第27話 プレゼント
街中の木々たちが葉を落とし、枝や幹が個性的な形をはっきりと見せ出した頃、街は聖夜祭の準備で忙しなく賑わい出していた。
街が秋から冬の装いに変わるとともに、身に凍みるような寒さが始まった一方で、空はどこまでも澄み切って晴れ渡っている。
シオンがニヶ月間の遠征から帰った後は、一緒に小さな任務をこなしたり、お互いの用事のために休日に街へ出かけたりしていたため、シェリルは順調に関係を積み重ねているように感じていた。
しかし、シオンからは明確に「好き」と言われることはなく、シェリルは曖昧なまま重ねてしまった時間と関係にどう名前をつけたら良いかわからずにいた。
シェリルは厚手のウールのケープマントを羽織り、聖夜祭の準備が進む街を横目に歩きながら、先日シオンから言われた言葉を思い出した。
『シェリル、今度の聖夜祭の夜、空けといて。俺は前回と同じで聖女の護衛なんだけど…そのあと一緒に過ごそう。』
前回夏の聖夜祭で願ったこと——
“冬の聖夜祭も、シオン様と一緒に来れますように。”
あの日の願いが現実となった嬉しさを何度も思い出しては噛み締めて、自然と口角が上がる。さらに聖夜祭を一緒に過ごすということで、この関係が今度こそはっきりとしたものになるのではないかと期待をしてしまう。
シェリルは緩んだ口角が周りに見えないように、ケープのファーに口元を埋めると、目当ての服飾店へと急いだ。
店に着き店内を見渡す。高級な質感の商品がずらりと並ぶ店内は、普段シェリルが購入することがないものばかりで若干萎縮しながらも目当てのものを探すべく、店内を見て周った。
「お客様、何かお探しでしょうか?」
商品を見てはウロウロと店内を歩いていると、品の良い店員の男性に声をかけられた。
「あの、実は男性用の魔力防護のグローブを探していて——」
「それならあちらの階段を上がったところにご用意しておりますので、ご案内いたします。」
男性は綺麗な笑顔を向け、店の奥にあるスキップフロアへ続く階段へと、シェリルを案内した。
メインフロアの奥の少し高い位置にあるスキップフロアへ上がると、魔力高位者が使う保護具やアクセサリーなどが並べてあり、先ほどのフロアよりも重厚感のあるその雰囲気に、思わず萎縮してしまう。
(どうしよう…完全に場違いな感じがする。早くお店を出たい…)
落ち着かない様子が店員の男性に伝わっている気がして、いたたまれない気持ちになっていると、表情を変えることなく、男性の店員はグローブ売り場から数点商品を出すと、シェリルの前のショーケースの上へと置いた。
「プレゼントでお探しでしょうか?こちらの商品は特におすすめです。」
シェリルの反応から、“プレゼント”であることを察してくれたのだろう。先ほどから一切変わらぬ態度で接してくれているため、だんだんと店内の雰囲気に慣れることができた。
「こちらはヴァラモスの皮を使っておりまして、丈夫でありながらも非常に柔らかく、着け心地がまるでウールのようだと評判です。」
差し出されたものは、真っ黒なスウェードのグローブだった。店内の光があたると、ほんのりと深い蒼みがかかって見え、その色味とシンプルなデザインがシオンのイメージにぴったりだった。
それに、最初に一緒に行った遠征でシオンが退治した魔物もヴァラモスだったためどこか運命めいたものを感じ、シェリルはそのグローブを買うことに決めた。
店員がプレゼントの包装をし終え、シェリルに手渡すと、「お相手の方、喜んでくれるといいですね。」と告げ、先ほどと変わらない綺麗な笑顔を向けた。
店を出ると外は身に染みるような寒さで、手や頬は一気にかじかんでくるが、シェリルの心は冬の空のように澄み渡っていた。
(好きな人のためにプレゼントを選ぶことが、こんなにも満たされるものだなんて知らなかったな。)
自分のものを買うよりも満足感が高く、シェリルは首元につけていたシオンからもらったペンダントを取り出すと、ぎゅっと握った。
シオンもこのペンダントを選んだ時、同じような気持ちだったのだろうか。そう思うと、さらにシオンのことを愛おしく思い、聖夜祭の夜が待ち遠しくてたまらなかった。
