運だけで極寒の雪山に突入したので、優雅にサウナを楽しみました
魔王の激昂はもはや怒声すら超え、静かな殺意へと昇華していた。
上空からの飛行魔物部隊による捜索網、地上の厳重な関所、そして水底に潜伏させた極秘の潜水部隊。
陸・海・空のあらゆるルートに張り巡らせた絶対の罠が、すべて「原因不明の自滅と壊滅」という不条理な結末を迎えたからである。
「預言者よ……。奴らは今、どこにおるのだ……?」
魔王の静かな問いかけに、平伏する預言者は全身をガタガタと震わせながら水晶玉を覗き込んだ。
「ひ、ひぃっ! 予言によりますと、例の男たちはさらに北上を続け……年中猛吹雪が吹き荒れる絶対の死の山脈『極寒の銀嶺地帯』の麓へと足を踏み入れました……!」
「極寒の銀嶺地帯だと……? フハハハ、自ら死地へと飛び込んだか!」
魔王は凶悪な笑みを浮かべ、玉座から立ち上がった。
「あの山脈は、生身の人間ならば数分と経たずに凍死する死の世界! 直ちに氷魔法の精鋭で構成された『氷結師団』を出撃させ、雪山要塞より絶対零度の吹雪を降らせよ! 奴らを永遠の氷漬けにしてしまえーっ!!」
魔王の命を受け、精鋭の氷結師団が山頂の要塞へと即座に陣を張ったのだった。
◇
一方、中魔素エリアの最深部、猛吹雪が吹き荒れる『白銀の村シュネー』の入り口において、ルークたちは馬車を停車させていた。
アルシオンが引く『空飛ぶスイートルーム馬車』の車内は、魔法冷暖房が心地よい温風を送り出しており、ルークは快適そのものの表情で窓の外を眺めていた。
しかし、ふと外で馬車を繋いでいるアルシオンの姿が視界に入ると、ルークは心配そうに眉をひそめた。
「うわあ……外はすごい猛吹雪だね。馬車の中は暖かくて快適だけど、外で頑張ってくれているアルシオンが寒くて風邪をひいちゃわないかな……?」
窓の外で力強く羽を休めているアルシオンは、本来が高山の過酷な環境に生息する伝説の聖獣であるため、この程度の寒さは本来平気であった。
だが、愛馬を気遣うルークの親心は止まらない。
「ちょっと麓の町の魔導具屋さんに行って、アルシオン用の暖かい防寒具を探してみよう!」
ルークはアイリスとともに麓の小さな魔導具屋を訪れた。
店主に向かって「一番温かくなりそうなアイテムはありませんか?」と尋ねると、店主は奥から埃をかぶった『発熱の小宝珠』と、売れ残っていた頑丈な厚手の毛布を出してきた。
「発熱の宝珠は温まるが、そのままじゃただのぬるい石だ。毛布にでも包んで使うといい」
「ありがとうございます! これでアルシオンの防寒着を作ってみるよ!」
安価で宝珠と毛布を購入したルークは、馬車に戻るとさっそく作業に取りかかった。
毛布をアルシオンの体に合わせた馬衣(馬用毛布)の形にハサミで切り揃え、中央に発熱の宝珠を配置して、手縫いで針と糸を走らせる。
その時、ルークの体に秘められた【運∞】のパラメータが密かに作動した。
ルークの適当な縫い目と糸の軌跡が、奇跡的な魔法陣のパターンを描き出し、ただの毛布と発熱の小宝珠が融合を果たしたのである。
眩い光が収まると、そこには美しい銀色の刺繍が施された『神聖防寒馬衣』が完成していた。
【運∞】の補正により、ただの防寒具は「周囲の極寒を無効化し、装着者の体力を自動回復させる絶対保温の神器」へと超進化を遂げていたのである。
さっそくアルシオンの背に完成した馬衣を着せてあげると、アルシオンは誇らしげに嘶き、嬉しそうにルークの頬をすりすりと擦り寄せた。
「よかった、すごく温かそうだね! これで雪山に入っても安心だよ!」
無邪気に笑うルークの横で、その馬衣から溢れ出る絶大な聖なる魔力を感じ取ったアイリスは、息を呑んで震えていた。
(……す、凄まじい防寒神器……! 市販の雑多な魔導具から、極寒の環境効果を完全に無効化する伝説の装備を一瞬で作り上げられるとは……! アルシオンへの深い慈愛と、完璧な環境対策……さすがルーク様です!)
◇
アルシオンの防寒対策を完璧に整えたルークたちは、村の様子を確かめるために村長のもとを訪ねた。
しかし、村長をはじめとする住民たちは、火の気のない寒々とした家の中で身を寄せ合い、ガタガタと震えていた。
「冒険者さん……見ての通り、この異常な猛吹雪のせいで薪の調達もできず、村の源泉も冷め切ってしまったのです……。このままでは村人全員が凍死してしまいます……」
村人の困窮を知ったルークは、前世で冬場に親しんでいた「ある至高の温まり方」を思い出していた。
(うーん、外がこんなに寒くて体が冷え切っている時は、熱々の美味しいスープを食べて、温かいサウナで汗を流して体を“整える”のが一番だよね!)
