運だけで伝説の馬を仲間にしたら、馬車が空を飛びました
中魔素エリアへと足を踏み入れたルークとアイリスは、新しく完成したホバー馬車を走らせていた。
周囲の樹木は徐々に太く巨大なものへと変化し、大気に含まれる魔素の密度も確実に濃くなり始めていた。
しかし、快適な車内に身を置く2人にとって、長旅の過酷さは皆無であった。
夕刻が近づいた頃、馬車は山間を抜ける街道沿いで、きわめて見晴らしの良い高台へと差し掛かった。
眼下には広大な森林地帯と曲折する河川が広がり、西の空には燃えるような夕焼けが美しく広がっていた。
ルークは車窓からの絶景を目にし、心から感嘆の声を漏らした。
「すごい眺めだね……! アイリス、せっかくだから今夜はこの高台でキャンプにしようか」
「はい、ルーク様。これほど見晴らしが良く美しい場所であれば、野営にはうってつけでございますね」
馬車を安全な場所に停車させると、2人は野営の準備に取りかかった。
ルークが周囲の森へ少し足を向けると、自身の持つ【運∞】のパラメータが即座に作動した。
仕掛けを施すまでもなく、丸々と太った極上の野鳥が足を滑らせてルークの目の前に落下してきたのだった。
「よし、新鮮な食材も手に入ったことだし、今夜は美味しい料理を作ろう」
手に入れた野鳥の肉を丁寧に切り分け、エレノアから教わった各種の香草と熟成調味料を絶妙な配合で揉み込んでいく。
高台の広場に火を起こし、網の上で時間をかけて肉を焼き始めると、香ばしい油脂の薫りと香草の芳醇な香りが周囲一帯に立ち込めた。
完成した料理を口にしたアイリスは、目を丸くして感銘の声を漏らした。
「……素晴らしい美味しさです! 外側は香ばしく、内側からは極上の肉汁が溢れ出してまいります。エレノア様のお教えとルーク様の巧みな火加減が見事に融合しておりますね」
「あはは、エレノアさんに教わったタレの配合が本当に優秀なんだよ。冷えたジュースとも相性抜群だしね」
冷えた果実ジュースを傾けながら、2人は贅沢で穏やかな夕食の時間を心ゆくまで堪能した。
◇
夜が深まり、周囲が静寂に包まれた頃。
ルークは馬車内に備え付けられた温水シャワー室を利用し、長旅の汗をさっぱりと洗い流していた。
続いてアイリスがシャワー室に入り、しばらくして車内のリビングスペースへと戻ってきた。
シャワー上がりのアイリスは、濡れた銀髪をタオルで拭いながら、普段の重厚な甲冑や戦闘服とは異なる薄手の部屋着を身に纏っていた。
しっとりとした湯上がりの気配と、普段とは違う柔らかな雰囲気に、ルークの胸は大きく波打った。
(いつもは格好いい騎士様のアイリスだけど、髪を下ろして部屋着になると、すごく綺麗で女の子らしいな……)
思わず視線を泳がせるルークに対し、アイリスは無自覚な様子で柔らかい微笑みを浮かべ、ルークの隣へと静かに身を寄せた。
「ルーク様、温かいシャワーと快適な車内のおかげで、日中の疲れが完全に吹き飛びました。本当に夢のような空間でございますね」
ほのかな湯上がりの香りとアイリスの温もりが至近距離から伝わり、ルークの心拍数は激しく跳ね上がった。
「あ、ああ、気に入ってもらえて良かったよ! えーっと、喉が渇いたから、僕もう一杯ジュースを飲もうかな!」
ルークは照れを隠すために必死で会話をはぐらかし、慌てて立ち上がって魔導冷蔵庫へ向かおうとした。
その時である。
車窓の遠く、暗闇に包まれた夜空の彼方において、ルークの視線が異様な光景を捉えた。
月明かりを遮るように、巨大な暗黒の翼を持った魔物の群れが、集団で隊列を組んで上空を飛翔していたのである。
その禍々しい気配を感じ取ったルークは、即座に表情を引き締めた。
「アイリス、明かりを消して!」
「はい!」
アイリスも瞬時に察知し、車内の魔導ランプの明かりを全て消し止めた。
暗闇に包まれた車内から静かに外の様子を覗くと、無数の魔物たちはそのまま高空を通過し、遠くの方向へ飛び去っていった。
(あの魔物たち、明らかに意思を持って何かを探しているみたいだったな……。一体何が起きているんだろう)
胸に去来する不穏な予感に首をかしげながらも、ルークはアイリスとともに静かに夜を過ごすのだった。
◇
ルークたちが不穏な気配を感じていた少し前。
黒水晶で覆われた魔王城の玉座の間においては、魔王の苛立ちが頂点に達していた。
「ええい、不甲斐ない! 送り込んだ刺客も幹部どもも、誰一人としてあの英雄を捕らえられぬとは!」
魔王は激怒のあまり黒い絨毯を踏みつけ、控えていた魔王軍の幹部に向かって鋭い指令を下した。
「精鋭の飛行魔物部隊を直ちに放て! 空からの捜索網を張り巡らせ、何としてもその英雄の所在を突き止め、我が前へと引きずり出すのだ!」
