運だけで廃れた鍛冶街を救ったら、鉄鋼の近代革命が起こりました
黒水晶が鈍い光を反射する魔王城の玉座の間において、魔王の怒気は留まるところを知らなかった。
激高した魔王の視線の先には、恐縮して床に伏せる預言者の姿があった。
「ええい、使えぬ部下どもめ! 上空からの捜索網を簡単に潜り抜けられるとは、何たる失態だ! 預言者よ、奴は今どこにおるのだ!」
魔王の咆哮に全身を小さく震わせながら、預言者は手元の水晶玉を必死で覗き込んだ。
「は、ははっ! 予言によりますと、例の男は間違いなく『南から馬車に乗って』北上を続けております……!」
「南から馬車で北上だと……? 空がダメなら今度は地上だ! 南からの街道沿いに厳重な関所を築き、通る馬車を残らず検問して粉砕せよーっ!!」
魔王の命を受けた地上軍の大部隊が即座に動き出し、南から続く街道の要所に巨大な関所を建設したのだった。
◇
地上の街道においては、魔王軍が建設した関所のせいで大混乱が生じていた。
恐ろしい魔王軍の関所ができたという噂は瞬く間に広がり、関所を通ろうとする者など誰一人としていなかった。
捕まって命を落とすことを恐れた行商人や民衆の馬車は、不安そうに様子見をしながら立ち往生していた。
その結果、街道の遥か手前において、逃げ場のない大渋滞が形成されていたのである。
立ち往生を余儀なくされた人々は、遠くに見える魔王軍の鋭い槍や刃を目にし、絶望的な表情で溜息を漏らすばかりであった。
しかし、その頃。
雲を突き抜けたはるか上空においては、白銀の天馬アルシオンが引き連れる『空飛ぶスイートルーム馬車』が、優雅かつ滑らかな走行を続けていた。
車内は完全な自動冷暖房により心地よい室温に保たれ、ルークとアイリスは冷えた果実ジュースを手にしながら、車窓から広がる青空の絶景を眺めていた。
ふとルークが車窓から遥か下方の地上を覗き込むと、雲の隙間から、関所の数キロ手前で立ち往生する大勢の馬車群と、街道を塞ぐ魔王軍の関所の姿が視界に入った。
「うわあ……。下の街道、なんだかたくさんの馬車が数キロ手前で立ち往生しているね。関所のせいで誰も通れなくて困っているみたいだなあ」
心配そうな声をあげるルークに対し、アイリスも真剣な眼差しで眼下を見つめた。
その時、馬車の後部にルークが置いていた硬いガラクタの塊が、風に煽られて外へと落ちていった。
はるか下方においては、凄まじい確率の連続連鎖事故が巻き起こっていた。
高空から落ちた硬いガラクタの塊は、寸分の狂いもなく、関所で威圧的に剣を抜いていた魔王軍兵士の頭部を垂直に直撃した。
激しい衝撃を受けた兵士は、目まぐるしい眩暈を起こして前方に突っ伏した。
その際、兵士の手から離れた鋭い剣が不運な軌道を描き、目と鼻の先に立っていた魔王軍部隊長の胸元へ一直線に刺さったのだった。
鮮血を散らして急所を突かれた部隊長が倒れ込むと、周囲の魔物たちは騒然となった。
「た、隊長が殺されたぞーっ! 兵士の反乱だ! 内部分裂だーっ!!」
パニックに陥った魔物たちは互いに疑心暗鬼となり、乱闘状態へ突入した後に、恐怖のあまり関所を捨てて蜘蛛の子を散らすように一斉に逃走を開始した。
わずか一瞬にして、厳重だった関所はもぬけの殻と化したのだった。
数キロ手前で様子見をしていた民衆たちは、上空の馬車とそこから落とされた物体、そして関所内で起きた大混乱を遠目で目撃していた。
恐る恐る関所へと近づき、敵が全滅して街道が完全に開放されたことを確認した人々は、空を見上げて歓喜の声を張り上げた。
「空飛ぶ勇者様だ! 空飛ぶ勇者様が、空から天罰を下して僕たちを助けてくださったぞーっ!!」
地上から湧き上がる大歓声を耳にしながら、上空を通過するルークは呑気に首を傾げていた。
自身の起こした連鎖事故の真相など知る由もないルークは、そのまま悠々と空の旅を続けるのだった。
◇
