第37話 魔力の真実
シェリルは十日間の眠りから目覚めて以降の日々を思い出しながら、目の前にいる手際のいい医師の動きをぼんやりと眺めていた。
シェリルが意識を取り戻してからというもの、シオンがいない時は毎日メイドが何をするにも付き添っていた。
おそらくシオンの差金なのだろう。まるで行動や体調を逐一見張られているような感じだったが、療養が終わるまでは解放してもらえそうにないなと、されるがままに受け入れていた。
数日前の暖かな日差しが差し込む午後、リガードは勢いよくシェリルとシオンのいる客室の扉を開いたのだった。
「シオン!ようやくまとまったぞ!」
アンティークなソファに座っていたシェリルは、突然開いた扉に驚いて隣に座っていたシオンを思い切り押しのけた。シオンはシェリルに押しのけられ、今にも後ろに倒れそうになっており、シェリルもすぐに体勢を整えているが、その顔は耳まで赤くなっていた。
リガードは二人の反応を見て、ノックもせずに扉を開けたことを後悔すると、気まずそうに咳払いを一つしてから、話を始めた。
「突然開けてすまなかった…。えーっと、シェリルはもうすっかりよくなったようだね。しっかり療養ができたみたいで、よかったよ」
ヴァレンシア公爵邸での療養は一ヶ月近く続いていたが、シェリルは魔力量もかなり回復してきていて身体の調子も良くなってきているところだった。
「リガード様、長い間本当にありがとうございます。おかげで体調もいい感じです」
シェリルもリガードへそう告げると、深く頭を下げた。
「リガード、勢いよく部屋に入ってきたのは話があったからなんじゃないのか?」
シオンがリガードの方へ真剣な表情を向けると、リガードはシオンの方へと視線を向け直すと、シェリルとシオンを交互に確認した。
「そうなんだ。ついにお前たちの魔力についてある結論に辿り着いた。今から話すからよく聞いてほしい。」
そう言うと、二人の対面にあるソファへと腰を下ろした。
「ここまで数ヶ月、シオンから話を聞く前にも君たちの魔力については調べていたんだ。二人の魔力は本当に同じなのか?シオンの父親が言っていた『これまでの症例』と君たちは本当に同じなのか?って思ってね」
シェリルはリガードが自分たちの魔力について調査してくれていることを初めて知り、勢いよくシオンの方へと顔を向けた。
「シェリル、黙っててごめん。実はシェリルが目を覚ましてから、リガードに頼んで俺たちの魔力のことを調べてもらっていたんだ。リガードは王家の持つ資料もくまなく見ることができるからね。まあそれより前から動いてくれていたのは想定外だったけど。話を打ち明けた時、リガードからは『ようやく俺を頼ってきたか』って言われたよ。」
「そうだ、お前は俺に頼るのが遅すぎる」
呆れたようにそう言うと、リガードは手に持っていた書類をテーブルの上へ置き、シオンの方へと差し出した。
「結論から言うと、君たちの中に流れる魔力は同じだが、これまでの症例とは全く違う。なぜなら魔力を作り出すコアの部分は全く違うからだ。シオンは闇属性、シェリルは光属性。それがこれまでの症例と明らかに違う点だ。これまでの症例は、『一族の、同じ属性のもの同士の魔力』が交配することで、生まれてくる子供に影響が及んでしまうというものだった。昔稀にあった近親婚でのケースだが、実際に文献が残っている。でもお前たちは違う。むしろその逆だ。」
リガードは真剣な表情のまま、まるで射るような視線をシェリルとシオンへ向けながら話を続けた。
「光と闇の中でも特に、影魔力は光の影響を受けやすい。強い光があればあるほど影は強くなる。つまり、光と闇は表裏一体なんだ。お前たちが光属性と闇属性だったからこそ、過去に魔力が融合できたのだと考えられる。現に今回の事故でシェリルが融合した魔力を注いだ時に、シオンは諸共吸収しているんだ。本来なら少なからず反発を起こすはずだ。」
そこまでリガードが話したところで、シオンが初めて口を開いた。
「つまり、俺とシェリルが子供を持ったとしても、前例のようにはならないということか?」
「そうだ。それどころか、融合した魔力を持つもの同士から生まれる子供の魔力はとてつもなく大きくなる可能性すらある。王家の秘書庫にあった古い文献に、過去に一度お前たちのような魔力融合した者同士から生まれた子供ついての記述があった。生まれてきた子供は、膨大な魔力と共に二つの能力を持って生まれてきた、と記載されていた。だが、生まれるまでにその膨大な魔力と能力を定着させる必要がある。そこで出てくるのが聖女の存在だ」
「聖女…?」
シェリルはいきなり出てきた存在に思わず声を発した。
「そうだ。もし、孕った子供が二つの魔力を持ち、魔力量が膨大であれば子がお腹にいる間、定期的に聖女による魔力の浄化が必要になる。胎児のうちに定着していない膨大な魔力を調整する必要があるようなんだ」
「そうか…じゃあ、俺たちから生まれる子供は——」
「ああ、断言はできないが、お前が心配していたような状況にはならない可能性が高いと思う」
リガードが表情を緩めると、シオンも力が抜けたのか、ソファの背もたれにもたれかかった。シオンはシェリルの手を取ると、強く握りしめ、リガードの方へと顔を向けた。
「リガード、ここまで調べてくれて、本当にありがとう。どう礼を言えばいいか…。感謝してもしきれないよ」
「何を言ってるんだよ。当たり前だろう。それに俺ではなくこの文献を残した先人たちに感謝しろよ。それからもし、子供ができてもニイナ様ならきっと二人に手を貸してくれるはずだ」
シェリルは舞踏会の夜、二人で話をした時のことを思い出した。確かにリガードの言う通り、きっとニイナなら助けてくれるだろうと思ってしまう。自分勝手な気持ちに罪悪感を感じながらも、二人を隔てていた障壁がなくなり、まるで日が差し込んできたような安堵感で心は満ちていた。
「リガード様、本当に、ここまで調べてくださってありがとうございました」
シェリルはリガードへの感謝の気持ちを告げると、自然と涙が頬を伝ってゆく。シオンがシェリルの肩を抱きながら涙を拭うと、そんな二人を見たリガードは微笑みながら話を続けた。
「これで障壁はなくなったな。あとはシオン、お前の父親に真実を言うだけだな。」
「それは、俺が言いに行く。まあ何を言われても絶対にシェリルを手放す気はないけどね」
シオンはそう言うと、シェリルの手を握りしめた。




