第14話 もっと近くに
シオンが出て行ったあと、シェリルはシオンに言われた通り、ある程度痛みを取り除き大きな傷口を塞ぐようなかたちで負傷者の治癒にあたっていた。
時間を忘れるほど懸命に治癒魔法を施したおかげで、昼が過ぎた頃には全ての者の治癒が完了し、あとはシオンを待つのみとなっていた。
シオンは『お昼ご飯の前に終わっちゃうんじゃないかな』と言っていたが、一向に帰ってくる気配がなく、日は傾き始め森には木々の影が長く広がり始めていた。
(シオン様、流石にちょっと遅くない…?もう日が傾き始めているのに、まだ帰って来ないなんて何かあったのかな…。)
負傷者へ治癒を施していた際は時間があっという間に過ぎていくような感覚があったのに、人を待つ時間は普段の何倍も長く感じる。
そわそわと落ち着きなく外にある椅子に座っていると、一人の騎士がシェリルの元にやってきた。それは先ほどテントに案内してくれた騎士だった。
「シェリル様、この度はヴァレンシア領にきてくださって本当にありがとうございました。シェリル様がこなければきっと助からなかった者もおります。本当になんと感謝すればよいか。」
そう言って真剣な面持ちで深く頭を下げた。
「そ、そんな!私は私にできることをしたまでです!なので頭を上げてください!」
慌ててそう制すると、目の前の騎士はゆっくりと頭を上げた。背丈はシオンと同じくらいだろう。騎士の姿にシオンを重ねてしまい、不安な気持ちがまた湧き上がる。
そんなシェリルの心情には気がつかない様子の騎士は先ほどよりも少し穏やかな表情になり、話を続けた。
「シェリル様はお優しいですね。しかし、シオン様も噂に聞いていていたような人ではなく、安心しました。」
「うわさ…?」
「はい。シオン様は昔からヴァレンシア公爵邸によくいらしていたみたいで、あの美貌なのでこの辺では結構有名だったんですよ。それに、いつも女性と一緒にいる姿を目撃されていたので、正直もっと軽い人なのかと思っていました。」
申し訳なさそうに肩をすくめながら笑う騎士に対して、シェリルの顔が引き攣る。行きの道中で会ったマリアという女性のことを思い出し、やはり昔から噂の絶えない男だったのだろうと察した。
複雑な気持ちで視線を落とすと、男の腕が目に入り、その腕に包帯が巻いていることに気がついた。
シェリルは話題を変えたかったこともあり、目の前の男に話しかけた。
「あの、その腕痛くないですか?よかったら治しましょうか?」
何気なくシェリルが騎士にそう提案してみると、意表をつかれたのか呆気に取られているようだった。
「え、そんな…ただでさえ怪我人を治癒したばかりなのに…」
シェリルは遠慮する目の前の男に笑いかけ、言葉を続けた。
「中の人たちの治癒はもう終わりましたし、私の魔力もまだ結構残っているので大丈夫ですよ。よかったら隣に座ってください。」
シェリルは少し横にずれると、一人分座れるスペースを確保し、なるべく遠慮されないように笑顔を向けた。
男は少し頬を赤らめながら「失礼します」と言いシェリルの横に座ると、ゆっくりと自身の腕から包帯を取り、シェリルの方へ腕を伸ばす。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えてお願いします。」
シェリルは先ほど騎士達の治癒をした時と同じように目の前の騎士の腕に治癒魔法を展開する。影が落ち始めた森の中で、ぽう…とシェリルの魔力が青白く光る。その清廉な光りの反射を受けるシェリルの顔に、男は思わず見惚れてしまっていた。
シェリルがそろそろ大丈夫かなと思い、術式を解こうとした時だった。
「おい、何してんの。」
