーっ!? 寒波の最中だというのに、温室の中で野菜が爆速で実っておるーっ!?」
食料難が一瞬にして解決したばかりか、後に「凍った湖で遊べる絶景レジャー地」として評判が広まり、村は大人気スポットへと変貌を遂げることになるのだった。
◇
一方その頃——ルークたちが氷上レジャーと温室野菜を満喫している頃、街道の関所においては地獄のような光景が広がっていた。
「ぬああああっ! 遅い! 遅すぎるぞ!! なぜ『予言の男』の馬車は一向にここを通らんのだーっ!!」
極寒の吹雪の中、第4将軍バルバトスは狂ったように叫んでいた。
氷点下の猛吹雪の中、何日も突っ立ったまま検問させられている部下の魔物たちは、寒さと疲労で限界を迎えていた。
バルバトスはイライラを抑えきれず、震える部下たちに猛烈な八つ当たりを始めた。
「貴様らの見張りが甘いからではないのか!? ええい、気合が足りん! 全員そのまま氷漬けになって見張りを続けろーっ!!」
その理不尽な怒声が響いた瞬間、寒さと過酷な扱いに耐えかねた部下たちの不満が限界突破した。
「やってられるかーっ! 俺は田舎に帰るぞーっ!!」
「もうついていけねえぇぇぇーっ!! こんな寒い場所でやってられるかーっ!!」
部下たちは吹雪の中へ雪崩のように逃げ去った。
バルバトスはしばらく呆然と立ち尽くし、やがてぽつりとつぶやいた。
「……俺、今日の昼飯まだなんだが……」
たった一人、寂しく凍える関所に置き去りにされたバルバトスは、虚しくお腹を鳴らしながら魔王城へと帰還するしかなかった。
◇
その頃、村の温室で新鮮な野菜を味わっていたルークたちの耳に、街道からやってきた行商人の声が聞こえてきた。
「おい聞いたか? 街道を封鎖していた魔王軍の関所、上司の八つ当たりに耐えかねた部下たちが全員逃げ出して、完全に無人になったそうなんだよ!」
それを聞いたアイリスは、驚きと共に静かにルークへと視線を向けた。
(……なるほど! ルーク様があえて関所を素通りしてこの村に降り立ち、数日間滞在されたのは、極寒の中で不毛な検問を続ける敵の焦りと不満を限界まで高め、内部崩壊を誘発するためだったのですね……!)
◇
魔王城——玉座の間。
「……部下に逃げられ、成果もなく戻ったと?」
魔王の冷徹な声が玉座の間に落ちる。
「幹部としての責務を果たせぬとは、恥を知れ」
「ヒ、ヒィッ! 魔王様、お許しを! 奴らがどこから抜けたのかさっぱり分からず……!」
「命は助ける。しかし罰として——城内の『全千か所のトイレ掃除』を一人で行え。磨き終わるまで眠ることも許さん」
「な、なんですとーっ!? この俺が……幹部であるこの俺が、トイレ掃除だと……!?」
雑巾とバケツを渡され、トイレへと追いやられたバルバトスの心の中に、魔王に対する猛烈な不満と憎しみがフツフツと燃え上がっていくのだった。
(くそっ……! 理不尽すぎるぞ魔王様……! 俺をこんな扱いにしやがって……いつか絶対に後悔させてやる……!!)
◇
数日後、活気あふれるルミナの村を後にし、ルークたちは再び馬車を北へと走らせていた。
車内で温かいスープを味わいながら、ルークは満足そうに微笑んだ。
「いやあ、スケートも穴釣りも楽しかったね! 温室のお野菜も美味しかったし、村のみんなが喜んでくれて、本当に良かったよ!」
その隣で、車窓の外に遠ざかっていくルミナの村と、神聖な防寒具を纏って軽快に空を飛ぶアルシオンを見つめていたアイリスは、深い尊敬の眼差しをルークに向けた。
「さすがルーク様でございます……。 凍てつく地にレジャーと農法の革命を起こし、敵将軍の陣営を戦わずして崩壊させるとは……。 まさに神算鬼謀、完璧なるご采配でございます」
(ええーっ!? い、いやいや、敵将軍って誰のこと!? 僕はお魚釣りとスケートをして、温かい野菜が食べたかっただけなんだよーっ!)
ルークは心の中で激しいツッコミを入れつつ、引きつった笑顔でスープを飲み干し、相変わらずのすれ違いに胃のあたりをそっと押さえるのだった。




