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第2話 王家との繋がり

 昨日の一件から一夜が明け、シェリルは再び「第一執務室」の重厚なドアの前に立っていた。シェリルの気分とは裏腹に、空は綺麗なスカイブルーの爽やかな朝の色を広げ、太陽がキラキラと廊下に差し込んでいる。


 今日から初出勤だというのに、足取りは重く、不安な気持ちで初日を迎えていた。

 せっかくの新生活。落ち込んでいても仕方がないと気持ちを仕切り直し、ドアに手をかけようとした時、背後から大きな影が扉にベールをかけた。


「やぁ、新入りの子だね。そんなところで突っ立ってないで、入っちゃっていいんだよ。」


 不意に後ろから声をかけられ、慌てて振り返るとそこには長身の男性が立っていた。


 上品な仕立ての良い白いシャツには光が当たるとキラキラと輝く貝ボタンが丁寧に縫い付けられている。

 スラリと長い足が伸び、足元には綺麗に磨かれた茶色い革靴。髪は乱れることなく綺麗に整えられており、誰が見ても高貴な雰囲気が漂っていた。


 その見た目からこの執務室では間違いなく上の立場の人物であると察する。


「は、初めまして!シェリルと申します。グランパニア領から参りました。本日からよろしくお願いいたします!」


勢いよく自己紹介をし、シェリルは深く頭を下げた。平民であればミドルネームやラストネームを持っていないことは決して不自然なことではない。


「ここの室長のリガード・エルヴィス・ヴァレンシアだ。今日からよろしく。さあ、こんなところで立ち話していても仕方がない。中に入ろう。」

 

 リガードの腕が重たいドアをグッと押し開ける。早々と自己紹介を済ませて部屋の中へ入ったが、シェリルの頭には「エルヴィス」というミドルネームがこびりついて離れなかった。


 エルヴィスとは本来王家のみが継承するミドルネームだ。一般的な貴族とは格が違うそのミドルネームが耳にひっかかり、おずおずとリガードの方へ目を向けると、リガードはチラリと目元だけをシェリルへと向けた。


 何かに勘付いたことがシェリルの顔に書いていたのだろう。リガードはまた瞳を進行方向に向け直すと、声色を変えることなく話を続ける。


「立派なミドルネームがついているが、私自身は王族ではないから安心してくれ。私の父が現王の弟なのだよ。父は結婚と同時に臣籍降下してヴァレンシア公爵になったからね。」


リガードの見た目や立ち居振る舞いの至る所から高貴な気品が感じられていたため、あっさりと納得できた。


 足を踏み入れた執務室の中を見渡すと、アンティーク調の装飾に太陽の光りが差し込んでおり、昨夜見た場所と同じだとは思えないほど爽やかな朝の空気を纏っていた。


 昨日は気がつかなかったが、床には書類が山積みになっていたり、棚には資料がぎっしりと並べてあることから、どこからどう見ても仕事をする空間だった。

 

 昨夜荷物を置いて帰った自分用のデスクにカバンを置くと、リガードの後について部屋の左端にある扉から室長室に入り、デスクの前に立ち止まる。


「それにしても」


リガードは大きな室長デスクに腰を下ろすと、話を続けた。


「昨日は災難だったみたいだね。到着が夜になるって聞いてたから出迎えたかったんだけど、私はどうしても外せない議会があったからシオンに代わりを頼んだんだけど…あいつ、令嬢を連れ込んでたとか。いきなり驚かせてすまなかったね。」


ばつが悪そうにリガードが口にしたため、どうやら昨日起こったことはすでに把握済みなのだと察する。昨夜のことを思い出し、また顔が熱くなっていくのを感じる。


「い、いえ!とんでもないです!びっくりしましたけど、わたしは全然大丈夫ですので!」


慌てて顔の前で手を左右に大きく振りながら主張したが、かえって必死な姿が空回りしているようで、全く格好がつかない。


「でも、あの方…シオン様はいつもあのような感じなんですか?」

シェリルが一番気になっていたところを聞くと、リガードは困ったように笑いながら話を続けた。


「あいつはノアール公爵家の嫡男なんだが、もう二十二歳だというのにまだ婚約者も決まっていなくてね。ノアール家は代々影魔法を司っているのは有名だから知ってるかな?影魔法は国の中でもトップクラスの魔力なんだよ。そんな公爵家に嫁いでくる令嬢もまた、魔力が大きく、なおかつノアールの魔力との相性が求められるからね。まあよく言えば結婚相手を探すっていう名目で、あんな軽薄な態度でも容認されてるってわけさ。」


ノアール家。王族のもつ光魔力と対象に影の魔力をその身に宿す一族。転生したあとの魔法学校時代に耳にしたことはあったが、実際自分の上司となる人がまさか影魔法の使い手であるノアール家の嫡男だったとは夢にも思っていなかった。


(王族と繋がりのあるヴァレンシア家のリガード様と、ノアール家の嫡男であるシオン様…。そんな二人が私の上司だなんて、もしかしたら大変なところに配属されちゃったかも…。)



「まぁ、あいつは誰とも深い関係は築くつもりはないみたいだけど…」


 そこまで言ったところで、リガードはチラリとシェリルの頭上奥の方へ目線を動かした。


「おい、リガード。俺のいないところで勝手に人のことペラペラ話さないでくれる?」


 背後から不機嫌そうな声が聞こえ、シェリルは勢いよく振り返った。目の前にいるのは昨日最悪な出会い方をしたシオン・エルディア・ノアール本人だった。


 思ったよりもシオンとの距離が近く、すぐさま後ろへ一歩後ずさったものの、リガードのデスクとシオンとの間に挟まれて、逃げ場がなくなっていた。


 シオンの前髪の隙間から覗くブルーグレーの瞳は鋭く見え、その本心が見えない眼差しに気圧される。前からも後ろからも圧倒的なオーラを当てられて、シェリルは自分がとてもちっぽけな存在に思え、消えてしまいたい衝動に駆られた。

 

 しかし、この目の前の男が上司なことに変わりはない。シェリルは改めて姿勢を正すと、一呼吸おいて小さく一歩前に踏み出した。


「昨日は挨拶もできず、失礼いたしました。私はシェリルと申します。これからよろしくお願いいたします!」


 シェリルは深く頭を下げた。顔を上げるタイミングがわからずにいると、頭の上に骨貼った大きな手とグローブの感触が伝わる。パッと顔を上げると、目の前のシオンは昨日とは違い、揶揄うような笑みは浮かべていなかった。昨日との表情の違いに、シェリルはほっと胸を撫で下ろした。


「じゃあこれからたくさん俺が可愛がってあげるから、頑張ってね、新入りちゃん。そうと決まれば早速だけど、デスクに書類を置いておいたから、全て目を通しておくように。」


「は、はいっ!。」


 シェリルに業務内容を伝えると、シオンは室長室の真ん中にあるソファに気だるげに腰を下ろし、背もたれにもたれかかった。シオンが部屋を出ないところをみると二人で話すことがあるのだろう。そう察したシェリルは二人に向かって一礼をすると室長室を出て自席へ戻った。


 しかし、シェリルは自席のデスクの上に大量の書類と資料が山積みになっているのを見て、「これからたくさん可愛がってあげる」と言っていたシオンの言葉の意味をようやく理解したのだった。


書類の山を確認すべく、シェリルは自席へ腰を下ろす。用意されていた椅子は女性には大きく、深く沈み込む。椅子の高さを調整し、なんとか浮上したあと、目の前の書類に目を落とした。

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