第20話 魔法にかけられて
化粧台の前に座ったシェリルは、目の前の鏡に映る自分の艶やかな肌にそっと指を触れ、ハリのある肌の質感にただただ驚いていた。
(すごい…私じゃないみたい。丁寧に磨けばこんなに肌の艶ってよくなるのね。)
数刻前、メイド達はシェリルを客室に連れていくと、まず湯浴みから始めるため、バスルームへと案内した。
お湯にはゼラニウムの精油とミルクが混ぜてあり、白濁とした湯船からは爽やかさを含んだ華やかな香りがふわりと広がり、緊張していたシェリルの気持ちをゆっくりとときほぐすようだった。
メイド達はシェリルの顔にクレイパックを塗り、腕や足、デコルテ部分の隅々までシェリルを丁寧に磨き上げると、そのままゆっくりと湯船に浸からせてくれたのだった。
化粧台の前で化粧が始まると、みるみるうちに顔と髪の毛ができあがってゆく。髪はダウンスタイルでふんわりと巻かれ、両サイドから編みんでハーフアップした後、生花で飾り付けをしているようだった。
公爵家のメイド達は人の印象を捉えることにも長けているのだろう。メイクは派手すぎず、シェリルの良さを最大限に引き出したナチュラルな中にも品あるもので、何処から見ても貴族の令嬢そのものだった。
「それではシェリル様、最後にこちらのドレスへ着替えさせていただきます。」
そう言ってメイドが持ってきたドレスは、鮮やかな琥珀色のイブニングドレスだった。
ドレスの生地は上品な琥珀色のシルクでできており、その上からは薄いチュールがふわりとかかっている。
胸元全体にはゴールドの刺繍糸で立体的な花の刺繍があしらわれていた。
その豪華で上質なドレスに思わず言葉を失う。
「ではコルセットをつけさせていただきますね。」
メイドはそう言うとシェリルの腰にコルセットを巻いた。シェリルはこの用意された上等なドレスをどう受け止めたら良いかわからないまま、メイドに言われた通りに体を動かしたが、先ほどよりも一段と早くなった心臓の音が身体中に響くようだった。
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身支度が全て整うと、メイドはシェリルを部屋の中央にあるアンティークなソファへ座るよう促し、サイドテーブルに紅茶を置くと、少し待つように伝えて部屋を出ていった。
一旦座ってみたものの、そわそわとしてじっとしていられずすぐに立ち上がると、姿見の前で立ち止まる。
そこに映る姿は先ほど公爵家にきた人物とはまるで別人のように完璧に仕上がっており、改めて公爵家のメイドたちの力量に感心せざるを得なかった。
しかし、いくら取り繕っても内側から出る雰囲気までは変えられない。あの聖夜祭の夜に見たシオンから滲み出る高位貴族の品格に並んでも、自分は足を引っ張らないか心配で思わず鏡から目を背けた。
一口紅茶でも飲もうかと思った時だった。コンコンとノックをする音が聞こえたため、「はい、どうぞ」と返事をすると扉がガチャリと開き、シオンが入ってきた。
シオンは上下黒の燕尾服をかっちりと着こなしており、ウイングカラーのシャツの首元には格式高い白い蝶ネクタイが寸分の狂いもなく結ばれている。
そして、シルクの襟が上品な光沢を放つ仕立ての良い燕尾服のジャケットの胸元には、シェリルのドレスと同じカラーの生地が使われた琥珀色のチーフが覗いていた。
シャツの袖元には琥珀の宝石があしらわれたシンプルなカフスボタンが止められており、ドレスコードをしっかりと守りながらも随所にシェリルのドレスとの調和が感じられるようなコーディネートになっていた。
髪の毛はウエットな質感をまとわせながらかきあげており、後れ毛が少し垂れ下がっている。そのヘアスタイルによって前面に出された欠点のないビジュアルからは危ない色気が溢れ出ていた。
シェリルは思わずその姿に釘付けになり、息を呑んだ。そんなシェリルの気も知らないシオンはシェリルの姿を上から下までじっくり見ると、口角を緩めながら口を開いた。
「やっぱり、俺の見立て通りだったな。シェリルの瞳の色と同じこのドレスが絶対似合うと思ったんだよね。」
そう言いながらシェリルの元へ歩み寄ると、優しい表情でシェリルを見下ろした。シェリルは慌てて回らない頭で言葉を捻り出した。
「こんなに素敵なドレスを用意してくださって、ありがとうございます。でも、シオン様はさすがですね。正装もびしっと着こなされてて…私が足をひっぱらなければいいんですけど…」
「何言ってんの?自分の姿鏡でしっかりみた?」
そう言うと姿見のところまでシェリルを移動させ、鏡の前に立たせるとシェリルの肩に後ろから両手を当てて話を続けた。
「こんなに綺麗な令嬢をエスコートできるなんて、俺は今日の舞踏会で一番注目を集めそうな気がするよ。」
そう言って鏡越しにシェリルの方へと目を向けた。シオンからそんな風に言われ、恥ずかしさでシェリルの顔が赤く染まっていく。
「でももう一つ、足りないものが揃えばさらに完璧になる気がするんだよね。」
そう言うと、後ろからそっとシェリルの首元に手を回し、上品な宝石のついたペンダントをつけた。シェリルは鏡越しに見えたその上品なペンダントを手にとると、じっと見つめる。その宝石はブルーグレーの色にきらきらと輝き、光りが当たとまるで呼吸をしているかのように表情を変化させた。シェリルはハッとしてシオンの方を見上げた。
「シオン様、もしかしてこの石って…」
シオンはそこまで聞くと、シェリルに向かって微笑み、口を開いた。
「聖夜祭の時に見てたカラーチェンジストーン。俺の魔力を込めてる。今回は軽率なプレゼントじゃなないから、受けとってくれるよな?」
いつものようにイタズラっぽく笑うシオンに対し、聖夜祭での会話を思い出す。
『あんな高価なもの、軽率にプレゼントされても困りますよ。』
『じゃあ軽率じゃなければ受け取ってくれるんだ?』
確かにそんな会話をしていた。シオンはあの時のことをしっかり覚えていたのだと気づいたが、まさか本当にプレゼントされるとは夢にも思っていなかった。
「こんな高価なもの、いただいてしまって本当にいいんですか…?」
答えはなんとなくわかっていたが、確認をするようにシェリルはシオンへ問いかけた。
「当たり前でしょ。シェリルのために用意したんだから。それ、シンプルなデザインにしたから舞踏会が終わったあとも毎日つけてほしい。」
優しい眼差しの中に、どこか鋭さのある瞳を向けられて、シェリルはまた心臓が早まるのを必死に抑えようとシオンから視線を逸らした。
「——ありがとうございます。大切にします。」
ペンダントに優しく触れて、その感触を感じながら伝えると、シオンは満足したような表情で頷いた。
「よし、じゃあ王宮に向かおうか。さあ、お手をどうぞ、お姫様」
そう言って視線を合わせるとシェリルの方へ右手を差し出した。シオンからすれば冗談のつもりでも、動作の節々から本物の王子様のような気品が溢れていた。
シェリルは口元に手を当ててくすりと笑うと、シオンの右手に自信の左手をそっと乗せると、シオンも満足したようで、立ち上がり、二人は部屋の外へと歩き出した。
お互いに手袋をはめていたが、その手からは暖かい体温が伝わってくるようだった。




