第23話 初めから、ここに
王宮の客室に案内されたシェリルとニイナは中央にあるアンティークなソファに座ると、向かい合って目を合わせた。
「ニイナ様、急に呼び出してしまってごめんなさい。どうしても二人きりでお話がしたくて…ルカ様に二人で話をさせて欲しいとお願いしました」
誰もいない広い部屋にはシェリルの声だけが響き、シェリルは緊張しながらもまっすぐにニイナを見ながら話を初めた。
「異世界から来たニイナ様にだから話すんですが…実は私も三年前に異世界から転生してきたんです。ニイナ様とは違い、ある日突然他人の体に憑依したような形で…。」
ニイナは突然の告白に、驚いて声も出ないようだった。
「右も左もわからない時、魔法学校でルカ様と知り合って、真実を話したんです。かなり助けてもらいました。」
苦笑しながらにシェリルが肩をすくめると、ニイナも気を取り直したようで真剣な顔でシェリルの顔を見て口を開いた。
「そうだったのですね。それは大変なことだったとお察しします。あの、シェリル様のことは、なんとお呼びすれば良いですか?」
本当の名前で呼ぶべきだと考えたのだろう、ニイナは遠慮がちにシェリルへと問いかけた。
「元の名前は…もう忘れてしまったんです。こちらの世界に来てからシェリルとして生きているうちに、思い出せなくなってしまって…。あとからルカ様に聞いたら転生者、特に憑依者にはそういう理があるのだと言われました。不思議な話ですよね。なので、私のことは変わらずシェリルと呼んでください。」
シェリルが寂しそうな顔をしながら微笑みかけると、ニイナは申し訳なさそうに「そうなんですね…。」と答えた。
「転生前の記憶ももうほとんどないんです。それもこの世界の理のようで、おそらく憑依者は憑依した体の人物として生きるために転生前の記憶がだんだんとなくなっていくのではないかということでした。」
事情を説明してから、シェリルは本題に入るべく、姿勢を整えた。
「あの、ニイナ様は魔力が見えるんですよね。単刀直入に聞くんですが、今私の中に流れてる魔力って複雑なことになってます、よね…?その…つまり、3つくらい流れてないですか?」
「3つ?」
「はい。魔力はその人の魂に宿ると聞きました。ただ…元の体のシェリルと、シオン様の魔力は過去の事故で一緒になってしまっているようで…私が今使っている魔力はもしかして元の体のシェリルのものなんじゃないかと思っているんです。…だとしたら私の魔力はまだ眠ったままなのかなと思って」
自分の魔力の謎がわからないまま生きていくことに違和感があったため、ずっと気になっていたことだった。シオンとの魔力の循環が元のシェリルの魔力に起因するものだとしたら、それを勝手に使ってシオンに触れて魔力を巡らせていることに対して申し訳ない気持ちも大きかった。
魔力の浄化ができるニイナなら何かわかるかもしれないと思っていたが、シオンの話ではニイナは相手の魔力が見えると言うのだから、ずっと気になっていたことを聞くには絶好のチャンスだった。
ニイナは少し戸惑ったような表情をシェリルに向けると、ゆっくりと口を開いた。
「えっと…結論から申し上げると私に今見えているのは、シェリル様自身の魔力と、シオン様の魔力の二つだけになります。」
「え…?」
シェリルは自分の魔力は別にあり、元のシェリルの魔力とシオンの魔力が融合しているためにこの体に残り続けているものだと思っていたため、その言葉を聞いて驚きで思考が停止する。
「確かにこの世界の人たちの魔力はその魂に宿ります。心臓の近くに魔力のコアがあるんです。これは心臓が血液を循環させるような構造に似ています。シオン様とシェリル様のように2つが融合しているのも稀なことですが、3つは見たことも聞いたこともないですし、ありえないと思います」
シェリルはニイナの話を聞いて、回らない頭を必死に動かした。異世界から来たのに、シオンの魔力が自分の魂に宿る魔力と融合しているなんてことがあるのだろうか。
そもそも、シオンの中のシェリルの魔力は幼い頃からずっと変わっていないのだ。
そこまで考えた時、幼い頃にシェリルがシオンの魔力暴走に巻き込まれたこと、誰から教わったかわからない琥珀糖を作れること、シオンがそれを懐かしそうに食べたこと、そしてシオンとの魔力の調和の感覚、シェリルの中にはシオンと全く同じ魔力が巡っている。それらのことが頭に浮かび、パズルのピースが合うようにある仮説に辿り着くと、矛盾が消えてゆきシェリルは全身からじっとりとした汗が滲むのを感じた。
(もしかして…私が“シェリル”なの…!?)
ありえないとばかりに口元に手を持っていき、血色を失った顔で黙り込むシェリルを見て、ニイナは心配そうにシェリルの顔を覗き込んだ。
「…あの、シェリル様、大丈夫ですか?」
声をかけられてハッと我に帰り、慌ててニイナの方へ立ち直る。
「す、すみません!大丈夫です。ちょっとびっくりしちゃって。この魔力が私のものだとすれば、元々私はシェリルだったのかもしれないと…。考えてみると思い当たる節が多々あって…。」
シオンから過去の魔力暴走事故について聞いていたニイナは、シェリルのその反応を見てはっと何かを察したようで、信じられないとばかりに手を口元にあてる。
「そんな…まさかそんなことってあるの…!?一度転生したあと、また同じ体に戻ってくるなんて…!」
シェリルはぐっと目を瞑ると、再び体勢を整え、ニイナに瞳を向けた。
「私に転生前の記憶がないので、まだはっきりと確信は持てないのですが、もしそうなのだとしたら、幼少期の記憶は私の中にきっとまだ眠っているはずです。それを思い出せれば…。まだ頭の中は混乱していますが、今日ニイナ様に会えて、お話ができて本当によかったです。」
真剣な面持ちでそう告げると、ニイナは少しほっとしたような顔をした。
「そう言っていただけてよかったです。もしまた何か困ったことがあればいつでも私を頼ってください。」
ニイナは立ち上がると、シェリルの目の前に来て跪き、手にそっと自分の手を重ねた。
「シェリル様の今後に幸多からんことを」
ニイナがそう言うと、繋がれた手を淡く清廉な光が包み、不安な気持ちや疲れが一気に抜けていくような感覚に陥る。これが浄化というものなのだろうか。
治癒とも違うその多幸感が降り注がれるような感覚に思わず力が抜ける。
ニイナはそのままシェリルの方へ笑顔を向けた。その一連の動作は聖女の品格に満ち溢れており、転生してきてから数多の苦労や努力を重ねてきたからこそ内側から出るものなのだろうと感じた。
「さあ、シェリル様、シオン様が探しているかもしれません。フロアへ戻りましょう。」
ニイナはそのままシェリルの手を取ると立ち上がり、客室の扉を開け、フロアの方へと足を進めた。