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聖夜祭の夜、街は夏の聖夜祭よりもさらに賑わいを増していて、澄み切った空気の中に煌びやかなイルミネーションやマーケットの明かりが眩しいほどキラキラと輝いていた。そんな街の一番明るい広場の噴水の前でシェリルはシオンが来るのを待っていた。時刻は夜の9時半をまわったところで、シェリルは30分ほど待ちぼうけを食らっていた。
はーっと手に息をかけると、その空気は白い蒸気になって浮かんでいく。空を見上げて目を凝らすと、冬の空には小さな星々が淡くゆらゆらと輝きを主張していた。
「シェリル。」
突然声をかけられ、パッと横を向くと、少し息を切らしたシオンが立っていた。シオンは質感の良さそうなブラックのタートルネックの上から黒のジャケットを羽織り、さらにその上からはベルベットの重厚なロングコートをかけていた。首に巻いていたであろうグレーのマフラーは手に持ち、片方の手で少し汗ばんだ前髪をかきあげた。
「遅くなってごめん。」
シオンはシェリルに駆け寄ると、赤くなった鼻先にかかるように手に持ったマフラーをシェリルの首元に巻きつけた。
シオンの香水の香りをダイレクトに感じ、シェリルは胸の奥が甘く疼いたが、悟られないようにいつも通りの口調になるように取り繕う。
「全然大丈夫です。周りの景色を見ているだけで、楽しかったですよ?」
笑いかけたシェリルに、シオンは苦笑すると、シェリルの右手を取り、そのまま自分のコートのポケットへと手を入れた。魔力防護のグローブから出た骨ばった指がシェリルの手をしっかりと握りしめる。その行動にシェリルは一瞬どきりとしたが、ポケットの中で繋がれた手は暖かく、冷え切った全身の体温が上がるような気がした。
「手、冷たくなってる。このまましばらく歩こうか。」
シオンはそう言ってマーケットの中を歩き出した。もう夜の10時前だというのに、マーケットは前回の聖夜祭よりも賑わっていた。広場ではキャンドルを灯し、聖夜に祈りの歌を歌う修道女の歌声が美しく響き、しっとりとした冬の聖夜祭の空気が漂っていた。
『シェリル、ホットワイン飲んで身体暖めて』
『こっちのワッフル美味しそうだな。2つもらおう』
『あっちにあるやつ、シェリルの好きなやつじゃない?ちょっと買ってくる』
シオンは前回の聖夜祭の時と同じように、シェリルにあれこれ食べさせようと行く先々で美味しそうなものを頼んだ。
「ちょっとシオン様!私こんなに食べられないですよ!」
シェリルはシオンの買うものを両手いっぱいに抱えながら、さらにあれこれ買おうとするシオンを制した。
その光景に夏の聖夜祭を思い出して懐かしく思い、だんだん笑いが込み上げてくる。その無邪気な笑みに、シオンもつられて苦笑する。
シオンとシェリルは暖かいワッフルやホットワインを飲みながら目的もなく歩き、聖夜祭の夜を楽しんでいた。上司と部下という仮面が外れた二人は、聖夜祭では誰が見ても恋人同士にみえただろう。シオンが2杯目のホットワインを飲みほした頃、ちらほらと店じまいをする店舗も出始め、シェリルは徐々にそわそわとした気持ちに駆られた。
(プレゼント、いつ渡そう…。)
完全にタイミングを見逃してしまったシェリルは、先日買ったプレゼントをカバンから出せずにいた。
シオンも周りの様子に気がついたのか、「そろそろ帰ろうか。うちまで送るよ」と言うと、マーケットの喧騒から外れた街の方へ足を向けた。
シェリルの家に向かう道中、シェリルは名残惜しさから口数が多くなる。シオンもそんなシェリルの話に相槌を打ったりするだけだった。
シェリルの家は聖夜祭の開催されている場所から歩いて数分のところだったため、見慣れた煉瓦造りのメゾンにはあっけなく着いてしまった。
(もう少し一緒にいたいな…。)
そんな気持ちが湧き上がる。プレゼントの入った鞄に自然と力が入り、シェリルがシオンに声をかけようとした時だった。
「シェリル」
先にシオンから名前を呼ばれてしまい、シオンの方へと視線を向ける。