ルークは困惑する村長に向かって笑顔で提案した。
「村長さん、大丈夫ですよ! 僕たちが雪山の上で温かいスープとサウナを作ってきますから、準備ができたらみんなで温まりに来てください!」
「サ、サウナ……? 一体なんのことやら……!?」
首を傾げる村長たちを後目に、ルークたちは村人から分けてもらった木材や資材を積み込み、ホバー馬車に乗って雪山の中腹へと向かったのだった。
◇
猛吹雪が吹き荒れる雪山の中腹、見晴らしの良い高台に馬車を停車させたルークは、さっそくサウナ小屋の建設に着手した。
村人たちから分けてもらった頑丈な木材や資材を組み立て、気密性の高い小さな小屋を完成させると、中央に耐熱の石を積み上げた。
「よし、これでサウナ小屋は完成! あとはこの石を熱する熱源だけど……うーん、この岩壁の隙間からほんのり温かい風が吹いている気がするなぁ」
ルークは手にした鉄くわの先で、岩壁の小さな隙間をちょんと突いた。
その瞬間、ルークの【運∞】が猛烈に作動した。
ルークが何気なく突いたポイントは、雪山内部を流れる巨大な『地熱断層』の最も薄い膜の真上だったのである。
くわの先端がわずかに岩を穿った直後、地中深くに閉じ込められていた超高圧の熱脈が一気に開放された!
「ごおぉぉぉっ!!」
凄まじい地鳴りとともに、岩壁から極熱の湯気と地熱エネルギーが大爆発を起こして噴出した。
そして、その直上——雪山の頂上付近に築かれた隠れ要塞においては、恐ろしい悲劇が起きていた。
魔王軍『氷結師団』の魔導士たちが、村全体とルークたちを凍らせるための「絶対零度大魔法」の重厚な詠唱を完成させようとしていた、まさにその瞬間だったのである。
真下から突き上げてきた超高圧の地熱爆発と熱風が、氷結要塞の床を直接突き破った。
「な、なんだこの猛烈な熱気はーっ!?」
「あ、熱い! 氷結魔法陣が過熱反応を起こして暴走するーっ!?」
絶対零度の極冷魔力と、地底から噴出した超高圧の地熱が正面衝突を起こした結果、要塞全体を巻き込む熱核反応的な大爆発が発生!
さらに、その衝撃によって山頂の積雪が一気に融解し、大規模な熱湯雪崩となって要塞を呑み込んだのだった。
「ひええぇぇぇーっ! 助けてくれーっ!!」
氷結師団の魔物たちは、自らの魔法の暴走と湧き出た熱湯雪崩に巻き込まれ、何が起きたのか理解する間もなく一瞬にして全滅・蒸発していったのである。
一方、高台のサウナ小屋の前にいたルークは、足元から湧き出た大量の熱湯と湯気に目を輝かせていた。
「わあぁ! すごい! 岩の隙間から最高のお湯と熱風が湧き出てきたよ! これでサウナ小屋に極上のスチームが満ちて、外には露天風呂までできちゃった!」
無邪気に歓声をあげるルークの横で、アイリスは山頂からの大爆発とともに、熱湯雪崩に巻き込まれて流されてきた『魔王軍氷結師団の漆黒の鎧や武具の残骸』を見逃さなかった。
上空から落ちてきた敵の紋章旗と崩壊した要塞跡を目にしたアイリスは、ハッと息を呑む。
(……あの装甲と崩壊した要塞は、魔王軍!? なるほど……ルーク様は山頂に潜伏していた敵の要塞と魔王軍の配置を完璧に把握し、その真下にある地熱脈を突いて一網打尽にされたのですね……!)
魔王軍が吹き飛んだことなど露ほども知らず大喜びするルークの横で、アイリスはまたしても一人で深い感動に震えるのだった。
◇
地底から地熱が噴出したことで、長年村を苦しめていた異常な猛吹雪は一瞬にして止み、雲の隙間から暖かい日光が差し込み始めた。
ルークに導かれて雪山の中腹へと登ってきた村人たちは、そこに誕生した「大露天風呂」と「サウナ施設」を目にして絶句した。
「な、なんだこれは……! 猛吹雪が止み、山から極上の温泉が湧き出ている……!?」
ルークは村人たちに熱々の「具だくさん野菜と肉のポトフ風スープ」を振る舞い、サウナと露天風呂の入浴方法を親切に教えた。
サウナでじっくりと汗を流し、温かい温泉に浸かった村人たちは、至福の表情で声を漏らした。
「お、おいおい……体の芯から温まって、疲れが吹き飛んでいくぞ……!」
「こんなに気持ちいい体験は生まれて初めてだ……! 頭がすっきりして“整う”感覚がわかるぞーっ!」
極寒の村に「サウナと温泉と熱々スープで冬を乗り切る」という革新的な健康文化が誕生した瞬間であった。
◇
数日後、すっかり活気を取り戻した白銀の村シュネーを後にし、ルークたちは再び馬車で先を目指していた。
車内のソファで冷えたジュースを飲みながら、ルークは満足そうに息をついた。
「はぁ〜、サウナも温泉も最高だったなぁ! 村のみんなも喜んでくれたし、本当に寄り道して良かったよ!」
その隣で、車窓の外に遠ざかっていくシュネー村の雪山と、神聖な防寒具を纏って軽快に空を飛ぶアルシオンを見つめていたアイリスは、深い尊敬の眼差しをルークに向けた。
「さすがルーク様でございます……! 魔導具屋の掘り出し物からアルシオンの神聖防寒具を生み出されたのみならず、雪山に潜伏していた魔王軍氷結師団の直下にある地熱脈を寸分違わず撃ち抜いて敵要塞を消滅させ、さらには村人に『サウナ』という究極の癒やしを授けられるとは……。まさに完璧なるご采配、神の如きご深謀にございます!」
(ええーっ!? い、いやいや、魔王軍の氷結師団って何のこと!? 僕はお風呂に入って体を温めたかっただけなんだよーっ!)
ルークは心の中で激しいツッコミを入れつつ、引きつった笑顔でジュースを飲み干し、相変わらずのすれ違いに胃のあたりを軽く押さえるのだった。




