第13話 互いの役割
深い森を2時間ほどかけて進んでいくと、少し開けた場所に大きめのテントが2つ貼ってあり、騎士たちが慌ただしく出入りしているのが見えた。近くに馬を止めて固定すると、シオンは足早に手前のテントへと向かった。シェリルも慌てて後を追う。
ばさりと入り口の布をめくり中へ入ると、何名かの騎士が横になり、手当てを受けていた。奥にある大きめのテーブルを囲うようにして、ガタイのいい騎士たちが4人ほど話混んでおり、テントの中は重苦しい雰囲気を漂わせていた。
シオンは倒れている騎士にちらりと視線を落とすとすぐに視線を前に戻し、まっすぐに奥へ進み、テーブルを囲んでいる男たちの近くに行くとすぐに口を開いた。
「王都から応援に来た魔術師のシオン・エルディア・ノアールだ。今状況はどうなっている。」
シオンは淡々と自己紹介を済ますと、すぐに現状を把握すべくその4人の騎士に問いただした。シオンより明らかに歳が上の者もいたが、敬語を使う様子がないところを見ると、魔力の大きさと爵位がものをいうこの世界で、シオンよりも格が上の者はこの場にいないのだろう。
一番奥に座っていた男が立ち上がり、シオンの方を見ると頭を下げた。
「シオン様、ヴァレンシア領まで遠路はるばるお越しいただき、大変感謝いたします。私が隊長のビンスです。早速ですが、戦況はあまり良くありません。王都に魔導師様を要請した際はヴァラモスの成体が1頭だと思っていたのですが、昨日状況を把握すべく目撃地に入ったところ、どうやら2頭いたようで、不意をつかれ我が騎士たちがかなりやられました。」
シェリルはそこまで聞いて、外にあったもう一つの大きなテントはもしかして負傷した人たちがいるのではないかと考え、血の気が引く。
(もしそうだとしたら、どれだけの人が苦しんでいるの…!?今すぐにでも治療しないと…!)
そう思い、いても立ってもいられず、思わず口を挟んだ。
「私は王都で聖魔導師をしているシェリルと申します。負傷者がいるようですが、すぐにみなさんの治癒を行いますので案内いただけますか?」
咄嗟に口を挟むと、一斉に視線がシェリルへと向かう。騎士達はシェリルの発言を聞くと、不安な表情の中にもどこか安堵したような表情滲ませた。
ガタイの良い騎士達からの突然の視線に気圧されて後退りしそうになったが、必死に持ち直し、手をぎゅっと握りしめると、騎士の一人が安堵した表情でシェリルの元にかけよった。
「ありがとうございます…!重症の者もおりますので、すぐに案内します!」
シェリルは視線をチラリとシオンへ向けた。シオンは何も言わずにコクリと頷いたため、シェリルも頷き、すぐに騎士に案内を頼んだ。
テントを出て隣にあるもう一つのテントに入った瞬間、シェリルはあまりの惨状に言葉を失った。中には30名ほどの騎士たちが隙間もないほど寝かされており、苦しんでいた。
包帯から血が滲んでいるものや、腕が折れ固定されている者もいる。シェリルは重症の者のところから順に案内してもらい、治癒魔術をかけ始めた。
「もう大丈夫です!私が絶対に助けますから。だんだん楽になるはずです。」
苦しんでいる騎士を必死に励まし、治癒魔術を展開する。一人目の治癒が進むにつれ、だんだんと楽な表情になっていくのがわかると、心の底から安堵した。
(私でも役に立てることがあった…。ここに来れてよかった…。)
次の者の治療に移ろうと上体を起こし立ち上がった時、周りの負傷者が目に入り、あらためてその多さに息を呑む。
このまま全員の治癒が終わる頃には自分の魔力が先に枯渇してしまうのではないかと小さな不安が心の中を過った。
その時、テントの入り口がばさりと開き、シオンはシェリルを見るとまっすぐに向かってきた。
「こっちはひどい有様だね。怪我人がかなり多い。念の為魔力量増強のポーションを持ってきておいてよかったよ。」
そう言って、手に持っていた小さな小瓶をシェリルに手渡した。シオンが来たことで心の中にかかっていた暗い影がふっと和らいだ気がした。
「シオン様、ありがとうございます。こんなものがあるんですね。これがあれば皆さんを助けられそうです…!」
シェリルがそう言うと、シオンは優しく微笑み、ぽんとシェリルの頭に手を置いた。グローブのごつごつとした感触が頭から伝わると、シェリルはシオンを見上げた。
「お前のことだから、ここにいる全員を完全に治してあげたいだろうけど、あまり一人一人に魔力を使いすぎないようにね。治療は後で街に戻ったら相応の場所で受けされればいい。今回のシェリルの役割は全員を確実に助けることと。これから怪我人が増えた時のことを考えながら魔力の量を調整すること。いいね?」
シェリルはシオンの言葉を聞き、完全に自分の役割を理解した。初めての実践だったため、目の前の人たち全員を治癒で治さないといけないと考えていたが、確かにある程度の治癒を施して戦いが終わった後医療施設へ搬送すればいいのかと思い直す。シオンの実践慣れしている助言が今はとてもありがたかった。
「じゃあ俺は前線に行って片付けてくるから、帰るまで頑張ってね。」
(あ…っ。)
あっさりと前線へ向かおうとするシオンに、シェリルは思わず手が伸び、白いシャツをグッと掴んだ。シオンが意表をつかれたような顔でシェリルを見下ろすと、シェリルは不安気な表情でシオンを見上げていた。
「あの…シオン様も、くれぐれも気をつけてください。それと、絶対に、帰ってきてくださいね…」
シオンは思いがけないシェリルの言葉に、呆気にとられその場に固まる。シェリルとは違い戦地に何度も出ているシオンにとって、こんな状況は日常茶飯事だったが、シェリルにとってはこれが初任務なのだ。
当たり前のように任務で戦ってきたシオンにとって、不安な表情で自分を心配してくれるシェリルの言葉は新鮮で、胸の奥にじわりと暖かく染み渡る。
シオンは手につけていた黒いグローブを外し、ズボンの後ろポケットにすっと入れると、再びシェリルに向き直り、服を掴んでいたシェリルの手をそっと手に取り、優しく握りしめた。
「不安だと思うけど、しっかりここで俺のこと待ってて。あとさ、シェリルちゃんはこの俺をなんだと思ってんの?これくらいお昼ご飯の前に終わっちゃうかもね。今日の夜までには撤収して、またヴァレンシア家の美味しいご飯食べてふかふかのベッドで眠れるだろうから安心して。」
そう言ってふわりと微笑みシェリルにブルーグレーの瞳を向けると、名残惜しそうに繋がれた手を眺めた。その手を自然に自身の口元に持っていくと、そっとシェリルの手の甲に口付けた。繋いだ手からは心地よい魔力が循環し、シェリルはいつの間にか少し落ち着きを取り戻していた。
「じゃあ、行ってくる。」
そう言うと、シオンはすっと手を離し、今度は振り返らずにそのままテントを出ていってしまった。シオンの言動で不安な気持ちが少し軽くなったシェリルは、伝えられた言葉を信じて自分の今すべきことに取り組むべく、再び負傷者の治癒を開始した。




