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第25話 魔法がとける時間

 シェリルとシオンは再びノアール公爵邸のゲストハウスへ帰るべく、馬車へ乗り込んだ。

 シオンは行きとは違い、シェリルの隣へ腰をかけると、手袋を外して当たり前のようにシェリルの手を握った。

 手を通じて感じるシオンの体温と魔力の流れに、先ほどまでの熱が甦る。


 全身に力が入り、固まっているシェリルに対し、シオンは口角を緩めて視線を向けた。


「そんなに固くならなくても、もう何もしないって。ただ、今はこうしてシェリルを感じてたい。」


 シオンにもきっと心地の良い魔力が流れているのだろう。甘えるように囁いたシオンの言葉から、気持ちが通じ合った後の甘い空気が漂い、行きの馬車とは明らかに違う雰囲気が流れていた。

 公爵邸に馬車が到着すると、シオンとシェリルはゲストハウスに向かうため、夜の道へと足を進める。

 シェリルが静かな空へ目を向けると、ミッドナイトブルーの空から月明かりが辺りを照らしていた。



「今日はここに泊まってくれてもいいけど、どうする?」

 

 シオンが問いかけると、シェリルはシオンの方へ目を向けた。黒に近いシオンの髪が、月明かりに照らされて空と同じ色に輝いて見え、数ヶ月前に初めて出会った執務室での夜を思い出し、やけに懐かしく感じる。


 あの頃はなんて軽薄な人なんだろうと思ったが、まさかそんな人物と今こうして隣を歩くような関係になるとは夢にも思っていなかった。


「今日は帰ります。家でゆっくり休みたい気分なので。」


 このまま公爵邸に泊まらせてもらうと現実への戻り方がわからなくなりそうで、シェリルは夜のうちに帰るのがベストだと判断した。

 今着用しているドレスもこのあと脱いでしまうのかと思うと、魔法が解けてしまうような寂しい気持ちになり、シェリルは名残り惜しむようにドレスの端を持ちながらひらひらとなびかせた。


「シオン様、こんなに素敵な夜をありがとうございました。」


 シェリルはとびきりの笑顔でシオンに感謝を告げると、シオンも優しく目を細めた。


 公爵邸のゲストハウスにつくと、すでに着替えの準備を整えていたメイドがシェリルを待っていた。その横には、以前シェリルを出迎えてくれた初老の執事《バトラー》の姿もあった。シオンは執事の存在に気がつくと一瞬目を鋭くさせた。

「おかえりなさいませ。早々で恐縮ですが、本邸で旦那様がお待ちです。このあとすぐにお戻りください」


 初老の執事はそういうとシェリルへ頭を下げ、本邸の方へ戻って行った。


(旦那様ということは、シオン様のお父様よね…。確かお名前はブラッド様だったかしら。前に一度すれ違ったことがあったけど…)


 シェリルがちらりとシオンを見ると、シオンは少し気だるそうにため息をついた後、シェリルの方へ体を向けた。


「シェリル、家まで送りたかったんだけど、ちょっと無理そうだから、うちの馬車で家の前まで行くように伝えておくよ。ゆっくりしてから帰ってくれたらいいから。今日はありがとう」


 そう言ってシェリルの髪をかき分けると、耳元から頬へと手を滑らせる。どこか寂しげな表情のシオンに、シェリルはシオンも自分と同じようにこの夜が終わってしまうのを名残惜しく感じてくれているのだろうかと推測った。

 シオンはシェリルから手を離すと、そのまま元来た道を戻り、本邸の方へと向かって行った。


==========


 本邸に戻ったシオンは、父親のブラッドが待つ書斎へ向かうべく、邸宅の中を歩いていた。夜の公爵邸にはシオンの歩く音だけが重く響き、さきほどまでの甘い時間が嘘のように冷たい空気が流れていた。

 シオンは父親の書斎の前にくると、深く息を吸い込んだ後、ゆっくりと二度扉を叩いた。


「入れ」


 中から鋭く冷たい声が聞こえたため、重たい扉を開ける。父親の書斎のドアはまるで何かの魔法がかかっているのではないかと思うほど、いつも重く感じる。

 シオンは部屋に入ると、無言で父親のいるデスクの前まで足を進めると、刺すような緊張感の中で口を開いた。


「お呼びでしょうか、父上。」

 

 ブラッドは目線だけをシオンに向けると立ち上がり、窓の外を眺めた。


「今日は王宮の夜会に行ってきたらしいな。お前もいい歳だ。パートナーを伴って夜会に行くのは正しい選択だろう。別にお前の交際関係にとやかくいうつもりはない。ノアール家の嫡男たるもの、魔力の強い相手を見つけるのは当然だからだ」


