第26話 会えない時間
「え?二ヶ月間の長期遠征ですか?」
舞踏会の夜から1週間が経とうとしていたある日、なかなかシオンと会えなかったシェリルはリガードを捕まえると、シオンの状況について問いかけたのだ。
しかし、リガードからシオンの長期遠征の話が飛び出し、その思いもよらない回答にうろたえてしまった。困惑した表情のシェリルにリガードも驚いたようで、話を続けた。
「てっきりあいつから聞いていたかと思ったけど、話していなかったのか。…まあ突然決まったことだったから、話す機会もなかったのかもしれないね」
“話す機会がなかった”
そう言われればそうかもしれないが、作ろうと思えば作れたのではないかと疑惑の念が持ち上がる。シェリルは少しの違和感を感じながら、自席へと戻った。
あの日から、夜になるともう何度も思い出してしまう甘く切ない記憶。舞踏会後の初めての出勤の日、シェリルは高鳴る心臓を抑えながら執務室のドアを開けたが、結局シオンは現れず、その後も今日まで顔を合わせることはなかった。
長期遠征に行っていたことは予想外だったが、こんなに長いのなら一言だけでも声をかけてほしかった。
あの夜のことを思い出すと、だんだんと『もしかして都合のいい夢をみていたのではないか』と思うようになってしまう。
(意識しているのは私だけなのかも。そういえば、シオン様の口から「好き」と言われたわけでもないし…私だけが舞い上がって勘違いしてしまっているだけだったのかな。)
美しかった記憶が違和感を通してだんだんと色味がなくなっていくのを感じ、シェリルはあの日の魔法が本当に解けてしまったかのような寂しさが込み上げた。
複雑な気持ちを抱えながら、シオンからもらったペンダントをぎゅっと握りしめる。
(シオン様が帰ってきたら、ちゃんと話がしたい。)
そう思いながら深く息を吸い込み、鬱々とした感情を体から吐き出すように、大きく息を吐いた。
「よし。私は私のやるべきことを頑張ろう。」
シェリルは気持ちを切り替えると、目の前の仕事にのめり込むかのように取り組むことにした。
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シオンと会えなくなってから二ヶ月ヶ月以上が過ぎた頃、その日シェリルは城下町の療養施設へ治癒の手伝いに行っていた。
長期遠征部隊が帰還するとのことで負傷したものたちが施設に来る予定だったのだ。続々と来院する兵士や魔術師たちに治癒を施すが、そこにシオンは現れなかった。
(シオン様は大きな怪我とかはしなかったってことかな。)
安堵と同時に会いたい気持ちが膨らんでゆく。
シェリルは仕事を終えると、落ち着かない気持ちで魔導研究施設の方へ足を早めた。日はすでにかなり傾き、空はオレンジ色から蒼色へとグラデーションを帯びて染まっていた。
王宮の関門をくぐると、広場のあたりに見間違えるはずもない人物の姿があった。久しぶりのシオンの姿だが、近づいて良いのかと考えてしまい、一瞬躊躇ってしまう。
二ヶ月という期間は、仕事に没頭していれば短いようでもあり、しかし相手を想う時間としては長い期間でもあった。
シェリルが一呼吸おき、意を決して駆け寄ろうとした時だった。シオンの隣に見覚えのある女性の姿があり、ふと立ち止まった。
(ニイナ様…?)
ニイナがそっとシオンの両手を取り何かを唱えると、清廉な光が二人を包んだ。シオンはニイナを無表情に見下ろしながらその身の全てを預けているようだった。
漆黒の髪色を持つニイナと、ミッドナイトブルーの髪色を持つシオン。お互いの髪が夕日に照らされて、絵になる二人の浄化の瞬間を見てしまい、シェリルは思わず顔を背けた。
ニイナはただ浄化の魔力を込めただけなのかもしれない。しかし、二ヶ月間不安な気持ちでシオンの帰りを待っていたシェリルにとって、それはあまりにも見たくない光景で、一気に声をかける勇気がなくなってゆく。
シェリルが立ち尽くしていると、浄化が終わったシオンの視線がこちらに向いた。
「シェリル?」
久しぶりの好きな人の声に思わずギュッと胸が締め付けられ、涙腺が緩むような感覚が湧き上がる。シェリルは必死に泣かないように堪えながら、シオンの方へ歩み寄った。
「シオン様、おかえりなさい。二ヶ月間の遠征お疲れ様でした。」
悟られないよう、精一杯の笑顔でそう告げると、シオンは以前と変わらない優しげな表情をシェリルへと向けた。
シェリルは続けてニイナの方を見ると、再び言葉を続けた。
「ニイナ様も遠征に行かれていたんですか?長旅、お疲れ様でした。」
先ほどの浄化の行為を勝手に盗み見てしまったため、気まずさからうまく笑えているかわからなかったが、ニイナは笑顔で「ありがとうございます。」と答えたため、シェリルはちくりと心臓の辺りが痛み、勝手に嫉妬の感情を抱いてしまったことへの罪悪感が押し寄せた。
「ではニイナ様、今回はお疲れ様でした。俺たちはこれで失礼します。そうだ。王宮の中でルカが待っているみたいなんで、そのまま行ってください。」
シオンがそう言うと、ニイナの表情がわずかに明るくなったような気がした。
「シェリル、行こうか。」
シオンはシェリルにそう告げると、歩き出した。シェリルは言われるがままシオンのあとに続いて歩き出した。
「あの、さっき帰ってきたばかりですよね。二ヶ月も遠征に行っていたから疲れてるんじゃないですか?今日はもうそのまま帰って休んだ方がいいんじゃ…」
足取りがいつもの執務室の方へ向かっているようだったためそう伝えると、シオンはチラリとシェリルへと視線を向けた。
シオンは不満げにシェリルの手を掴むと、足を早めた。
シェリルはシオンの大きな歩幅に必死でついて行こうと足を動かしながら、グローブごしに伝わる二ヶ月ぶりのシオンの体温にほっと胸を撫で下ろす。
執務室の扉を開け、入って右側にあるシオンの執務室へ勢いよく入った瞬間、シオンはシェリルの腕をぐっと引き寄せ抱きしめた。
抱きしめる大きな腕はきつく、体が軋むような荒々しい抱擁の苦しさに、シェリルは驚きながらもその苦しさに安堵する。
「目の前にシェリルがいるのに、帰るわけないでしょ。」
その言葉だけで、この二ヶ月間のわだかまりが一気に消えていくようだった。
「…出発のとき、一言くらい言ってくれたらよかったじゃないですか。あのあと二ヶ月間も会えなくて、なんか…いろいろ勘ぐっちゃいました」
ずっと釈然としない不安な気持ちを抱えていたシェリルは、一番気にしていたことをぽつりと呟いた。
「それは、ごめん。あの時本当に急に決まったから、言うタイミングがなかったんだ。…ただ、それだけだから。」
抱きしめられた腕が緩むのを感じ、シェリルがゆっくりとシオンの方を見上げると、視線が交わる。シオンはシェリルの首元に光るペンダントへと視線を移すと、愛しむかのようにそっと触れた。
「…これ、約束どおりつけてくれてたんだ。」
シオンの単なる嬉しさとは違うどこか懐かしさを感じているような瞳に、シェリルはシオンの感情を読み取ることができなかった。
窓からはオレンジの光りが差し込み、シオンを見上げたシェリルの瞳をより一層綺麗な琥珀色へと輝かせた。
「…綺麗だな。」
そう言うとシオンはシェリルの頬へと手を滑らせ、ゆっくりと唇へ口付けた。




