運だけで爆釣し、魔王軍に食料革命を起こしました
大都市グランデを出発し、王都へと続く街道を順調に進むルークたち3人。
馬車の中に設置した完成したばかりのキッチンスペースと温水シャワーのおかげで、1ヶ月におよぶ予定の長旅は驚くほど快適なものとなっていた。
太陽が傾き始めるにはまだ早い時間帯だったが、街道の脇に広がる透明度の高い美しい湖と緑豊かな風景を目にしたアイリスが、御者台から声をあげた。
「ルーク様、見てください。とても素晴らしいロケーションの湖ですよ。少し早い時間ですが、今日はこの湖畔でキャンプにしませんか?」
向かいの席のエレノアも嬉しそうに窓の外を覗き込んだ。
「まあ、素敵な場所ですね。湖で新鮮な魚が獲れれば、今夜は出来立ての魚料理を作ることができますよ」
「いいね、今日はここでゆっくり過ごそう」
ルークたちは街道を外れて湖畔へと馬車を寄せ、早めの野営の準備を始めることにした。
ルークとアイリスは近くの森へ入り、仕掛けに使うための小さな虫を数匹捕まえると、前の街で買い込んでおいた折りたたみ式の釣り竿を取り出した。
針に捕まえた虫を丁寧にセットし、湖面へ向かって糸を投げ入れた。
前世では釣りなど一度も経験したことがなかったルークだったが、ここでも彼の持つ【運∞】の力が恐ろしいまでの引き寄せ効果を発揮した。
適当に投げ入れた仕掛けに対し、湖に生息する魚たちが引き寄せられるように集まり、自ら針に喰いついてきたのだ。
ルークが竿を軽く引き上げると、そこには市場でも滅多にお目にかかれない高級魚『ニジマスモドキ』が跳ねていた。
さらに糸を投げ入れるたび、1秒と置かずに巨大な魚や超絶レアな淡水魚が次々と針にかかり、完全な入れ食い状態となった。
わずか5分の間に、用意していた大きなバケツ3個が魚で満杯となり、地上にまで溢れ出すほどの超大漁となった。
「凄いです、ルーク様。仕掛けを投げ入れた瞬間に高級魚が次々と釣れるなんて、まるで水面の下で魚たちが順番待ちをしているかのようです」
「ルーク様は釣りの腕前まで超一流なのですね」
アイリスとエレノアから感嘆の眼差しを向けられ、ルークは引きつった苦笑いを返すしかなかった。
◇
釣れた大量の魚を前に、エレノアは袖を捲り上げて腕を振るい始めた。
馬車の中に設置された便利なシンクで魚の手際よい下処理を行い、湖畔に起こした焚き火と馬車内の魔導コンロを駆使して本格的な調理を進めていく。
しばらくすると、香ばしいハーブの香りと魚の旨味が凝縮された豊かな匂いが、湖畔全体へと風に乗って優しく漂い始めた。
串に刺して黄金色に焼き上げられた魚の塩焼きに、魚の出汁がたっぷり出た濃厚な特製スープ。
「完成いたしました。ルーク様、アイリス様、温かいうちにどうぞ」
「とても美味しそうだね。いただきます」
ルークたちが焼き立ての魚料理に口をつけようとした、まさにその時だった。
◇
湖畔の暗がりから、不気味な足音と柄の悪い笑い声が近づいてきた。
「妙に鼻を刺激する美味そうな匂いが漂ってくると重えば、見慣れない少年1人と女2人の旅行者ではないか」
草むらを押し分けて現れたのは、不気味な甲冑と武器を身につけた5人の魔物だった。この周辺の地域を密かに調査していた、魔王軍の末端である下っ端兵士たちだった。
彼らは鼻をひくつかせ、焚き火の上に並べられた豪華な魚料理を目にすると、強欲な笑みを浮かべた。
「カモがネギ背負ってやってくるとはまさにこのことだな。俺たちは魔王軍の兵士様だ。命が惜しくなければ、その美味そうな食い物も、持っている金もすべてここに置いていけ」
