第17話 こんなにも違うのに
ノアール公爵邸に行った翌朝、シェリルが職場の玄関口に入ると、シオンもちょうどきたところだったようで、行き交う人たちの中でばったりと鉢合わせることになった。
見たところすっかり元気になったようで、シェリルはほっと肩を撫で下ろした。
「おはようございます。もうすっかり体調は良さそうですね。」
シェリルがそう声をかけると、シオンは少しムッとした顔をして、口を開いた。
「昨日さ、なんで帰るとき起こしてくんなかったの?一人でベッドの中で目が覚めてすっごく寂しかったんだけど?」
シオンがそんな風に言葉を発した途端、周りにいた女性が一斉にこちらに目を向ける。間違ってはいないものの、ニュアンス的に変な風に捉えかねない言い方にシェリルは血の気が引くのを感じた。王都での噂話はみるみるうちに広まっていくものである。
「ちょ、ちょっと!シオン様!変な言い方しないでください!私は書類を届けに行っただけで何もしてないですし、勝手に寝ちゃったのはシオン様じゃないですか!私は何もせずに起こさないように部屋を出たんですから逆に感謝してほしいくらいです…!」
あえてわかりやすく状況を説明するように言葉にすると、さっきまでこちらを見ていた女性たちは、ほっとしたような表情で各自の持ち場へそれぞれ足を進めていった。
シェリルは第一執務室の近くまで来て人がいなくなったのを確認すると、顔を赤くしてシオンの方に体を向けた。
「シオン様!あんな言い方しないでください!シオン様といるとただでさえ目立ってるのに、あの言い方だとまるで、い、一夜を共にしたのかと誤解されちゃうじゃないですか…!」
自分で言っていて急激に恥ずかしくなるのを感じる。もう少し遠回しな言い方をすればよかったと後悔していると、そんなシェリルの姿を見てシオンはイタズラっぽく笑っていた。
「俺は別に誤解されてもいいけどね。それか、ほんとに既成事実作っちゃってもいいけど?」
シェリルの髪を掬い取り、口元に持っていき、愉しそうに笑っているシオンを見て、またさらに胸が高鳴ってしまう。シオンのことが好きだからこそ、冗談めいた軽薄な態度に振り回されてしまう。人の気も知らないで完全復活を遂げたシオンに、シェリルはドキドキと高鳴る心臓を落ち着かせるべく、大きく息を吐いたあと、口を開いた。
「今日の聖夜祭では、シオン様も聖女様の護衛をされるんですよね?これから王宮へ行かれるんですか?」
この国では年に二度、夏と冬に王宮の神殿で聖女が祈りを捧げる聖夜祭をする風習があり、聖夜祭の日の城下町では夜遅くまでマーケットが出たりと国をあげてのお祭りになっている。
夏の聖夜祭では、風魔術の込められたペーパーバルーンに魔力と願いを込めて空へと飛ばすイベントが開催され、その祭りでは恋人同士が願いを込めて一緒に飛ばすとずっと一緒にいられるというジンクスもあり、非常に盛り上がるイベントの一つだった。
「そうなんだよね。今日は長くなりそうだよ」
だるそうにシオンはそう言うと、執務室の扉を開けるとシェリルを中へ入るよう促した。
「じゃあ俺は王宮の方に行くから、シェリルも頑張って」
そう言うと扉を閉めて行ってしまった。
(こっちに用事がないなら、そのまま王宮に行けばよかったのに…)
不意にくるさり気ない優しさに、自分が特別扱いをされているような感覚に陥ってしまう。シオンが大切に思っている”シェリル”と自分は違うのだと思うと、胸が締め付けられるような想いに駆られてしまい、どうしてもブレーキをかけてしまう。
シェリルは何も考えなくて済むように、目の前の仕事に取り組み出した。
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シェリルが時計を見ると、すでに夜の8時を過ぎたところだった。魔法灯のスタンドライトを付けて薄暗くなった執務室で大きく伸びをする。
(ちょっと残り過ぎちゃったな。)
シェリルは書類を机の端にまとめると、カバンを持って執務室を後にする。外廊下を歩きながらふと横を見ると、城下町の煌びやかな灯りと、人々の願いが込められたバルーンが青白い魔力の光を放ちながら一気に上がっていくのが見えた。
正直、このお祭りにシオンと行けたらと淡い期待を抱いていたが、シオンは聖女の護衛につくことが決まっていたため、誘うことができなかった。
一人で行っても虚しい気持ちになるだけかなと思ったシェリルは、無理して仕事を詰め込んでしまったのだった。
外廊下の塀に手をついて立ち止まると、綺麗なその景色をぼーっと見つめて感傷に浸っていた。
(一緒に行きたかったなー…。まあでもシオン様もお仕事だったわけだし、しかたないか。疲れちゃったし帰ろ。)
再び歩き出そうとした時だった。
「シェリル?」
声がした方に顔を向けると、そこにはシオンが立っていた。
ウィングシャツの襟元にはネイビーのタイが下がっており、かっちりとしたジャケットには肩からは金色の紐で結われた飾緒が胸元にかかってつけられている。
すらりとしたネイビーのズボンには金色が差し色使われており、同じカラーのブーツが合わせてあった。
いつもとは違う装いのシオンに、思わず目を奪われてしまう。
「シオン様…」
普段とはあまりにも違うその姿は、公爵家の人間だと言われなくても綺麗に着こなされており、すぐにハッとして言葉を続ける。
「聖女様の護衛はどうされたんですか?」
「それはもう終わった。ほんと王家の人間は人使い荒くてまいったわ。」
首元のタイをするりと緩めて外すと、シャツのボタンを手慣れた手つきで外す。
「それで、シェリルはなんでこんな時間までここにいるわけ?」
今の自分がシオンと話すのはあまりにも不釣り合いな気がして居た堪れなくなり、再び塀の方へ身体を向け直すと、街の光を見ながらシェリルは口を開いた。
「ちょっとキリのいいところまで仕事がしたくて…気がついたらこんな時間になっちゃってました。」
あははと笑い飛ばすと、シオンはゆっくりとシェリルの方へ近づきながら言葉を続けた。
「じゃあシェリルもお腹空いてる?俺さ、散々こき使われてもうお腹もぺこぺこだし、ちょっと気晴らしもしたいんだよね。聖夜祭のマーケット、もう少し開いてるから一緒に付き合ってくんない?」
ぱっとシオンの方に顔を向けると、ふわりとした笑顔をこちらに向ける。
「その顔はいいってことでいいんだよね?俺は流石にこの格好のままじゃ行けないから着替えてくるわ。すぐ行くからちょっと待ってて。」
そう言うと、執務室の中へ入って行った。自分とはあまりにも違うと感じていたのに、シオンはいとも簡単にシェリルの作った壁を飛び越えてゆく。
今は悩むよりも2人で聖夜祭に行けることが何よりも嬉しい。
シェリルは、残業をすることを決めた過去の自分を心の底から褒めたい気持ちに駆られながら、先ほどとは全く違う気持ちで城下町の灯りを眺めながらシオンが来るのを待つことにした。




