第19話 知らない世界
聖夜祭以降本格的に忙しくなり、シェリルは街の医療施設で聖魔導士として治癒活動をしたり、魔力や魔道具の研究に追われたりと、仕事に明け暮れていた。
あの聖夜祭の夜がまるで夢だったかのように、目まぐるしく日常は流れていた。
シオンもあの日のことは特に話題にすることもなかったため、シェリルは転生の真実を告げるタイミングを計りかねていた。
いつも通り出勤した日の朝、シェリルは珍しくシオンに呼ばれたため、シオンの執務室へと足を踏み入れた。
リガードの執務室は何度も入ったことがあったが、シオンの部屋は滅多に入ることはなかったため、シェリルは少し緊張しながら部屋を見渡すように視線を動かした。
シオンは中央の応接用のソファにシェリルを座るよう促すと、話し始めた。
「王宮で毎年開催される舞踏会のことは知ってる?」
唐突に言われ、シェリルは少し考える。グランパニア領の実家にいた頃は、王都のことはあまり聞いたことがなかったため、素直に首を横に振った。
「来月その舞踏会が開催されるんだけど、俺もノアール家の人間として招待されているんだ」
そこまで言うと、シオンは少し考えて言葉を選ぶように話を続けた。
「シェリルには今回、俺のパートナーとして一緒に出席して欲しいんだ。」
思わぬ誘いに、シェリルは目を丸くして向かいの椅子に座っているシオンの顔を見ると、回らない頭をフル回転して言葉を発した。
「えっと…でも私はここでは平民として暮らしているんですよ…?王宮の舞踏会なんかに参加できるはずがありません」
「王宮が管轄しているこの施設の魔導士なら出席することが許されてる。だから身分の違いなんてものは考えなくても大丈夫。」
「でも、ドレスもそんなにすぐに用意できませんし…」
シェリルは聖夜祭の時に見たシオンの正装姿を思い出し、自分がシオンの隣に立てるだけの品格があるとはとても思えなかった。
「ドレスは俺が用意する。こっちの都合で振り回して申し訳ないけど、ノアール公爵家のいい年した嫡男が、パートナーも連れずに舞踏会に参加するなんて体裁が悪くてね。その辺の令嬢を連れて行ってもいいけど、それよりも王宮で働く聖魔導士を連れていく方が箔がつくってわけ。ねぇ、俺を助けると思って引き受けてくれない?」
困ったようなずるい表情でシェリルに目を向けるシオンを見て、気持ちがぐらつく。
確かにシオンの言うことは理解できる。それにいつも助けてもらってばかりだということを考えると、自分にできることがあるなら…という気持ちが浮かんできて、シェリルは思わず首を縦に振った。
「わかりました。シオン様にはいつも助けられてばかりなので、私でよければ舞踏会に同行させてもらいますね。」
そう伝えると、シオンは口元に両手を当て、ほっとしたように目を閉じて深く息を吐いた。
「よかった。断られたらどうしようかと思った。じゃあ当日は昼頃にうちの馬車が迎えにいくから、一旦うちに来て。ドレスもその時用意しておくからそこで着替えて一緒に向かおう。」
シオンは優しい表情で「よろしく」と伝えると、シェリルをソファから立つように促した。
「忙しい時に悪かった。業務にもどっていいよ。俺はちょっと出てくる。」
そう言うと、一緒にシオンの執務室を出ると、シェリルは自席に戻り、シオンは外へと出ていってしまった。
返事をしたのは自分だが、よくよく考えてみると、王宮の舞踏会なんて間違いなく国一格式が高いはずである。本当に返事をしてしまってよかったのだろうかと改めて自分の判断が正しかったのか不安になりながらも、シェリルは目の前の膨大な書類に目を向けた。
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ちょうど繁忙期とかさなったおかげで、舞踏会までの日々は慌ただしく過ぎていった。
そして舞踏会当日。シェリルが朝から落ち着きなく家で過ごしていると、ジリリとベルの音が響いた。入り口のドアを開けると、そこにはノアール家の紋章を胸につけた従者が立っていた。
「シェリル様、ノアール家よりお迎えにあがりました。ご準備ができましたら、前に止めてある馬車へどうぞ。」
「ありがとうございます。すぐに向かいます。」
(何にも持って行けるものとかないけど、本当にこんないつも通りの感じで大丈夫かな…)
シェリルは不安に思いながらも、ノアール家からの馬車に乗り込むと、自分の家を後にした。
二十分ほど馬車に揺られていると、石畳を走る馬車の音がぴたりと止まる。その後すぐに客車の横に木の踏み台を置く音がした後、従者が丁寧に客車をノックしてシェリルへドア越しに声をかけた。
「シェリル様、到着いたしました。ドアを開けてもよろしいでしょうか。」
先日乗った王都からの民間の馬車とは違い、ノアール家からの馬車は客人に対する丁寧な扱いを感じる。シェリルは従者へ「大丈夫です。」と答えると、ゆっくりとドアが空いた。頭を下げながら従者から差し出された手を取り、シェリルはゆっくりと踏み台に足を下ろした。
目の前には以前来た時と同じように外からは見えない広大な敷地が広がっていた。従者に案内されながらシェリルが公爵邸の敷地へ足を踏み入れると、本邸へつながる道とは別の道に案内される。少し歩き本邸の横を抜けると、広い庭園が見えた。
(本当に、とんでもない敷地の広さね…)
その広大な土地に圧倒されながら、シェリルが進んでいくと、道の外れに別邸の建物が建っていた。どうやらそちらに向かっているようだった。
(あの別邸だけでも十分な広さがありそう。ゲストハウスだけでもこんなに大きいなんて…公爵家ってやっぱり桁違いだわ。)
別邸に到着すると、中には3人のメイド達がシェリルの到着を待っていた。
「シェリル様、この度は馬車での道中、お疲れ様でございました。ここからは私達がお支度のお手伝いをさせていただきますので、よろしくお願いいたします。」
代表して一人がシェリルに声をかけると、あとの二人も頭を下げたため、シェリルも慌てて挨拶をする。
「ありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします。あの…私本当に何も持ってきていないのですが、大丈夫でしょうか…?」
公爵家の高貴な雰囲気に気圧されながら不安げにシェリルが聞くと、先ほど挨拶をしたメイドが優しい笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「シオン様からお支度については伺っておりますので、全てお任せくださいませ。さあ、こちらへどうぞ。」
シェリルはここまで案内をしてくれた従者に頭を下げると、メイド達に促されながら数ある客室の中の一室へと足を踏み入れた。




