第10話 母親の面影
公爵邸についたシェリルとシオンは、門のところで馬を預けると、そのまま敷地の中へ足を踏み入れた。道の両脇には道なりにさまざまな薔薇の花が咲き誇っており、優しい香りがシェリルとシオンを出迎える。
ふわりと漂う純粋な薔薇の香りに道中の疲れが癒される。少し歩くと敷地内の道を緩やかに曲がった先に、広い空間と噴水が見え、その後ろ側には家と言っていいのかどうかもわからない、お城のような建物が聳え立ち、思わず言葉を失う。
ヴァレンシア公爵は現王の弟であるため、王族の住む家ということを思い出し、思わず納得しながらもその大きさに圧倒されていると、噴水の裏から歩いてくる人がいることに気がついた。
男性は執事を連れて堂々と歩いてくる。貫禄ある姿にの中に秘めた優しい目元はリガードにそっくりだった。
「やあ、シオン。久しぶりだね。よく来てくれた。長旅で疲れただろう。今日は別棟の方を用意しているからそこでゆっくり過ごしてくれ。」
男性はシオンにそう告げると、ふっとシェリルの方へ視線を落とした。
「そちらの女性は今回同行した聖魔導師の方かな?リガードから話は聞いているよ。私はこの家の当主をしているカイン・エルヴィス・ヴァレンシアだ。今回はうちの領地のことで世話になるね。」
気品のある立ち振る舞いと爽やかな笑顔。漂う雰囲気はリガードと似ていて、そのルーツを感じずにはいられない。
「はじめまして。シェリルと申します。この度は公爵様のご厚意でご邸宅に滞在させていただくことになり、大変光栄に存じます。」
慌てて自己紹介をすると、カインは「ははは」と笑い、優しい笑顔を向けながら口を開いた。
「そんなに畏まらなくて大丈夫だよ。気軽に過ごしてくれ。それにしても、魔導研究施設ではリガードとシオンにいじめられたりしていないかい?」
「そんな!リガード様にはいつも本当に本当にお世話になりっぱなしで!優しくて聡明で、まさに理想の上司です!」
シェリルが慌ててそう答えると、むすっとした顔をしてシオンがシェリルのほっぺたをつねった。
「ちょっと、リガード様“は”って何?俺だって理想の上司だろ?」
「いひゃいでふ」と言いながら振り払おうとするとそんなやりとりを見ていたカインが「ははは」と大きく笑う。
「シオンが女性に対してそんな感じなのはめずらしいな。シオンに懐かないなんて、シェリルちゃんもなかなかやるな。」
カインがシオンの方を見ながらニヤリと笑ったその時だった。大きな本邸の建物の入り口から、一人の女の子が一目散にシオンの方へ走り出し、勢い良くシオンヘ飛びついた。
「シオンさまぁ!!お兄様から連絡をもらってからもうずーっとお待ちしてたのよ!本当に会いたかった!!」
飛びついた女の子をシオンは硬い腕でがっしりと抱き上げる。女性というには幼く、また少女というには大人びた女の子だった。
「セリシア、俺も会いたかったよ。また大人っぽくなったんじゃない?庭園のどの花よりも可憐で、このドレスもよく似合ってる。これじゃあ同年代の男にとったらセリシアは高嶺の花だろうね。こんな可憐な花を抱きしめることができるなんて自分の罪深さを感じるよ。先のことを考えるとリガードとカイン様の苦労が目に浮かぶようだ。」
街中に続いてまたしても女の子に甘く囁くシオンに、よくそんなにも綺麗にすらすらと言葉を紡げるものだと思わず感心してしまう。しかし、先ほど街で会った令嬢を見る目と、目の前の女の子に向ける眼差しは明らかに違うように感じた。
「こらセリシア。お客様の前で失礼だぞ。シェリルちゃん、私の娘、リガードの妹のセリシアだ。今年で13歳になる。」
カインが「セリシア」と声をかけ、カインの隣にくるように促す。シオンのことしか見えていなかったのだろう。慌ててドレスを整え、カインの隣に直ると丁寧にドレスのスカートを持ち上げて頭を少し下げた。
「はじめまして。セリシアと申します。よろしくお願いいたします。」
ドレスのスカートを持ち、ふわりと少しかがみながらお辞儀をするその一連の所作はなんとも滑らかで、公爵家の気品を感じずにはいられない。
「初めまして。シェリルと申します。」
シェリルもお辞儀をすると、セリシアはシェリルのことをじっと見つめた後、少し肩を丸めながら言いにくそうに、「あの…」というと、言葉を続けた。
「シェリル様は、その…姓はなんというんですか…?」
「セリシア!」
慌ててカインがセリシアを制した。セリシアからすればシオンと一緒に来た訳のわからない女に、爵位があるのか気になったのだろう。シェリルは場の空気を悪くしないように、笑顔でセリシアに答えた。
「私は平民の出なので、性はないんです。」
それを聞いたセリシアはどこかほっとしたようだった。公爵家と平民は一緒にはなれない。ぽっと出の女がただの仕事仲間だと理解したようでセリシアは安堵の表情を浮かべていた。彼女は本気でシオンのことが好きなのだろう。
「全く…とんだ失礼をしたね。セリシア、お前も謝りなさい。」
「い、いえ!そんな、いいんです!」
顔の前で激しく手を振りながら、なんとかして話を変えないとと思い、話題を振り絞る。
「そういえば、シオン様とヴァレンシア公爵家の皆様はとても親しいようですが、昔から交流があるんですか?」
普段のリガードとの接し方や、今回のシオンのフランクな態度を見てからずっと気になっていたことを言葉にする。素朴な疑問を投げかけると、カインはシェリルの方に体を向けた。
「私の妻と、彼の母親は姉妹なんだよ。仲の良い姉妹だったからね。母親同士で日を合わせて実家へ帰ったり、昔はよくシオンと二人でヴァレンシア領にも遊びに来てくれていたよ。シオンは母親のあとばかりついてまわっていたけど」
カインの話は続くようだったが、横からシオンが「カイン様」とまるで話を切り上げたいかのようにピシャリと遮った。制したような言い方に思わずシオンの顔を見たが、いつもの笑顔で話を続けた。
「彼女も今日はもう疲れているだろうし、このまま別邸に行かせてもらいます。公爵邸の食事を楽しみにしてたからね。セリシア、今回は任務であまりかまってあげられないけどまた来るから。それまでしっかり両親の言うことを聞くんだよ。さ、シェリルも明日に向けてしっかり休息しないとでしょ。」
そう言って、シェリルに目を向けた。
(そうだった、明日はいよいよ初任務なんだし、少し浮かれすぎちゃってたかも…!)
「カイン様、本日はお世話になります。セリシアちゃんも、いきなり訪問してごめんなさい。」
先ほどの自分の発言を気にしてか、セリシアはバツが悪そうに少し困った笑みで首を振った。二人に別れを告げると、シオンとシェリルは執事に案内された別邸へと足を運んだ。