 そこまで言うと、シオンの方に向き直ると、鋭い眼光を向けながら言葉を続けた。


「ただ、最近お前が特定の令嬢と一緒にいることが多いと耳にした。…シェリル・ノーチェ・グランパニア。彼女だけは絶対に許されない。」


 父親からシェリルの名前が出たことに驚きはしなかった。前に一度この家に来た時に調べられているはずだと思っていたからだ。


「それは過去の事故が理由ですか?俺はシェリルを手放すつもりはありません。」


 

(何を言われても、ここだけは譲れない…)



 そう思いながら、父親の瞳をじっと見つめる。しばらく沈黙が流れたが、最初に沈黙を破ったのはブラッドだった。

 ブラッドは深くため息をつくと、目の前の椅子に座り、引き出しの中からタバコを一本出すと、そのまま火をつけて大きく吸い込み、乱暴に髪をかきあげた。苛立ちを吐き出すように煙をくゆらすと、ブラッドは言葉を絞り出した。


「お前は、何もわかっていない。」



 言葉のあとに、もう一度タバコを口に咥え、大きく吸い込んだあと、肺の中に充満させるように一呼吸を置き、勢いよく息を吐いた。タバコの煙があたりに漂いシオンはむせかえりそうになる。


「シオン、お前は何もわかっていない。問題はそんなことではない。…お前は、お前たちの魔力の問題を真剣に考えたことはあるのか?」


 ブラッドは真剣な表情でシオンを見つめた。


「もちろん、自分の体のことなので調べましたよ。しかし特に大きな問題はなかったはずです。」


 シオンは自身の魔力融合についてこれまでにも調べたことがあった。幼少期の成長にも、自身の魔力にも影響はなく、むしろ攻撃魔法の威力は高くなるというメリットまであるのだから、問題となるようなことはないと考えていた。ブラッドはシオンの表情を見ると、再び言葉を続けた。


「…調べた中に、子孫を残すことについては記載されていなかったか?」


 ブラッドの含みのある言い方に嫌な予感が頭をよぎる。どくりと心臓が大きく血液を流すような鼓動を感じるのに、それとは裏腹に全身から血の気が引いていくような感覚に、体から嫌な汗がじわりと滲む。


「遺伝子は、交わる血液が濃ければ濃いほど、その子供に異常が出る可能性が高くなる。魔力は、血液のようなものだ。血液と同じで、流れる魔力が近しければ近しいほど生まれてくる赤子の魔力は異常をきたす。」


「…何が、言いたいんですか。」


「ここまで言ってもわからないか?融合した魔力は、いわば全く同じ血が流れているようなものだ。このまま夫婦の契りを交わし子を授かったとしても、その子供は魔力を持たない状態で生まれるか魔力に異常をきたす可能性が非常に高いということだ。」


 シオンの額と手のひらにはじっとりと汗が滲んでいた。


「彼女と一緒になれば、お前の母親や、かつてお前が経験した地獄を、あの令嬢と自分の子供が味わうことになる。それでも自分の手元に置いておくというのか。」


ノアール家は代々王家の喉元を任されている、いわば王家に次ぐ一族である。かつて魔力の量が少なく、周りから虐げられていたシオンからすれば、ノアール家で魔力のない子供を産むということがどれほどあってはならないことなのか、安易に想像がついた。


「ノアール家の嫡男として、選択を間違えるな。話はそれだけだ。」


 用が済んだら出ていけとばかりに、父親から話を終わらせられたシオンは、そのまま抜け殻のようにブラッドの部屋を後にした。部屋の前に出ると、先ほどの言葉をようやく理解する。


(俺や母上が味わったあの地獄を、俺は自分の子供とシェリルに味わわせるっていうのか…?)


 魔力の暴走でシェリルを巻き込んだこと、その代償として母親を死なせてしまったこと、さらに生まれてくる子供も魔力がない可能性が高いとなると、こんなにも問題だらけの自分と一緒になろうだなんて、口が裂けても言えるはずはなかった。


 広間に置いている大きな振り子時計からゴーンと重く低い鐘の音が聞こえ、はっと我に還る。そのまま音の方へ目を向けると、時計の針は0時ちょうどを指していた。


 目が覚めるような鐘の音に、シオンは先ほどまでシェリルと一緒にいたことがまるで幻だったかのように遠い記憶のように感じた。

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