第21話 あなたの隣
ノアール公爵邸から王宮まで三十分ほど馬車に揺られる間、シェリルはこれから行われる格式高い舞踏会に向けて、期待と緊張で終始落ち着かなかったが、シオンは慣れた様子で足を組み、外を眺めていた。
いつもと違うフォーマルなシオンの装いに、シェリルの心臓は激しく振れていたため、シオンに聞こえてしまうのではないかと思うほどだった。
「王宮に入るのは、初めて?」
シオンがシェリルに問いかける。
「はい。毎日隣で働いていますけど、王宮へ行く機会はないので。」
魔導研究施設は王宮に隣接して建っているため、目と鼻の先ではあるものの王宮に入るようなことはなかったため、敷地内に足を踏み入れるのも初めてだった。
「王宮の舞踏会は盛大だけどかなり招待客も多いから、あんまり緊張しなくても大丈夫。料理もおいしいし、純粋に楽しむといい。今日俺はシェリルの引き立て役だから、胸張っておけばいいよ。」
そう言うと、シオンは再び窓の外を眺め直した。馬車が石畳をガタガタと走る音だけが響く客車内で、会話はなかったが不思議と気まずい空気はなく居心地の良い沈黙が流れていたため、シェリルはその静かな心地よさでだんだんと緊張がほぐれていくのを感じた。
公爵家の馬車が王宮についた頃には日が傾き始め、空はオレンジ色からナイトブルーへと綺麗なグラデーションを色付いていた。馬車が止まると、外から従者が開扉の可否をシオンに確認すると扉を開けた。先にシオンが客車から降りると、続いてシェリルも扉へと向かう。外へ出ると、シオンが手を差し伸べていたため、そっと自身の手を置くと階段を降りた。
「さあ、舞踏会の始まりだ。シェリル、今日は俺から離れないでね。」
シオンはどこか楽しそうにそう告げると、シェリルが腕を組みやすいように自身の腕と体の間に少しだけゆとりを持たせた。シェリルはうながされるままにシオンの腕へと自身の手をそっと組み入れた。
そのまま舞踏会の会場のある入り口まで歩くと、シェリルはふと周りの視線を感じてちらりとあたりを見回した。王宮のエントランスにはたくさんの馬車が停まっており、貴族たちが続々と到着していたが、国の筆頭魔術師であるシオンが登場したのだから、視線が集まるのは当たり前だと察する。
「シオン様、みんなシオン様を見てますね。やっぱりノアール家ってすごい注目の的ですね。」
こそこそとシオンにそう告げると、シオンはため息をついて呆れたように口を開いた。
「シェリル、さっきから俺が散々言ってたこと、全然伝わってなかった?視線は俺に向けられてるものじゃないよ。」
そう言うと組んでいる腕に少しだけ力を入れた。
「先が思いやられるよ…」
そう言うと、呆れたようにしながら受付へと足を進めた。
受付を済ませた後、二人で入り口から舞踏会の会場へ入ると、入り口から大きめの階段が伸びており、床には気品を感じるワインレッドの赤い絨毯がひかれていた。
階段を上り会場の入り口から中に入ると、見上げるほど高い天井が広がり大きな会場内にはたくさんの人たちが個々にシャンパンを片手に語り合ったり食事をとりに行ったりと、楽しむ風景が広がっていた。
「すごい…」
会場の豪華な装いと、王宮の柱や壁紙、カーテンや天井絵、その豪華さを目の当たりにしてシェリルは感嘆の声が漏れた。
「最初は王族の入場、その後にデビュタントを迎える令嬢たちのワルツ、そのあとダンスフロアがオープンするんだ。」
圧倒されているシェリルに向かってシオンが今後の流れを説明すると、突然会場内にファンファーレが鳴り響き、王族の入場が知らされた。現国王が登場すると、そのあとに続いて、子息令嬢もパートナーと共に現れた。
その中の一人には、ルカも含まれており、凛々しく歩く姿はシェリルの知るルカとはまるで違う人物のように感じ、学生時代のルカと比べてしまい遠い存在に感じた。
入場してくる際に、ルカがエスコートをした女性に目を移す。白い清廉な床まで伸びるイブニングドレスは、裾が後ろに長く伸び、綺麗なレースがあしらわれている。漆黒の黒い髪をスラリと下ろしたその女性は誰が見ても「聖女」とわかる特別な扱いを受けていた。
(あれが、異世界から来た聖女、ニイナ様…)
自分と同じように異世界から来た存在。
一度でいいから話がしてみたかったが、王族と共にいるところを見ると、とてもフランクに話しかけられる存在ではないのだろう。
王族の入場のあと、デビュタントを迎える令嬢たちが緩やかにワルツを踊る。大人たちはそれを見守りながらも、ワルツが終わるのをうずうずとした気持ちで待っているようだった。
デビュタントの令嬢たちがワルツを踊り終わると、フロアが解放される。
最初の一曲目は家格の高い者が優先されるのが暗黙のルールだ。シオンはシェリルの手をそっと自身の手に乗せると、フロアへと手を引いてエスコートすると立ち止まった。
「では、今から俺と踊ってくれますか?」
いつものようにイタズラっぽく笑うシオンに、シェリルはシオンもこの舞踏会を楽しんでくれているのだと感じ、空いた方の手で口元を隠して笑いながら「もちろんです。あまり上手ではないのでリードしてくださいね。」と伝えると、ドレスを手で軽くつまみ、ふわりと広げ小さく頭を下げた。