空飛ぶ馬車は雲海を滑るように進み、目的地の『鍛冶の村アイアンデール』の上空へと到達した。
かつて高品質な鉄製品や強力な武具の産地として名を馳せたこの村は、山間に位置する静かな集落であった。
アルシオンが優雅に羽ばたきを緩め、馬車は村の中央広場へと静かに舞い降りた。
しかし、着陸した2人が目にしたのは、活気とは程遠い静寂であった。
煙突から煙が立ち昇る工房は一つもなく、村人や職人たちは力なく路肩に座り込んでいた。
事態を把握するため、ルークとアイリスは村で唯一明かりのついていた鍛冶工房を訪ねた。
工房内には若い職人たちが集まり、打撃音の響かない冷え切った炉の前で落胆していた。
ルークは声をかけた。
「すみません、長旅で馬車のネジや補修パーツが少し緩んでしまって……。あと自分たちの装備を整える工具も新調したいのですが、作業をお願いできますか?」
対応に出た若い職人は、力なく首を振った。
「申し訳ありません、冒険者さん……。今の俺たちには、まともなネジ一つ作れる技術がないんです」
アイリスが不審そうに問いかけた。
「技術がないとはどういうことですか?」
若い職人は苦い表情で事情を説明し始めた。
「数十年前、鉱山に濃密な魔素が溜まり、強力なモンスターが巣食ったせいで、鉱山が完全閉山になってしまったんです。長期間にわたって鉱石が手に入らなかったため、技を持っていたベテランの親方たちは高齢で全員引退してしまいました。俺たち若手は、鉱石を扱う練習すらできないまま放置され、村の技術継承が完全に途絶えてしまったんです……」
若い職人の言葉を聞いたルークは、自分の懐にあるアイテムを思い出して手を叩いた。
「なるほど……。要するに、鉱山が復活して鉱石が手に入れば、みなさんも練習を再開して技術を取り戻せるんだね!」
「ええ、理論上はそうですが……あのモンスターの巣窟となった鉱山を解放するなんて、到底不可能です」
「それなら僕たちに任せてよ! すぐに鉱山をキレイにしてくるからさ!それに強力なモンスターがいるならレベルアップにもちょうど良いしね!」
ルークは頼もしく笑みを浮かべ、すぐさま鉱山の解放に向かうのだった。
◇
空飛ぶ馬車に乗り込んだルークたちは、山奥に存在する鉱山の入り口へとひとっ飛びで移動した。
鉱山の洞窟前には、暗黒の魔素が雲のように立ち込め、内部からは恐ろしいモンスターの気配が漂っていた。
ルークは馬車のストレージから、『浄化の宝珠』を取り出し、洞窟の奥へと静かに転がした。
次の瞬間、宝珠から放たれた眩い聖なる光が洞窟全体を包み込んだ。
溜まっていた不気味な魔素が一瞬にして霧散し、洞窟内は澄み切った清らかな空気へと浄化されたのだった。
魔素の加護を失って混乱した奥地の大型モンスター『溶岩魔蠍マグマスコーピオン』が、巨躯を揺らして洞窟外へと姿を現した。
全身を赤熱した甲殻で覆った巨大な蠍型モンスターは、威嚇するように巨大な鋏を打ち鳴らした。
「アイリス、一気に行こう!」
「はい、ルーク様!」
前線へ踏み出したアイリスの後方から、ルークは静かに手をかざした。
「『攻撃力上昇』! さらに『防御力上昇』!」
ルークの体内に秘められた【運∞】が即座に作動し、確率を超絶凌駕する最大クリティカル補正のバフが放たれた。
七色のオーラを纏ったアイリスは、地面を強く蹴って高速で跳躍した。
オリハルコンの剣から解き放たれた極上の斬撃が、大型モンスターの頑丈な甲殻を紙のように易々と一刀両断した。
絶叫をあげる隙すら与えられず、モンスターは一瞬にして消滅ドロップしたのだった。
戦闘貢献度計算により、ルークとアイリスに膨大な経験値が分配され、ステータス画面のレベルの数値がさらに上昇した。
こうして、鉱山の安全は一瞬にして確保され、高品質な鉄鉱石の採掘が再び可能となったのだった。
◇
大量の鉄鉱石を馬車に積み込み、村へと戻ったルークたちであったが、若い職人たちの表情は依然として暗いままだった。
