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第33話 真実

 遠征当日の朝、冬の終わりが一番冷え込むな、と考えながらシェリルはまだ朝日が登る手前の蒼みがかった空を見ながらシオンのことを思い出した。

 息を吐けば白い湯気となり空気中へ浮かんでいき、ふわりと消える。


 あの日から、シェリルとシオンは表向きは上司と部下の関係に戻って見えた。シェリルはなるべく今までと変わらない態度でいるように心がけていたが、どこにいてもやはりシオンの姿を目で追ってしまう。

 視線を向けても目が合うことは一度もなかったため、きっと心の底から割り切れていないのはもう自分だけなのだろう。

 こっそり盗み見てはこれまでの日々を懐かしく思い、どこにも向けられない感情を胸の奥に仕舞い込んでいた。


 暗く蒼みがかった空を見るだけで、シオンのことを思い出してしまい、一向に割り切れない自分自身に自嘲する。


 シェリルは空から視線を落とすと荷物を馬車に積み込み、そのまま客車へと乗り込んだ。

前線部隊はもうすでに数日前には現地に入っており、後方のシェリルは今日から出立となっていた。


「おはよう。俺も同じ馬車に乗ってもいいかな?」

「ルカ様…!?」


こんな朝早くから、まさかルカも一緒に行くとは思っていなかったシェリルは思わぬ人物の登場に目を丸くする。


「おはようございます。ルカ様も今日から一緒だったんですね。私は構いませんが、王子が私なんかと一緒でも大丈夫ですか?」


「俺は大丈夫。従者が近くにいるからね。それより、“私なんか”なんて言わないでくれ。俺はシェリルと一緒に乗りたいんだから。それと、二人でいる時は前みたいに呼ぶ約束だろ。」


 イタズラっぽく笑うルカに、シェリルも思わず苦笑する。


「そうでしたね。…でも、ルカ先輩が一緒で、安心しました。」

 

 これは本心だった。大きな遠征は今回が二回目で、一度目はシオンと一緒に行ったあの初任務だったからだ。

 あの時の緊張感や、任務の道中、シオンとの時間を思い出して、どうしても感傷に浸ってしまいそうだったからだ。

 ほっとした気持ちでルカを見つめると、馬車は準備が整ったのかゆっくりと音を立てながら石畳を進み始めた。


「シェリルに会うのはあの舞踏会の日以来だね。シオンとはその後どう?あの時すごい勢いで君を攫っていったからね。」


 思い出して面白そうに笑うルカに、シェリルは返事ができず、表情を曇らせると視線を逸らした。

 ルカはすぐにシェリルの異変に気がつき、真剣な顔つきになると、シェリルの顔を覗き込んだ。


「シオンと、何かあった?」


 優しい声に、シェリルは再び涙腺が緩みそうになるのを必死で堪えながら頭を横に振った。


「シオン様とは、何もないんです。ただの上司と部下のままです。」

 

 そう言ってルカへ視線を向けると、ルカの真剣な眼差しに射抜かれ気まずさに視線をそらす。


「何かあったんだろ?そのペンダント…そんな独占欲の塊みたいなものをプレゼントしておいて、何もないなんてありえないだろう。」


 シェリルは首元につけたペンダントを握りしめると、もう一度首を横に振った。


「わかりません…。そもそも好きだと言われたわけでもなかったし、始まってもいなかったのかも…。シオン様も、何か思い悩んでいるようでしたし、私が関わる方が苦しめる気がして…。」


