↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/39

第35話 巡らす魔力

 翌朝からの任務は多忙を極めるものだった。

 

 今回は国境沿いで発生した瘴気への対処と魔物の群れを討伐するという大掛かりな任務だったが、前線部隊から続々とシェリルのいる後方のベース地へ転移魔法を使って負傷兵たちが送られてきていたからだ。

 

 それと引き換えに後方で待機していた部隊も前線へ送られ、シェリルのいるベース地にはほとんど騎士や魔導師は残っていなかった。


 前回の遠征でシオンから言われたことを思い出しながら、シェリルは負傷した者たちを一人一人治癒し、彼らの痛みや苦しみがなるべく和らぐよう努めた。


(前の遠征があったから、今回は結構冷静に対処できる。)


 シェリルの他にも聖魔導師は何名かいたため、手分けして治療に当たれたのも効率がよかった。


 昼過ぎには全ての者への治癒が終わり、シェリルはルカのいるテントの中へと入った。

 大きなテントの中では、ルカを中心に腕っぷしの良さそうな騎士の男たちが話し合っているようだった。


 ルカはシェリルに気がつくと、その中でも一番大きな男に耳打ちをしたあと、シェリルの元へと向かってきた。


「シェリル、負傷者の様子はどうだった?」


「全員の治癒が終わりました。負傷した方々も今は落ち着いて休んでいます。」


「…それはよかった。」


 ルカは安心したような面持ちでシェリルに微笑んだ。 《《第ニ王子》》として、国の者たちの苦しむ姿は見ていられないのだろう。


 ルカの正義感の強さと他人思いの性格は人々からの支持も厚く、第ニ王子にしておくには勿体無いと噂されているのも納得できる。

 ルカは真剣な表情に戻ると、シェリルへと話を続けた。


「前線の魔物の数が想像以上に多いらしくて、俺たちも応援に行くことになった。何かおかしなことになっていないといいけど…。もしかしたら一旦退陣する決断をとるかもしれない。瘴気が濃いのは前線の方だからこの辺は大丈夫だろうけど、くれぐれも気をつけて。」


 シェリルはただならぬ空気に思わず息を呑んだ。


「ルカ様も、くれぐれもお気をつけて…。」


 不安気な表情がルカに伝わったようで、ルカはふわりと表情をゆるめた。


「俺は大丈夫。シェリルは知らないかもしれないけど、俺、実は結構強いよ?」


 ルカの笑顔を見て、シェリルも不安な気持ちを仕舞い込むと、同じように微笑んだ。


 ルカ達騎士団は前線へ行く準備を始めた後、すぐに転移魔法陣の貼られた場所から前線へと出立してしまった。


 残されたシェリルは不安を感じながらも、『退陣するかもしれない』という可能性も考えて他の者と協力して多めに炊き出しの準備を始めた。治癒魔法で治せることもあるが、やはり内側から滋養に良いものを摂ることは回復の一番の近道なのだ。


 ある程度準備ができたところでふと辺りを見渡す。


 熱中していたから気が付かなかったが、先ほどから妙に静かな気がする…。


 鳴いていた鳥たちの声や木々のざわざわと風に揺れる音さえも感じられず、森は静寂で静まり返っていた。

その不気味な静けさにシェリルは背中から寒気が走る。


(なんだか不気味だな…)


 ベース地には騎士たちも数人しかおらず、ルカも前線へ行ってしまったため、その静けさから不安な気持ちがさらに膨らんでいく。

 立ち止まっていてはどんどん良く無いことを考えてしまいそうだったため、調理した器具を抱えて水場に移動しようと足を進めたその時だった。黒い服に身を纏った男とさっきまで一緒にいた聖魔導師が向かい合って立っていた。しかし、その場に流れる空気は決して穏やかなものではなかった。


「ぐ…が、は…!」


 苦しむ声を聞き、シェリルは咄嗟に物陰に身を寄せてしゃがみ込んだ。首元を抑えながら苦しむ姿から、瞬時に“ただ事ではない”と悟った。

 物陰から見える男の服装は、まるで闇に溶けるような全身黒で統一されている。その見た目から、遠征に来た騎士ではないことは明らかだった。遠目からだとよく見えないが、年はシオンと同じくらいか?随分若く見えるが余裕のある表情からかなり手練の魔導師のようにも見える。

 

「ねえ、なんでルカ王子はここにいないわけ?お前本当に知らないの?…全く、こっちで掴んでた情報と全然違うんだけど。ルカから魔力をなくす計画が台無しじゃん。」


 聖魔導師に向かってまっすぐに手を向けている男は、おそらく何か魔術をかけているのだろう。実際に触れてもいないのに、目の前の聖魔導師は首元に手を当てながらもがき苦しんでいた。


(なんてひどいことを…)


 シェリルは物陰からその様子を見ていたが、今にも崩れ落ちそうな聖魔導師を見ながら、震える手をぎゅっと握りしめた。現実とは思えない光景と、静けさの中から突然現れた男に一瞬で恐怖してしまっていた。

 

(どうしよう…あの人、助けないと…!)