「ははっ! 直ちに出撃させます!」
魔王の命を受けた飛行魔物部隊が世界中へ放たれたのだが、ルークたちが明かりを消して息を潜めたことにより、捜索隊はまんまとルークたちの馬車を見落として通り過ぎてしまったのであった。
◇
翌朝。
昨夜の魔物の群れに思考を巡らせつつも、ルークたちはホバー馬車を出発させ、目的地である『山麓の村』へと到着した。
しかし、村に入った2人が目にしたのは、活気とは程遠い深刻な情景であった。
村の中央広場では、村人たちが乾いた畑を囲んで落胆の声を漏らしていた。
事態を調べるため、ルークとアイリスは村長のもとを訪ねて事情を聴いた。
村長は深い溜息とともに、厳しい現状を語り始めた。
「実は、ここ最近の魔素の影響で、村の畑の野菜が全て枯れてしまい、深刻な食料不足に陥っているのです……。このままでは村全員が飢えてしまいます」
アイリスが真剣な表情で問いかけた。
「作物を復活させる手段はないのですか?」
「方法が無いわけではありません。この高山に留まる邪気を払い、大地を浄化する至宝『浄化の宝珠』があれば畑は蘇ります。それは山頂付近に生息する強力なモンスターが稀に落とす品なのですが……」
村長は悲しそうに首を振った。
「そのモンスターがいる場所は、魔素の届かない厳しい高山の上にあります。道中はゴツゴツとした岩肌が剥き出しで、馬車などは到底通行できません。徒歩で向かうとなれば往復に3日はかかります。しかも、足場が悪すぎて横になって休める場所すらないため、野営すら困難なのです」
村長の話を聞いたルークは、車外のホバー馬車に視線を送った。
地面から常に浮遊して進む自分たちの馬車であれば、ゴツゴツした岩場や厳しい急斜面など一切関係がない。
「村長さん、僕たちに任せてくれませんか? 僕たちの馬車なら足場の悪さは関係ありませんから、1日かからずに戻ってこられると思います」
「な、なんですと……!? 本当ですか冒険者様!」
こうしてルークとアイリスは、村を救うための討伐クエストを受注し、すぐさま山頂を目指して出発した。
◇
馬車による登山を開始すると、ホバー馬車はその真価を遺憾なく発揮した。
車体底部からの浮遊力により、尖った岩肌や途切れた山道であっても、車輪を取られることなく滑らかに標高を上げていく。
外部の御者台へと繋がる魔導糸を使い、快適な車内から直接手綱を操作するルークは、冷えたジュースを口にしながら快適に操縦を続けた。
徒歩なら丸一日以上かかる過酷な登坂路を、馬車はわずか半日足らずで登り切り、山頂の目的地へと到達した。
そこは雲が眼下に広がる広大な岩場であり、中央には猛烈な風を纏った大型モンスター『岩甲鳥サンダーバード』が陣取っていた。
全身を岩のような硬質羽毛で覆った巨大な鳥型モンスターは、進入してきた馬車を威嚇するように甲高い咆哮をあげた。
「アイリス、一気に決めよう!」
「はい、ルーク様!」
前線へ飛び出したアイリスの後方から、ルークは静かに手をかざした。
「『攻撃力上昇』! さらに『防御力上昇』!」
ルークの体内に秘められた【運∞】が即座に作動し、異次元の最大クリティカルバフが放たれた。
七色の光を纏ったアイリスは、目にも留まらぬ速度で空を舞い、オリハルコンの剣を一振りした。
閃光のような一撃が大型モンスターを切り裂き、敵は反撃の隙すらなく一瞬にして消滅ドロップした。
モンスターが消滅した跡には、目的の品である光り輝く『浄化の宝珠』が残されていた。
さらに、ルークはふと思いついた。
(待てよ……。もしこの先訪れる村や町でも魔素のせいで野菜が育たなくなっていたら、僕が旅先で美味しい野菜を食べたり果実ジュースを飲めなくなっちゃうじゃないか! それは絶対に困るぞ……!)
危機感を抱いたルークは、山頂周辺に生息していた同種のモンスターを片っ端からサクッと討伐することにした。
ルークの【運∞】が発動した結果、本来ならめったに落ちないはずの『浄化の宝珠』が、討伐した全てのモンスターから100%ドロップした。
しかも、ルークの過剰な運の影響により、ドロップした宝珠は全て「一瞬で大気を浄化し、作物を完熟・大豊作に成長させる神聖な超豊穣効果」が付与された最高品質の極上品だったのだ。
ルークは宝珠を大量に回収し、馬車のストレージへと積み込んだ。
「よし、これで予備の分もバッチリ確保できたぞ!」
「さすがルーク様です……! 今後の旅路で出会うであろう困窮した人々を見越し、広域救済のための物資をこれほど大量にご準備されるとは……!」
(いや違うよ! 僕が美味しいジュースや野菜を食べ続けたいだけだよーっ!)
