運だけで数千人から、王都の英雄として送り出されました
国王直々の命により、王都を襲うはずだった大規模テロを未然に防いだ大英雄として、ルークたちの出陣は国を挙げた盛大な儀式として執り行われることとなった。
王都グランヴィルのメインストリートには、英雄を一目見ようと集まった数千人を超える民衆が溢れかえっていた。
沿道を埋め尽くす群衆からは惜しみない歓声と拍手が送られ、色とりどりの花びらが空を舞い踊っていた。
出陣式のために色鮮やかな花飾りや絢爛な垂れ幕で華やかに彩られた自分たちの馬車。
その見慣れた御者台の上で大勢の民衆から脚光を浴びる状況は、前世で目立つことすら避けて生きてきたルークにとって、胃が痛むほどの緊張を強いるものだった。
「ルーク様、素晴らしい歓声ですね。王都の誰もがルーク様の偉業に感謝しております」
隣に立つアイリスは、凛とした態度で腰の剣に手を添え、誇らしげに胸を張っていた。
人混みの前列に視線を向けると、そこには王都の高等魔法学校の制服に身を包んだエレノアの姿が存在していた。
エレノアは可憐な笑みを浮かべ、どこか誇らしげな眼差しでルークとアイリスに向かって手を振っていた。
「ルーク様、アイリス様。お気を付けていってらっしゃいませ。朗報をお待ちしております」
声は歓声にかき消されていたが、口の動きでその言葉が明確に読み取れた。
ルークは照れくささに苦笑いを浮かべながら、小さく手を振り返した。
◇
白く巨大な王都の外門をくぐり抜けると、背後から響いていた凄まじい歓声と熱気が、重厚な石造りの城壁によって遮断された。
街道を進むにつれて周囲には穏やかな静寂が訪れ、車輪が土を踏みしめる一定の音と風のそよぐ音だけが残された。
ルークは大きく息を吐き出し、ようやく肩の力を抜いて息を整えた。
「ふう……緊張した。まさかあんな盛大なパレードで見送られることになるなんて思いもしなかったよ」
「ルーク様の成し遂げられた功績を考えれば当然の待遇です。ですが、ようやく静かになりましたね」
アイリスも柔らかな表情を見せ、前方の地平線へと視線を向けた。
ここから目指すべき魔王城までの道のりは、果てしなく遠い。
馬車を進めたとしても、順調にいって2ヶ月から3ヶ月はかかる見込みだった。
すでに世界中から多くの有力な冒険者たちが名乗りを上げ、魔王城を目指して旅立っていると聞く。
(僕たちが到着する前に、誰か他の凄い冒険者が魔王を倒してしまうかもしれないな……)
そんな弱気な考えが頭をよぎったルークだったが、隣に座るアイリスの横顔に視線を移した。
アイリスの瞳には、かつて故郷や大切な存在を奪われた悲しみを乗り越え、魔王を討ち果たすという強い意思と真剣な光が宿っていた。
(僕自身は戦うのが怖いけれど……アイリスの真剣な目を見ていると、やっぱり彼女の長年の夢は叶えてあげたいな)
ルークは心の中で密かに覚覚悟を新たにした。
◇
長旅を進めるにあたり、現実的な懸念事項について整理を始めることにした。
まず資金面に関しては、一切の心配が存在しなかった。
これまでにレアモンスターの討伐や発明のロイヤリティで蓄えた金貨に加え、先ほど国王から直接賜った軍資金の金貨500枚が加わった。
手元の総資産は金貨600枚を大きく超えている。
この世界の金貨600枚という金額は、王都の一等地にある豪邸を購入して一生遊んで暮らせるほどの莫大な価値を持っていた。
旅の途中で宿を取るにしても、食材や備品を調達するにしても、金銭的に不自由することなどあり得なかった。
食事に関しても問題はなかった。
馬車には快適なキッチンスペースとシンクが完備されており、王都に滞在している間に、料理が得意なエレノアから簡単な調理手順や味付けのコツを伝授されていた。
「資金も食料も万全だね。……ところでアイリス、これから魔王城を目指すにあたって、パーティーメンバーを増やすべきかな?」
ルークは素朴な疑問を口にした。
回復魔法を専門とする僧侶や、広範囲攻撃が得意な攻撃魔法使いなど、前衛と後衛のバランスを整えるために新たな仲間を募るという選択肢も考えられた。
しかし、アイリスは迷いのない瞳でルークを見つめ、力強く首を横に振った。
「いいえ、ルーク様。私にはルーク様が一緒にいてくだされば、それだけで十分です。ルーク様の底知れぬお力と深遠な知謀があれば、他の者を加える必要など全く存在しません」
アイリスの絶対的な信頼と、どこか他の者を踏み込ませたくないような強い意思を感じ取り、ルークは苦笑しながら
「そっか、分かったよ」
と頷くのだった。
◇
次に直面した課題は、自分たちの戦闘力とレベルの底上げについてだった。
この世界におけるレベルの上限値は999と定義されている。
現在、ルークとアイリスのレベルはレアモンスター討伐によって急上昇し、Aランク冒険者の基準である300を少し超えた315付近に位置していた。
アイリスが魔王討伐に向けて急ぐ気持ちを抱いていることは理解できたが、ルークとしては慎重を期したかった。
「魔王との戦いに挑む以上、できる限りレベルを上げて万全の状態で臨みたいと思うんだ」
「仰る通りです、ルーク様。ですが、レベル上げを行うには相応の強さを持つ魔物を倒す必要がありますね」
この世界のシステムとして、自分と同等かそれ以上の強さを持つ魔物を倒さなければ、十分な経験値を得ることができない仕組みになっていた。
格下の魔物をどれほど倒しても、レベルの上昇率は極めて微小なものにとどまる。
魔王城に近づくにつれて、大気に含まれる魔素の濃度が比例して高くなっていくことが知られていた。
魔素濃度の高い地域に生息する魔物は、体躯が巨大化し、狂暴性と攻撃力が飛躍的に上昇する。
その分、討伐した際に得られる経験値も極めて膨大なものとなるのだ。
「それなら、魔王城に近づきながら、現れる強敵を倒して順次レベルを上げていく方針で進もう」
「はい、ルーク様。どのような強敵が現れようと、ルーク様と共にお供いたします」
方針が決まったルークたちは、まずは街道の先にある次の村を目指して馬車を進めることにした。
莫大な軍資金と最高の環境を備えた馬車に乗り、ルークとアイリスの2人による、真の魔王討伐への旅路が静かに始まるのだった。