真後ろから突然低い声がして、思わず振り向くと、鋭い目つきでこちらを見下ろすシオンの姿があった。シオンは一瞬ちらりとシェリルを見た後、すぐに隣に座る騎士の方へ視線を落とした。
「君さ、」
シオンがそう言って隣の騎士に問いかける。顔つきや話し方はいつも通りなのに、ブルーグレーの目元は影が落ちたように光が一切感じられない冷たい目つきのままだった。
「シェリルと一緒にいてくれてありがとね。ここはもういいから。あっちにヴァラモスの死体を二体持ってきたから後処理しに行ってきてよ。」
その冷たい笑みの中にある威圧感と緊張感に、完全に萎縮してしまった男は声を裏返しながら「し、失礼します!シェリル様、ありがとうございました!」と言い捨て、急いでその場から去って行った。
騎士の背中を見送ると、シオンは何も言わずに先ほどまで男が座っていた場所にどかりと腰をおろし、ため息をつきながら下を向いた。しばらく沈黙が流れ、シェリルはいつもとは違うシオンの態度に困惑し、頭の中で必死に理由を考えていた。
「シオン様…?あの、大丈夫ですか…?どこか怪我してるとか…」
シェリルが居た堪れなくなり言葉をかけると、シオンは下に向けていた顔をゆっくりとシェリルの方へ向けると、見上げるように瞳をシェリルへと動かした。髪の毛の隙間から、ブルーグレーの綺麗な瞳がシェリルを射抜く。その瞳は先ほど騎士に向けたものとは違い、どこか儚げな色を帯びていた。
「俺が頑張ってたっていうのに、帰ってきてみたらシェリルが他の男といちゃいちゃしてるんだから、薄情なやつだなと思って打ちひしがれてた。」
シェリルはまるで考えもしなかったことを言われ、目を丸くする。頭の中でシオンの言葉を反芻すると、ようやく意味を理解し、その可愛い理由にシェリルは目の前の拗ねているシオンのことが愛しくてたまらなくなった。
不貞腐れているシオンを見ながら、少し揶揄ってみたいという思いが沸々と湧き上がるのを感じた。
「シオン様、もしかして妬いてますか?」
ふふっと笑いながらシオンの顔を覗き込むシェルに対し、シオンは不満げに横目でシェリルを睨んだ。
「そうだよ、妬いてんの。」
あまりにストレートに発せられた言葉に意表をつかれてしまい、揶揄っていたシェリルの心臓が急に跳ね上がる。
「じょ、冗談ですよ!さっきの騎士様は怪我をしていたから治癒していただけです!いちゃいちゃしていたわけではないですし、それに私は…シオン様が全然帰ってこないから何かあったのかと思って…心配しながらずっとまってたんですからね!」
シェリルが必死に弁解すると、シオンは満足気にまたいつもの揶揄うような笑みを浮かべ、グローブをはめた右手の手のひらを上にして、シェリルの膝の上に乗せた。
「じゃあ頑張ったご褒美、ちょうだい。」
そう言って甘えてくする姿に、心臓の音が早くなる。普段はかっこいいのに、こんな時にかわいく甘えてくるのだからこの男の底がしれない。
シェリルは顔が熱くなるのを感じながらも、シェリルの手が重なるを待っていたシオンの手のひらに、自身の手のひらを重ねた。
遠慮がちに重ねた手を、シオンは自身の大きな手で握りしめた。
シオンからの視線がいつの間にか優しいものに変わり、シェリルの視線と重なり合う。さっきまでのドキドキとしていた気持ちに加え、その穏やかな空気は午前中の緊迫した空気とはまるで違っている。
初任務が完了したのだと改めて実感し、シェリルは少し力を抜きながら、優しく微笑むと、シオンも同じように優しくシェリルに微笑みかけた。
「お疲れ様でした、シオン様。」
「シェリルも、お疲れ様。」
空は夕焼けのオレンジ色で淡く染まり始め、シェリルはあたり一帯に張り詰めていた空気が一気に和らいだような気がした。