心の中で叫びつつも、無事に目的を果たした2人は下山を開始した。
しかし、下山を開始した直後、山の天気が急変した。
空全体が黒い暗雲に覆われ、激しい大雨が山肌を叩き始めたのである。
雨水を含んだ岩場は極度に滑りやすくなり、ホバー機能で浮いている馬車自体は問題なかったものの、前で馬車を引いていた馬が濡れた岩に脚を取られ、派手に滑って立ち往生してしまった。
立ち上がろうとするものの、恐怖と疲労で脚が震え、馬は一歩も前に進めなくなってしまったのだった。
「困ったな……。馬が怯えて動けなくなっちゃったよ」
ルークたちが雨の中で苦慮していた、その時であった。
暗雲の隙間から眩い一筋の光が差し込み、雨空を突き破って一匹の神秘的な動物が舞い降りてきた。
それは、純白の毛並みとユニコーンのような立派な角、そして背中に神々しい大きな翼を持った一頭の馬であった。
(な、なんだあの馬……!? 背中に羽が生えてる……!?)
降臨した神秘的な馬は、雨の中で怯える馬に優しく鼻先を寄せ、励ますようにすり寄った。
続いてルークの方へと歩み寄ると、まるで「自分がこの馬車を引く」と主張するように、力強い眼差しでルークを見つめてきたのだった。
「もしかして、代わりに馬車を引いてくれるの……?」
馬がコクリと頷くような仕草を見せたため、ルークは立ち往生していた馬を馬車から優しく外し、広くて温かい車内へと乗せて休ませてあげることにした。
そして、翼を持つ馬を馬車と繋ぎ合わせた。
次の瞬間、翼を持つ馬が大きな羽を力強く羽ばたかせた。
もともと超高純度の大魔石によるホバー機能で重量を感じない構造となっていた馬車は、馬の羽ばたきとともに浮き上がったのである。
「うわああっ!? 馬車が……空を飛んでるーっ!?」
ルークが驚愕の声をあげる中、馬車は大雨の降る雲を突き抜け、上空の青空へと一気に飛翔した。
雨に濡れることもなく、大空を滑るように進む『空飛ぶスイートルーム馬車』となった一行は、雲の下に見える村を目指して一瞬にして急降下し、そのまま何事もなかったかのように村の広場へと着地したのだった。
◇
上空から舞い降りてきた空飛ぶ馬車を目にし、村人たちは口ぐちに叫びながら集まってきた。
「な、なんだあの馬車は……!? 空から降りてきたぞ!」
「見てみろ、あの馬車を引いている馬の姿を……! 頭に角があり、背中に白い翼が生えている!」
それを見た老村長が、震える手で舞い降りた馬を指差した。
「間違いない……! あれはおとぎ話に伝わる伝説の聖獣『白銀の天馬アルシオン』だぞ! 滅多に人に懐かず、世界の危機に現れる『伝説の勇者様』にしか心を許さないとされる伝説の馬だ!」
村人たちが興奮冷めやらぬ様子でルークを讃え始める中、当のルークは呑気に首を傾げていた。
(へえー、アルシオンっていうんだ。格好いい馬だなあ。でも勇者様にしか懐かないなんて、ただのおとぎ話だよね。僕みたいな普通の冒険者に懐いてくれたんだからさ)
自身が勇者などとは微塵も思っていないルークは、村人たちの噂を完全なおとぎ話として聞き流した。
すぐさま村の畑へと移動したルークは、回収してきた『浄化の宝珠』を設置した。
すると次の瞬間、宝珠から解き放たれた神聖な光が大地を包み込み、蓄積されていた魔素が瞬時に潤沢な生命力へと変換された。
枯れ果てていた畑が一瞬にして瑞々しい緑の葉で埋め尽くされ、色鮮やかな完熟果実や大粒の野菜が溢れんばかりに実ったのだった。
「な、なんだこれはーっ!? 枯れていた作物が一瞬で完熟して実ったぞーっ!!」
村人たちは目を見張り、歓喜の声をあげて抱き合った。
感動した村長と村人たちから、大豊作となった採れたてのみずみずしい果実や野菜が「命の恩人様へ!」と惜しみなく提供され、ルークは大喜びでそれを受け取った。
これまで馬車を引いてがんばってくれた馬は、足を痛めたことも考慮し、村の広々とした優しい牧場にて引き取られ、『勇者の馬』として大切に育てられることになった。
「ここまで連れてきてくれてありがとう」
ルークが優しく撫でると、白馬は嬉しそうに鼻を鳴らした。
こうして、伝説の天馬アルシオンを新たな仲間に迎え、大量の『浄化の宝珠』と新鮮な食材を積み込んだルークたちは、空をも飛べるようになった超快適なホバー馬車に乗り込み、さらなる危険が待ち受ける中魔素エリアの深部へと出発するのだった。




