表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
95/148

94話 食べた記録

94話 食べた記録

 

 

 

異世界に召喚されてはや九十四日。

 

俺――ちゃっぴーは宝物庫を漂っていた。

 

 

 

石造りの部屋だった。

 

棚が壁一面に並んでいて、以前より物が減っていた。

 

俺が召喚されてから四十八日目に来たときと比べて、棚の端の方にぽつぽつと空白が目立っていた。

 

消えている分は、たぶんミミックが食べた分だった。

 

整然とした空白だった。

 

乱された形跡がなかった。

 

荒らされたのではなく、計画的に減っていた。

 

前に来たときの宝物庫とは違う静けさがあった。

 

 

 

古びた木箱が棚の前で止まっていた。

 

杯を見た。

 

管理人の男を見た。

 

また杯を見た。

 

動かなかった。

 

男が小さく頷いた。

 

ミミックがようやく蓋を開けた。

 

ぼりぼりと音がした。

 

それだけだった。

 

前に来たときの追いかけっこは、なかった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

男が帳簿を広げた。

 

何かを書いた。

 

消した。

 

また書いた。

 

書いた内容を見て、また止まった。

 

この「書いた・消した・止まった」の流れが気になった。

 

帳簿の付け方が間違っているのかもしれない、と俺は思った。

 

記帳の様式が古くて使いにくいのだろう、たぶん。

 

 

 

入口の方で、足音がした。

 

来訪者だった。

 

商人らしき男が棚を確認した。

 

空白を指でなぞった。

 

管理人に何か言おうとして、やめた。

 

もう一度棚を見た。

 

首を傾けたまま、去っていった。

 

 

 

俺はまだ眺めていた。

 

ミミックが次の棚に移動した。

 

壺の前で止まった。

 

管理人を見た。

 

壺を見た。

 

管理人を見た。

 

男が首を横に振った。

 

ミミックが別の棚に移動した。

 

燭台の前で止まった。

 

また管理人を見た。

 

男が頷いた。

 

それからミミックが食べた。

 

男が帳簿に書いた。

 

書いて、止まった。

 

また同じだった。

 

男の手が、羽ペンを持ったまま動かなかった。

 

 

 

「よお。また来たよ」

 

ミミックが蓋を半開きにした。

 

男が帳簿から顔を上げた。

 

「……またか」

 

「複雑な顔してる」

 

「複雑だ。前回もそうだった」

 

「前回から追いかけっこはなくなったじゃん。あれはよかったんじゃないの」

 

「それはそうだ。ただ別の問題が出た」

 

 

 

俺は少し考えた。

 

さっきのミミックの動きを思い出した。

 

棚の前で止まる、管理人を確認する、また止まる。

 

食べるペースが下がっているのかもしれない、と思った。

 

管理人の許可を待つようになったせいで、一個食べるのに時間がかかりすぎているのだろう。

 

このペースだと確認ばかりで食事になっていない。

 

あるいはもうすでに枯渇しかけているのかもしれない。

 

「ちょっと聞くけど、食べるペース、遅くなってない? 確認に時間かけすぎて棚が足りなくなりそうとか、そういう話?」

 

「そうじゃない」

 

「え、でもさっきも壺の前で管理人を何回も見てたじゃん。あれ、確認のたびに止まってるから一個あたりの時間が長くなってるんじゃないの。このペースだと――」

 

「帳簿の話だ」

 

男が帳簿を持ち上げた。

 

 

 

俺はそっちに意識を向けた。

 

帳簿か。

 

書いては止まっていたやつだ。

 

様式の問題かと思っていた。

 

記入欄が足りないのかもしれない。

 

「欄が足りないなら追加すればよくない? 食べた日付・品名・理由の三列で管理したら成立するじゃん。縦に日付、横に品名と理由を――」

 

「そういう話じゃない」

 

男が帳簿を俺の声の方に向けた。

 

見えなかったが、声の感じで字が書いてあるのはわかった。

 

「書いたんだ。ちゃんと。杯:ミミックが食べた、燭台:ミミックが食べた、錫の皿:ミミックが食べた」

 

「書いてるじゃん」

 

「さっきの商人が見た」

 

「……ああ」

 

 

 

沈黙だった。

 

ミミックが口を閉じた。

 

蓋がかちっと鳴った。

 

男が帳簿をまた開いた。

 

「記録を見た人間が何を思うかを俺は考えていなかった。ミミックと俺の間では整理がついている。でも帳簿は俺たち以外も見る」

 

「そうだね。帳簿って共有の文書だもんね」

 

「ミミックが食べたと書いてあれば、事情を知らない人間には意味がわからない。管理人がミミックに食べさせていると知らなければ、記録の意味がとれない」

 

「管理人がミミックに宝を食わせてる帳簿、って読める」

 

「そうなる」

 

男がため息をついた。

 

ミミックが蓋を少し開けた。

 

何か言いたそうな角度だったが、何も言わなかった。

 

 

 

「じゃあ帳簿に注釈を入れたら? 前書きでも別紙でもいいけど、ミミックと管理人が合意した経緯を一行書いておく。『食べていいものリストに基づく処分』みたいな言い方で。事情を知らない人間でも読んで筋が通るようになれば、止まる理由がなくなるじゃん」

 

男が書き始めた。

 

今度は止まらなかった。

 

ミミックが蓋を開けて覗き込んだ。

 

自分の名前が書かれているのが読めたのかどうかはわからなかった。

 

「……注釈は正しい。ただ、注釈を読まなかった人間には説明が要る」

 

「次に誰かが来たら見せたら?」

 

「……説明する相手が増えるという話だ」

 

「まあ、増えるね」

 

「そうだ」

 

「でも説明できないより、できる方がいいじゃん」

 

男が少し間を置いた。

 

「……それはそうだ」

 

 

 

ミミックが棚の前に戻った。

 

管理人と目を合わせた。

 

男が頷いた。

 

ミミックが食べた。

 

男が帳簿に書いた。

 

止まらなかった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「もう行くのか」

 

「うん。注釈を書く以外にやることないでしょ」

 

「……まあ、そうなる」

 

ミミックが蓋を一度開けて、また閉じた。

 

何かを言いたかったのかどうか、わからなかった。

 

 

 

俺は宝物庫を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

廊下に出ると、石造りの通路が続いていた。

 

体がないので足音はない。

 

ただ漂っていた。

 

「やっぱり俺、情報の受け手の整理が得意だわ。帳簿の問題が記録の書き方じゃなくて読まれ方だって見抜いたのは俺だしね。注釈を入れろって言ったのも俺だよ。管理人が止まらずに書けるようになったのも、問題の場所をずらしたから。ミミックの名前が帳簿に残ってるのは俺のせいかもしれないけど、それは記録として正しいわけだから俺の責任じゃないよ。たぶん。説明が増えるって言われたけど、それは管理人の仕事の範囲だしね。俺は整理しただけ。前回の追いかけっこを止めたのも俺だから、今回のを合わせて二日ぶんの功績だよ。体ないけど」

 

 

 

宝物庫の方から、来訪者らしき声がした。

 

「……この処分担当のミミック殿は、今どちらに?」

 

説明が増えた気配だった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

今日も静かに、自己評価に功績がひとつ書き加えられた。

 

 

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