「こんなに遅くまで付き合わせてごめん。…今日はさ、どうしても話したいことがあったんだ。」
シオンはいつになく真剣な表情でシェリルの方を見た後、目線を空へと向けた。いつもとは違う空気を纏うシオンに、シェリルは妙な胸騒ぎを覚えた。シオンは空を見ながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「ノアール家は、昔から王家の盾となり矛となり、絶大な力を誇ってきた一族なんだ。先祖代々、貴族社会でも権力をふるってきていたんだろう。…そんなノアール家の次期当主となる嫡男の魔力が小さいなんて、王家や周りの貴族はどう思うと思う?」
自嘲気味に話すシオンをじっと見つめながらシェリルは何も言わずに話を聞いていた。
「シェリルは昔のことを覚えていないみたいだけど、俺は地獄のような孤独の中で、幼いシェリルの存在に救われてた。」
シオンは一呼吸置くと、真っ直ぐにシェリルの方を向いた。
「俺はシェリルのことが好きだよ。昔も今も、本気で大事にしたいと思ったのはシェリルだけだ。きっと、これからも一緒にいればどんどん好きになってたと思う。」
シオンから聞く初めての「好き」という言葉。ずっと欲しかった言葉のはずなのに、シオンの表情はとても希望に満ちたものとは言えず、シェリルは反応ができずただシオンを見つめることしかできなかった。
「でも、俺たちは、再び出会うべきではなかった。このまま一緒にいても、シェリルとの未来は考えられないし、俺は…シェリルを幸せにすることはできない。だから、こんな恋愛ごっこは今日で終わりにしよう」
突然の話に、シェリルは頭真っ白になり、くらくらと視界が歪むような感覚に陥る。シオンが言っている意味が理解できず、ただただ困惑するしかなかった。
「ちょっと待ってください…!どうしてそんな話になるんですか?…私の…魔力の量が問題なんですか?それとも家柄ですか?今の私は足りないものだらけだけど…だけど…私もシオン様のことが好きです。もしかして伝わってなかったですか?好きってだけではダメですか?」
シオンの服を掴むと、シェリルは懇願するようにシオンの顔を覗き込む。しかし、横を向いてこちらに視線を向けようとしないシオンは、眉間にシワがいくほど苦しげな表情を浮かべていた。
シオンは自身の手につけられたグローブを乱暴に外し、コートにしがみついたシェリルの手を荒々しく掴んだ。その荒っぽさにシェリルの表情が歪む。
手を握られたその瞬間、二人の間に胸をすくような暖かい魔力が循環する。シオンは魔力の循環を感じると、行き場のない苛立ちを向けるかのようにシェリルの手を強く握りながら自嘲した口調で話し始めた。
「これ、心地よくて気持ちがいいよな。シェリルはいつもこうして直接手を繋ぐとどんな表情になるか、自分でわかってる?いつもとろけるみたいな顔して…恋愛経験のない初心なお前はさ、この魔力の心地よさを恋愛の感情と勘違いしてるんじゃないの?そんなこと考えたこともなかった?お前のそれは…ただの勘違いだよ。…過去の記憶もないお前に、俺の気持ちなんてわからないよ。」
その言葉を聞いた瞬間、シェリルは勢いよく繋がれた手を引き離し、思い切りシオンの左頬を叩いた。シェリルは目からはぼろぼろと大粒の涙が止まらず、歪んだ視界の中に、叩かれて横を向くシオンの顔が映る。
しかし、シオンの少し長い前髪が彼の目元にかかり、表情までは読み取れなかった。
「私の感情まで、シオン様に決められたくない…!」
シェリルは勢いよく後ろを振り向くと、自宅まで続く階段を勢いよく駆け上がった。部屋の鍵を開け、中に入り思い切りドアを閉めた後、その場にずるずると崩れ落ちた。
『お前のそれは、ただの勘違いじゃないの?』
『記憶のないお前に俺の気持ちなんてわからないでしょ』
浴びせられた言葉が頭の中で何度も反芻し、涙は止まる気配もなく流れ続ける。立つこともできないくらいに力が抜け、冷たい床から一気に体温が奪われてゆく。
人を叩いたことなんてこれまでの人生で一度もなかったシェリルは、凍えそうに冷え込んだ部屋の中で、ただ右手の手のひらだけが熱を帯びてジンジンと痛んだ。