下っ端兵士たちは武器を振りかざし、威嚇するように一斉にルークに襲いかかってきた。
(大変だ。魔王軍の兵士だ)
ルークは慌てて身を引いた。
ルークがパニックになって足がもつれて身をかがめた瞬間、兵士たちが振り下ろした刃は頭上を空切りし、勢いあまった兵士同士が激しく衝突した。
そのまま5人の魔物たちは地面にひっくり返ってしまった。
「今の身のこなし、こいつ只物ではない!」
倒れた魔物たちにすかさずアイリスの剣が鼻先に伸びた。
「命だけはお助けください」
完全に戦意を喪失した下っ端兵士たちは、地面に頭を擦り付けながら必死に命乞いを始めた。
ルークたちが呆れ果てていると、倒れている彼らの腹部から、周囲に聞こえるほどの大きな虫の音が鳴り響いた。
「あの……みなさん、お腹が空いているのですか?」
エレノアが心配そうに尋ねると、兵士の1人が情けない顔で涙を流しながら訴え始めた。
「そうだ……。俺たち魔王軍の拠点で出される飯は、土みたいに泥臭いわずかな干し肉と、味のしないお湯みたいなスープばかりなんだ。毎日毎日不味い飯ばかり食わされて、いつもお腹を空かせているんだ」
その言葉を聞いた心優しいエレノアは、微笑みを浮かべて立ち上がった。
「それでしたら、まだたくさん焼き立ての魚もスープもありますから、どうぞ召し上がってください」
「本当にいいのか」
エレノアから手渡された魚の串焼きとスープを、兵士たちは半信半疑で口へと運んだ。
すると、一口食べた瞬間、兵士たちの目が限界まで見開かれた。
「美味い……。なんだこの感動的な美味さは。香ばしくてジューシーで、身体の芯まで旨味が染み渡る……」
「俺たち、こんな美味しい食べ物、生まれて初めて食べたぞ……」
あまりの感動に、下っ端兵士たちは涙を流しながら魚を貪り食った。
一通り食べ終えると、彼らはエレノアに向かって土下座をし、神に対するかのような尊敬の眼差しを向けた。
「お姉さん……いや、料理の女神様。命を助けてくれた上、こんな至高の料理まで食べさせてくれて、本当にありがとうございました」
エレノアは彼らに優しく語りかけた。
「人間に悪さをせず、真面目に暮していれば、いつでもこのような美味しい料理にありつけるのですよ」
「はい。俺たち、もう二度と人間に悪さはしません。これからは真面目に生きます」
完全に改心した下っ端兵士たちは、エレノアに何度も深く頭を下げ、晴れやかな表情で立ち去っていったのだった。
◇
山奥にある魔王軍の地方拠点の兵舎。
改心して戻ってきた下っ端兵士たちは、周囲の同僚兵士たちに向かって、興奮冷めやらぬ様子で語り散らしていた。
「おい聞け。人間たちの作る料理は、信じられないほど美味いぞ」
「あんな至高の料理が存在するのに、俺たちはなぜ毎日毎日、泥みたいな不味い乾物ばかり食わされているんだ」
その話を聞いた周囲の兵士たちの間で、日頃から蓄積されていた食事への不満が一気に爆発した。
「そうだ。俺たちにも美味い飯を喰わせろ」
「不味い飯の改善を求めるぞ。給食改革だ」
兵舎全体を巻き込む大規模な暴動と反乱が発生し、調理場の改修と食生活の改善を求めて兵士たちが声をあげ始めた。
報告を受けた拠点統率幹部のバルバトスは、頭を抱えて激怒し、狼狽していた。
「なにが起きているのだ……!? なぜ我が魔王軍の誇り高き兵士たちが、不味い飯への腹立ちで大規模な反乱を起こしているのだ……!?」
こうしてルークたちは、ただ湖畔で楽しく美味しい魚料理を食べただけだったのだが、またしても魔王軍の組織を内部から大混乱に陥れてしまうのだった。