 そこまで口にすると、はっと目の前のルカに向き直る。困惑したような表情のルカを見て、痴情のもつれを話してしまったと後悔し、慌てて訂正する。


「まあでももう終わったことなんです!これ以上はシオン様の人生にも踏み込めませんし、私もこれまで通り部下に戻っただけです。」


 そう言って笑いかけると、ルカは複雑そうな表情をシェリルへ向けると、ゆっくりと話をし始めた。


「シオンの口から直接聞いた方がいいと思っていたけど…シオンの幼少期の話は聞いてる?」


 シェリルは首を横に振ると、ルカが話を続けるのを待った。


「俺とシオンはリガード兄さんを通して、たまに会うような関係だったんだ。だから、そこまで当時のことを詳しく知っているわけじゃないんだけど。」


 いつもシオンとルカがフランクに話をしていたことに若干違和感があったが、シェリルはルカの話を聞いて、腑に落ちた。王弟の息子であるリガード、現王の息子であるルカ、さらにリガードの母親とシオンの母親は姉妹なのだ。年も近い3人はきっと幼い頃から交流があったのだろう。


「シオンは幼少期まで、魔力量が少なくて…そのせいで母親もかなり他の貴族や一族からいろいろと言われていたみたいだったよ。シオンはそれが原因で、自信もなく引っ込み思案な少年だった。今からじゃ全然考えられないけどね。」


 ルカは少し苦笑しながら、馬車の外に視線を移した。


「ただ、いつも茶会の時に一緒に遊ぶ女の子がいたみたいだった。その子といるときのシオンは穏やかで、きっとその子の存在そのものに癒されていたんだろうね。」


 ルカはシェリルの方に目を向けると、優しい表情のまま話を続けた。


「その子は聖魔法を身に宿している子で、まだ八つだったから魔力の使い方も分からなかったらしい。どうやら悩んでいたシオンを不憫に思ったのか、治癒すれば改善すると思ったのか…自分の魔力を目一杯シオンに流し込んだそうだ。」


 グリーンの透き通るようなルカの目が、全てを見透かすようにシェリルを射抜くと、ふわりと微笑んだ。



「俺も、茶会の時に一度だけその子を見たことがあるんだけど、琥珀色の瞳が綺麗で…今考えると、その子はシェリルにそっくりだったよ。」


 ルカは一呼吸置いてからまた話を続けた。


「そのあとシオンの魔力が暴走して…とてつもない魔力が放出されてしまったらしい。でも今の魔力量になることができたのは、その子のおかげなんだろうね。ただ、その時に二人を助けるために、シオンの母親が魔力を使いすぎちゃってね…。そのまま帰らぬ人となってしまったんだ。」


「え…」


 シェリルはあまりの衝撃的な事実に、思わず口元に手を当てながら絶句する。


「シオンの母親は聖魔導師だったからね。自分の息子と、自分の息子をこれまでずっと癒してくれた女の子を助けるのは当然の行為だったんだろう。」


 シェリルは自分が想像していたよりも凄惨な事実を告げられ、頭が真っ白になりうまく話が入ってこない。


「シオンの父親は、シオンの中にその子の魔力が入り込んでしまったことを隠すため、その女の子に二度と会えないように根回しをしていたらしい。ただ、シオンはどうしても会いたくて、その子に一度だけ会いに行ったらしいけと、その時はまるで別人のようだったそうだよ。」


 シェリルは溢れ出る涙を止めることができなかった。

 ルカはそんなシェリルを見るなりそっと立ち上がり、シェリルの隣へと場所を移すと肩に手を回すと、シェリルの様子を伺いながら話を続けた。


「あいつは君と母親を同時に失ってから、何もかも諦めてしまったようだった。それから大人になるにつれて、今のような飄々《ひょうひょう》とした性格に変わってしまったんだ。…でも、再び君に会ってからのシオンは、昔の面影が見えるようだったよ。」


 ルカはシェリルの肩に回した手を離すと、優しく背中に手を置いた。


「シオンが君を無条件に手放すなんてことは絶対にありえないと俺は思う。何かとても大きな理由があるはずだ。理由さえわかれば、希望を見つけられるかもしれない。無理にとは言わないが、もう一度あいつと話すべきだ。」


 ルカの優しさ、自分とシオンの過去、シオンの母親の死に自分が関わっていたことへの罪悪感。情報量が多くて、この感情をどこに向ければいいのか分からない。

 背中から伝わるルカの温もりに、今はただ身を委ねることしかできなかった。

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