 震える手を強く握りながらも、逃げるという選択肢はシェリルの中にはなかった。


 

 (調理器具を投げる?それとも大声を出して知らせるとか…?)



 焦りでうまく回らない頭を動かしながら懸命に思考を巡らせて考えていると、シェリルはかつてのシオンの言葉を思い出した。



『なにその威力、まじですごいじゃん!攻撃魔術ってもしかして初めて?ってそりゃそうか、聖魔術師が攻撃魔術を展開しようなんて、考えたこともないよな!』



(そうだ。攻撃魔法…!)



 考えている暇はない。シェリルはひとつ深呼吸をしたあと、立ち上がるとすぐに男の方へと手を向けると、思いっきり手に魔力を込めて打ち込んだ。激しい音と共に、あたりを砂埃が舞う。

 初めて人に向けて自分の攻撃魔法を使ってしまった。手は震え、荒くなった呼吸で肩が上下に激しく動く。どさりという音がしてシェリルは目を凝らした。


「危ないなあ。ねえ、何その攻撃魔法。君、聖魔導士なのに随分派手な攻撃魔法が使えるんだね?」


 手で砂埃をぱたぱたと払いながら歩いてくる男にシェリルは思わず体を硬くした。どさりと倒れた音は、目の前の男ではなく、先ほどまで苦しんでいた聖魔導師だったようだった。

 遠慮なく近づいてくる男から目を逸らすことができず、シェリルはそのまま一歩ずつ後ずさるように足を引いた。


「どんなカラクリかわかんないけど、そんな威力のある聖魔法の攻撃が打てるなんて、危険だねぇ。本当はルカにかけようと思ってたけど、試しに君でやってみようかな」


 男が広げた手のひらからは、蒼白い光と共に魔法陣が浮き上がった。

 

「これはさ、聖魔術師にしか効かないんだよね。俺が考えた術式なんだけど、まだ試したことがなっくて。君、俺の実験台になってよ」


 屈託のない表情で笑いながら近づいてくる男からは戦いに慣れていないシェリルでもわかるくらい、冷酷さが感じられ、背筋がぞくりと凍りつく。シェリルは一歩づつ引いていた足がもたついてその場に座り込んだ。


「ちょうどいいや。そこでじっとしててね。」


 男はシェリルの方へと手を向けると、手のひらの魔法陣がより一層蒼白く光りを放ち始めた。

 

(もうダメだ…!)


シェリルはシオンからもらったペンダントをぎゅっと握りしめた。


(シオン様…!)


 男の手から青白い光りが放たれたその時だった。シェリルの持っていたペンダントから強い光と共に黒い影が一気に溢れ出し、シェリルを包み込んだ。

 

 きつく目を閉じていたシェリルは、強く肩を抱かれる感覚と同時に、ふわりと漂うスパイシーで甘い香りを吸い込み、思わず目を開けた。


 まさか、ここにいるはずなんてないのに——。


 そう思うのに、視界を遮る大きな体がしっかりと肩を抱く感触と、その懐かしいアンバーの香りに一気に力が抜ける。


 目の前にいる人物は、紛れもなくシオンだった。


 シオンは体につけていたショルダーハーネスから素早く小型のナイフを取り出すと、数メートル先にいる男に向かって投げつけた。その一連の動作があまりにも早かったため、男の肩にナイフが突き刺さる。一瞬表情を崩すとすぐにシオンから距離をとり、刺さったナイフを投げ捨てた。


「シオン・ノアールじゃん。前線にいてたお前がなんでこんなところにいるのかわかんないけどこれは予定外。俺お前より弱いからお前とは戦いたくないんだよね」


 ナイフが刺さった場所を押さえながら、飄々とした態度でシオンに話しかけた男は、「お嬢さん、命拾いしたね」と言いながら片方の手を地面に当てると、転移魔術を発動させた。

 本来転移魔術はかなりレベルの高い魔術師にしか使えないため、これほど短時間で瞬時に発動できるなんて話は聞いたことがなかった。あまりの逃げ足の早さに、シェリルは蒼白く光る男から目が離せなかった。こちらが何もできないまま、発動地面から蒼白い光が湧き上がると、男はそのまま蒼い光りの中に消えてしまった。

 男が去ったあとのベース地には静けさだけが広がっていたが、今だに心臓はひどくはやく脈をうち、自分の心臓の音が聞こえてくるかのようだった。

 

 

「シェリルはさ、自分の体をもっと大事にしろって、俺に何回言わせたら気が済むの?」



 その声にハッとして思わず顔を上げる。

 

 

「シオン様…!」


 

 シェリルを見下ろすシオンの表情は周囲の静けさと同じようにやけに優しく感じ、シェリルは恐怖で緊張していた体が一気に安堵して力が抜けおちた。しかし、その安堵は長くは続かなかった。シオンの額からは汗が滲み出しており、優しそうに見えた目元は虚ろで焦点があっていなかった。


「え…?」


 その瞬間、シェリルの肩にシオンがもたれかかるように倒れ込み、思わずよろけてしまうと、そのまま地面に二人とも崩れ落ちた。

 シェリルが急いで起き上がり咄嗟にシオンの背中を見ると、先ほどの男から放たれた魔法陣が深く刻まれており、魔法陣はみるみるうちに黒く変色しているようだった。

 咄嗟に背中の魔法陣に向けて治癒魔術を展開すると、意識が朦朧とする中で、シオンが話し出した。

 

「ちょっとこれはまずいな…」


「私、てっきり攻撃も防げたとばかり…!なんでそんな無茶なことするんですか!!」

 

 シオンは額に汗を滲ませながら、シェリルのペンダントへ視線を向けると、苦笑しながらペンダントへ手を伸ばした。


「それ、シェリルがピンチの時に作動する転移魔法の術式かけてた。シェリルに何かあった時、1番に駆けつけたかったから。…重い男で、ごめんね」


 治癒魔術を展開しているのに、シオンの方からはどんどん血色がなくなっていく。


「うそ、なんで、どうして…!?」


 続けて治癒魔法をかけ続けたが、シオンはもう気を失っているようだった。


「どうして!?シオン様!お願い、目を覚まして!!」


 懸命に問いかけるが、シオンの意識は戻らない。まるで魔力がどんどんなくなっていくような衰弱の仕方に、ハッと目を見開いた。聖魔術師にしか効かない魔術がシオンにも効いているのはなぜなのか。そこまで考えてからシェリルは、シオンの背中に刻まれている魔法陣に目を向けると、シオンの魔力を吸い取ったかのように黒く染まっていることに気がついた。魔法陣はだんだんと薄れてきており、その役割を終えようとしていた。


「もしかして…シオン様に私の魔力が流れているから…?」


 シェリルは急いでシオンの手を掬い上げると、手に嵌められたグローブに手をかけた。シオンの手に嵌められていたのは以前シェリルが渡したグローブだった。

 シェリルは目の前が滲んでくるのを必死に耐えながら、急いでグローブを外すと、自身の両手でシオンの手を強く握った。


 繋いだ手からシオンの魔力が流れ込んでくるが、その量はあまりにも少なく、やはり魔力が吸い取られていたのだと理解する。魂と紐づいている魔力がなくなるということがどういうことか、考えなくても明白だった。


「だめ、お願い、死なないで…」


自分から掬い取ったりシオンの手を祈るように額に当てながら強く握ると、シェリルはずっと前にも同じように自分からシオンの手を握ったことがあるという感覚を思い出した。


(そうだ、あの時も、シオン様のことを助けたかったんだ。だから、自分の魔力をシオン様に注ぎ込んだ…。)


 ずっと忘れていたはずの記憶。しかし、思い出されると頭の中の回路が繋がるように鮮明に幼い頃の記憶が蘇る。

 

 シェリルは堪えていた涙を流しながらシオンの手を強く握りしめた。もう、方法は一つしかない。


(またあの時のように魔力を流し込めば…助かるかもしれない!今の私にはシオン様の魔力も流れてるんだから——!)


 迷っている暇はなかった。

 シェリルは強く握ったシオンの手を自身の額につけると、自分の中に流れる魔力を一気にシオンへ注ぎ込んだ。


注ぎ込むと同時に体から魔力がどんどん吸い取られていくような感覚になり、貧血のような眩暈が襲う。


「まだ、まだ足りない…!」


シェリルはシオンの手を握りながら片方の手でシオンの頬へ触れると、シオンの唇に自身の唇を合わせた。そして、触れ合った唇からさらに魔力を注ぎ込んだ。


眩暈はさらにひどくなり、意識も朦朧としてくる中、懸命に魔力を注ぎ込むと、シェリルはそのまま気を失った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。