採掘された鉄鉱石を前にしながら、若手職人は溜息を漏らした。
「鉱石を持ってきてくれたのは感謝します……。でも、いざ炉に火を入れて作ろうとしても、俺たちの拙い技術じゃ火力が足りず、不純物が混ざって折れやすいナマクラしか作れないんです。これじゃ製品として売り物になりません……」
加熱された鉄から不純物を取り除くには、熟練の職人が長年の勘で火加減と打撃を調整する必要があった。
技術の途絶えた若手たちでは、強度の高い鋼鉄を作り出すことが出来なかったのである。
その様子を見ていたルークは、前世の知識を思い起こした。
(うーん、不純物が混ざって火力が足りないのか……。前世の歴史で見た製鉄の仕組みだと、風を休まず送り続けて温度を上げることと、石灰石を混ぜて不純物を浮かせる方法があったよね)
見かねたルークは、若い職人たちに向かって優しく声をかけた。
「ねえ、手作業でふいごを吹く代わりに、川の力を利用して休みなく風を送り続ける仕掛けを作ってみたらどうかな? それと、鉄を溶かす時に石灰石を少し混ぜてあげると、不純物が固まって上に浮いてくると思うんだよ」
若い職人たちは目を丸くした。
「えっ……? 風を連続で送り続ける仕掛け……? 石灰石を混ぜる……!?」
ルークは木材や金属の廃材を組み合わせ、簡易的な風力連続送風装置の組み立てを開始した。
すると、ここでもルークの【運∞】が発動した。
適当に組み合わされたはずの歯車と羽構造が、抵抗や風力変換率において完璧な黄金比を描き出し、常識外れの風力を生み出す最高効率の送風装置へと変貌したのだった。
さらに、近くの山で拾ってきた石灰石を炉に投入し、新しく完成した送風装置で風を送り込むと、炉内の温度はかつて見たこともない白熱の超高熱へと達した。
「す、凄まじい火力だ……! 鉄鉱石が一瞬でドロドロに溶けていくぞ!?」
職人たちが歓声をあげる中、溶けた鉄の表面に、不純物が塊となって滑らかに浮き上がってきた。
不純物を簡単に取り除いた後、型に流し込んで冷却された鉄は、不純物率0%の強靭極まる最高品質の鋼鉄へと生まれ変わっていたのである。
「な、なんだこの鋼鉄はーっ!? 軽くて頑丈で、折れる気配すら全くない! 親方たちの作った全盛期の鉄すら遥かに凌駕しているぞーっ!!」
経験や勘に頼らずとも、最新の高炉と不純物除去の技術により、若手職人であっても最高品質の鋼鉄を量産できる環境が一瞬にして完成したのだった。
◇
近代的な製鉄技術を獲得した『鍛冶の村アイアンデール』は、一瞬にして爆発的な活気を取り戻した。
覚醒した若手職人たちは活き活きと作業に励み、ルークの求めていた補修パーツや、ネジ、最高級の精密工具があっという間に組み上げられていった。
村の広場では大豊作となった野菜料理や冷えた果実ジュースが振る舞われ、村人たちはルークを囲んで盛大な宴を開催した。
手に入れた頑丈な工具セットを愛おしそうに撫でながら、ルークは満足そうに微笑んだ。
「いやあ、これで馬車のメンテナンスもバッチリだし、最高の工具が手に入って本当に良かったよ!」
その隣で、完成した最新式の高炉と村人たちの笑顔を見つめていたアイリスは、感銘に震える眼差しをルークへと向けた。
「さすがルーク様でございます……! 技術の絶えた村に『近代製鉄の技術革新』をもたらし、産業の未来そのものを救われるとは……。まさに神算鬼謀、真の指導者にふさわしいご手腕でございます!」
(ええーっ!? いやいや、馬車のネジを締め直す工具が欲しかっただけなんだよーっ!)
ルークは心の中で激しいツッコミを入れながら、引きつった笑顔でジュースを口に含み、胃のあたりの違和感を宥めるのだった。
完璧な整備を施し、さらなる補修パーツと工具を積み込んだルークたちは、空をも飛べるようになった超快適なホバー馬車に乗り込み、さらなる危険が待ち受ける中魔素エリアの深部へと出発するのだった。




